第十五話 怪しい影
早朝、人通りの少ない街の中に一際、異彩を放つ者がいる。
それは、全身ダメージ加工された服を着たシント……の少し後方で、フードを深く被り、規則性のない動きで蛇行している人物だ。
しかし、鈍いシントはそんな事に気付かない。シントは、迷いの無い足取りで街を歩いていく。
その足が最初に止まったのは、この前買った安物の服を扱っている出店である。シントは、まだ開店準備中で商売スイッチが入っていない店主に無神経に話しかける。
店主は最初、嫌そうな顔であしらおうとしたが、自分の売っている服を身に付けた異世界人だと分かると舌の根も乾かぬうちに、笑顔を浮かべ接客する。
「服一式を三セット買うからまけてくれないか」
シントのその言葉に店主は少し嫌な顔を浮かべた。が、少しの交渉の後、店主は『シャツ、ジャケット、ズボン』一式、三セットをシントに渡した。
——その様子をフードを被った人物は、路地の隙間から覗き見ている。
次にシントは、煉瓦作りの建物に入っていく。
フードの人物は慌てて追うも、自分も入ってしまうと不審がられてしまうと思ったのか、建物の前でピタッと止まって置かれている立て看板を見る。どうやら、雑貨屋のようだ。
フードの人物は右往左往と落ち着きのない様子で店前を徘徊している。
すると、その肩を誰かがポンと叩いた。
フードの人物が反射的に身を翻すと、そこにはまた別のフードを深く被った者がいた。……ややこしくなってきたので、最初から居た方をフード1、今出てきたのをフード2とする。
振り返り、固まったフード1などお構いなしに、フード2が何かをゴニョゴニョと話しだす。最初こそ固まっていたフード1だが、徐々にフード2の話に相槌を打つようになり、フード2が話し終えると、フード1は手を前で揃えて一礼した。それに、フード2は手のひらを胸の高さで左右に振り、謙遜の姿勢を見せる。
……それから暫く、フード1とフード2が仲睦まじく煉瓦造りの建物の外で話し込んでいると扉から出てくる人影が見えた。……シントだ。
フード1とフード2は慌てて店の裏に隠れる。肩に下げられた手提げが少し膨らんでいるのを見るに、どうやら何か購入したようだ。
フードの二人はシントが気づいていないと分かると、再び追跡を続行する。
一体この追跡は誰が、何の為に行なっているのだろうか?
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次にシントが向かったのは、武器屋だ。
どこにでもあるような、至って簡素な作りをした普通の武器屋。
それなのに、シントが店に向かっていく姿にフード1は突如、呼吸を荒くして物陰から飛び出そうとし始める。
フード2は突然のフード1の暴走を必死に制止しようとする。が、フード1は体を捻らせ、無理やりそれを払い、シントの元へと駆け出した。
なりふり構わず、飛び出したフード1。その目線の先には、武器屋の扉に手を掛けているシントが居る。懸命に腕を振るフード1。しかし、フード1はシントに触れる前に、道に広がり闊歩する男達にぶつかってしまった。
男達はシエの腕を強引に引っ張った。
「いってぇな、んだよお前!」
「ご、ごめんなさい」
フード1の正体が解かれる。白を基調とした薄い青色のワンピース。隠された正体は『シエ』だった。
「なんだ女かよ……、ん?」
いやらしい目つきでシエを舐め回すように見る男達の視界に、髪から飛び出した尖った耳と奴隷の首輪が映った。
「おい! コイツ、エルフだぞ! それも奴隷の」
さっきまで、対岸の火事だと言わんばかりだった人々の目がぎらりと変わる。
シエは怯えるように、体を縮ませる。
「俺は正義の味方だからな。誰の奴隷だか知らないが、エルフとかいう悪者はここで俺達が成敗してやるよ」
ワンピースに伸びる男の手。それをシエは、払いのける。
「や、やめてください」
「何だお前! 人間様に楯突こうってか!!! ぶっ殺してやr————」
——男の右頬に飛び蹴りがクリーンヒットする。
男は受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
飛び蹴りをしたというのに、全く体勢を崩さないで、重さを感じさせない軽い音と共に男は地面に着地した。
「お前、この前の異世界人じゃねえか!」
この前シントから金を巻き上げた男の一人が声を荒げて言った。
だがシントは男達には何も言わず、ただ、にべもない冷たい視線を送る。
一人は引きつった顔を浮かべ、もう一人は怒気に満ちた顔を浮かべ拳を握り締めている。
「テメェェェ!!!」
男は握り締めた拳を感情任せに振り上げた。
シントはその拳を右ステップで軽々躱すと、すかさず左手で肝臓あたりに拳を入れる。苦った顔を浮かべる男。
しかし、利き手ではない拳は思ったほどの力はなかったようで、男は踏みとどまり、カウンターの右ストレートをシントの顎にかました。
シントの口から空気が漏れる。ただ、それを食いしばり何とか踏ん張ると、男の大腿四頭筋の側面めがけ、膝蹴りを思いっきり入れる。男の情けない悲鳴がその場に響く。男は堪らずその場にうずくまる。
あの時から、シントが物理的に強くなったという事はまず無いだろう。しかし、今のシントはあの時とは違う。それは、昨日経験したゴブリンキングとの死戦をくぐり抜けたという確かな経験。そして、シエという守るべき存在が出来たという確固たる事実。それらがシントを、短期間でここまで強くさせたのだ。
「分かった俺達が悪かった、許してくれ」
必死に命乞いをする男。しかし、シエを危うく傷つけかけた事実の下、猖獗極めるシントの耳に、その言葉は入らない。シントは鷹揚とした歩みで男に近づき、そして、腕を振り上げる。
「主人様、もう十分です! ありがとうございます」
シントの腰に抱きつくシエ。シントはハッと、我に帰る。
冷静さを取り戻し、ふと周囲を見渡す。人々が腕を組んだりしながら嫌悪な表情でシントを睨みつけていた。それは、『ゴロつきに絡まれた女の子を助けた』という事実からは到底考えられない光景である。
言葉が出なかった。残酷で非情なこの世界に。
「いってえ……」
飛び蹴りをかました男が再び起き上がる。
不味い。民衆の目の敵となっている今、騎士なんかがここに来てしまえば牢にぶち込まれるのは、このゴロツキではなく自分達かもしれない。
自分がだけならまだしも、シエまで連れていかれてしまったら……
その先の事は考えたくもない。どうしたものか。シントの額を脂汗が伝う。
——石畳を小刻みに叩く高い音が取り囲む民衆の背から聞こえる。
石畳の道を駆け抜ける俊敏な人影、、、フード2だ。フード2は人々の隙間を糸を縫うような繊細な動きで華麗に駆け抜けるシント達の前に飛び出す。
「お前は?」
「その話は後です」
——次の瞬間、その場からシント達はフード2と共に消え去っていた。




