第一話 竜胆信都の死
「ほら、こっちまできてみろよ」
逆立った金髪に耳ピアスを付けた男が、親指と中指で財布を掴み、屋上の手すりの外でブラブラと左右に振っている。
その姿を竜胆信都は公立高校の屋上で膝に手をつき、荒い呼吸を上げながら睨みつけている。けれども、血色が悪く今にも倒れそうなくらい、弱々しい彼が睨んでもそこにもの恐ろしさはない。
その姿を見て金髪の男は手すりに体重を預けて、口角をにっと上げた。
手すりがミシッと嫌な音をたてる。
「お前、けっこう金持ってんじゃん。それに、財布も片親しかいないお前には勿体無いくらいのブランド品。ママに買ってもらって良かったでちゅね」
「……返せよ、それはお前の物じゃない!」
「おぉ、怖い怖い」
ダンッ!
突如、信都の背後のドアが勢いよく開け放たれる。誰かが助けに来てくれたのだろうか? 一瞬、脳裏によぎったものの、ガラの悪そうな男たちが視界に映り、すぐにそれはどこかへ消え去っていった。
「しーんと君、このまま大人しく財布を俺に渡すか、抵抗して足腰立たなくなるまで痛めつけられてから財布を取られるの、どっちがいいでちゅか?」
信都の周りを嘲笑が包む。信都は膝についた手を、手のひらに爪痕が付くくらい力強く握りしめる。
中三の時、両親が離婚した。
父は新しく出来た女に金を注ぎ込むことしかせず、教育費を一切払ってくれなかった。女手一つで育てる事になった母は、元々していた昼の仕事に加えて、夜はコンビニのアルバイトをするようになった。信都はそんな母の苦労を知っていたが故に、それなりに頭は良かったものの、確実に受かる公立高校に進学した。
その結果、母は過労で倒れ、気が弱い信都は高校で虐められた。
一度殴り返してみれば現状、少しは変わるのかもしれない。しかし、臆病な信都は母をバカにされてもていつも黙って頷くことしかできない。
信都は真っ赤になった手のひらを緩めて、足を少し揃えた。
そして、喉から謝罪の言葉を押し出そうとした時、ズボン右ポケットに入っていたスマホが振動した。ゆっくりと、手をポケットに入れてスマホを取り出す。母が入院している病院からだ。
電話ボタンをスライドすると、母の担当者の声と共に、電話相手が間違っていないか確認が行われる。
信都は短く「はい」とだけ返す。
担当者は声の調子を二つ程落として、現在の母の状態を端的に説明し出す。その言葉は重々しく、まるでこの言葉の先にある何かを恐れているようだった。
スマホから音が消えた。
それから少しして、画面の向こうから必死に絞り出したであろう掠れた声が聞こえてくる。
「お母様が」
やめてくれ。
「——息を引き取られました」
手からスマホが滑り落ちる。
世界が形を保てないくらい、顔中、変な汁でグチャグチャになる。周囲の音は、声になれない音たちがかき消してしまう。
足元のコンクリートが滲んでいく。
信都はいくら拭っても濡れたままの顔を、金髪の男に向ける。一度大きく息を吸い込み、クッと息を止める。
行き場を失った空気はやがて、ありふれた言葉では表現できない、そんな感情を乗せた声に姿を変えた。信都は金髪目掛けて走り出した。
突然の出来事に金髪は、引きつった顔を浮かべながら手すりから体を離し、左手に倒れ込む。信都はそんなことなどお構いなしに、手すりに胸から激突した。
——パキン
刹那、訪れた静寂に甲高い音が響き渡る時。信都は錆びた手すりと共に空を舞っていた。
地上から十五メートルの高さから投げ出された信都の体は、水平投射され、重力加速度9.8m/sのもと地上に加速している。
視界の端には、呆気に取られ口をポカンと開けた男達が映る。それを見て微かに微笑む。
夕日が照らす誰もいない逆さまの教室。その景色がただ繰り返される。
「弱くてごめんなさい。来世は強い人間になります」
言ってすぐに気持ち悪いと思った。しかし、それを後悔する時間など残されていなかった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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