第十四話 帰宅
建物からの明かりが一切ない深い夜。きっとシエは、もう寝てしまっているだろう。シントは、自室のドアの前に立ちながら思う。
シントは鍵の先端をトントンと叩き、確かめると、鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。すると、最小限の開錠音と共にドアの施錠が解かれる。
静かにドアを開ける。
——視界に映った部屋の中に、シエは居なかった。
けれど、シントは決して焦らない。
ここを出る前に命令したからだ(不本意だが)。
【この部屋で待っててくれ】
前にも言ったが、奴隷なる存在、主人の命令に絶対厳守である。シエが外に出ている事など、ありえない。きっと、また部屋の隅にでも居るのだろう。シントは部屋の外で待機していた足を中に運ぶ。
——ガンッ!
つま先が何か複雑な形状をした物体にぶつかった。シントは足先の衝撃に驚き、反射的に足元に目を落とす。
暗くてハッキリとは見えないが、視界の先に頭を地面に擦り付け、恐らく正座しているシエの姿が何となく見えた。
その姿にシントは反射的に声を荒げてしまう。
「何やってるんだよ!」
「も、申し訳ございません」
シエはより強く、床が軋むほど頭を地面に擦り付ける。
やってしまった。
「や、やめて、、、ください……、シエ」
優しい言葉遣いを意識するがあまり、摩訶不思議な言い回しになってしまう。
シエは、そんなシントのカタコトなお願いに頭をスッと上げる。
「何でこんな事を……」
「主人様が仕事に行かれているというのに、奴隷である私がのうのうと過ごすのは無作法が過ぎるので、せめて主人様が帰ってくるまではこのような体制でお待ちしようと思いまして……申し訳ございません」
「謝るのは俺の方だ、すまない」
シントも先程のシエと同じように床に頭を擦り付ける。
「お、お願いです、どうかやめて下さい!」
その言葉にシントが顔を上げる。すると、その反動か、お腹から能天気に『ぐぅぅ』と音が鳴った。
「あれから何も食べてないのですか?」
「そう言えば……、すまない。シエも俺の命令のせいでご飯食べてないよな」
再び頭を下げようとするシント。それを慌てて止めに入るシエ。
「大丈夫です、私は三日ほどなら食べなくても問題ありませんから」
「本当にすまない、飯は朝早く、俺が下の食堂から持ってくるからそれまで少し我慢していてくれ」
シエはそれに何か言いたげそうだったが、黙ってコクリと頷く。
「それとこれからは今日みたいにならないよう、極力、命令は避けようと思う。……だけど、エルフって迫害されてるんだろ」
「そうでですね」
「だから正直、あまり外には出て欲しくない。……それと、、、 俺と一週間以上接触が無いと、脱走したとみなされて、その首輪が君を殺してしまうらしいんだ。だから、嫌かもしれないけど、たまには俺に触れるようにして欲しい」
「大丈夫です、そんな、脱走なんて絶対しませんから」
何て返したら良いのだろう、シントはぎこちない笑みを浮かべる。
「それじゃあシエも疲れてるだろうし寝よう」
シエはまた、部屋の隅に向かう。ただ、初日と違って座らずにその場で横になる。
シントもまた、布団向かう。布団に入ってすぐ、疲労で意識が飛びそうになった。
「……主人様、少し聞いてもよろしいでしょうか」
「ん?」
「主人様の仕事とは何ですか?」
「職場からあまり他に話さないでくれと言われているから言えないんだ。ごめんな」
「そうですか……、でも、その服の破けよう、、、何か危ない————」
——布団から寝息が聞こえる。
この日、シエの言葉の続きが語られる事はなかった。
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昨日、アレだけ激動の一日を過ごし疲れ果てていたというのに、シントは朝日がまだ半分ほどしか出ていない刻に目が覚める。覚めるというか、無理やり開けると言った方が正しいかもしれない。
起きてすぐ、シントは自分の体を見回す。どうやら昨日の傷は、本当に治ってしまったらしい。筋肉痛すらしないのはきっと、筋肉の再生が早すぎるからだろう。
シントは自分の思わぬ力に困惑しつつも、軽やかにベッドから出て、隅にいるシエを見る。どうやらまだ起きていないようだ。
シントはキビキビと下の食堂に向かう。
まだ朝早い事もあって、食堂にシント以外の宿泊客はいなかった。
シントが閑散とした広々とした食堂の端の席にちんまりと座ると、キッチンから朝食が運ばれてきた。
朝食は硬いパンに、ミルク、肉の細切れを焼いたもの。それを、シントは追加料金を払い二人前を注文し、食事を楽しむ間も無く手早く胃に流し込む。
そして、従業員にもう一人の朝食を持って行く旨を伝え、こちらも二人前の朝食を乗せたトレーを持って階段を上がった。
部屋に着くとシントは、シエを起こさないように忍び足で床を歩き、慎重にトレーを机の上に置いた。
「じゃあ、行ってくる」
シントは自分の行動に少々戸惑いながら、少しの金銭と共に部屋を出た。
———その様子を、シエは尻目に眺めていた。




