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8.嫁ぎ先での初顔合わせは順調に険悪

 朝食は、六時半以降九時くらいまでの好きな時間にダイニングに来ればいいと言われていた。ずいぶん早いんだなと思ったら、槇村和泉のお父さん……おれの義父になるかもしれない人と、槇村和泉は早朝出勤することがあるらしい。


 この日は土曜だったから、おれは八時前くらいに恐る恐るダイニングを覗く。すると、後ろから声を掛けられた。


「何してる?」


 想定外のタイミングだったから文字通りぴょんと跳び上がって驚く。


「……飛び跳ねなくたっていいだろ。朝飯を食うなら入ればどうだ?」


 不思議そうな顔をして立っていたのは、おれの婚約者、槇村和泉だった。こいつと一緒じゃ食った気がしないと思ったが、今は要らないなどと言って、コックさんに二度手間を掛けるのも悪い。渋々席についた。


 奴は、デニム生地のボタンダウンシャツにネイビーのチノパン、キャメルの襟付きカーディガンを着ている。いかにも御曹司が家で寛いでいる風のファッションだ。平日との違いは前髪を固めて額を出してなくてサラッと下ろしているから年相応に若く見えることくらいだろうか。


 おれは色々考えた挙げ句、白と黒のボーダーTシャツに黒いデニムを着た。実家なら、寝巻きと兼用のスウェットの上下でフラフラしても何も言われないんだが、さすがに豪邸の空気に飲まれていた。執事さんがすぐにコーヒーを出してくれた。


「おはようございます、和泉さま、歩さま。今日はどちらになさいますか」


「和食で軽めに頼む」


「かしこまりました。歩さまは、洋食と和食どちらになさいますか?」


「え、えっと……。じゃ、同じので」


 執事さんはにっこり微笑んで、キッチンに向かった。


「へえ、『同じので』ねえ。気にせず、好きなものを頼むキャラかと思ってたよ」


 朝っぱらから虫の居所でも悪いのか、嫌味な笑みを浮かべておれを見ている。この家で初めて顔を合わせる婚約者に対してその物の言い方こそ何とかしろよ。性格悪すぎだろ‼ 彼を睨み付けた。


「あんたに気を遣ったんじゃないよ。コックさんの手間を増やしたくないだけ。ついでに言っとくと、執事さん、昨日おれの機嫌が悪かったとか言うかもしれないけど、それは息子の前途を心配してる両親に顔見せて欲しかっただけ。別にあんたに会いたいとか、そういうの全くないから。……仕事のトラブルだったっていうのは聞いた。それはうちの親にも言っておいたから」


 フンと鼻息荒く言い切って、コーヒーを一気に飲み干す。彼は呆れ半分、怒り半分といった表情で非難がましくおれを見ていた。


「ペットだって、飼い主が引き取りに来るものじゃないの? あんた、おれの実家がどんなか知ってるじゃん。……知らない、こんな家に来て、どんな気がするかちょっとはこっちの立場に立って考えてみろよ!」


 彼は険しい顔をした。


「ペットに罪はないからな。そもそも俺の婚約者が奪われなかったら、お互いこういうことにはならなかった。それを忘れるな」


 ……こいつまでそんなことを言うのか。確かにあんたの愛する音也さんが奪われたのは気の毒だと思うよ。でも、《《奪ったのはおれじゃない》》。おれの弟ではあるけれど。


 美しい和定食の卵焼きに勢いよく箸を突き立てる。おれの言わんとするところは伝わったらしく、和泉は非難がましい目では見ているものの、それ以上何も言わない。執事さんが給仕しながら聞く。


「和泉さま、今日はご出勤ですか?」


「ああ……、トラブルはどうにか収束したんだが、昨日やるはずだった仕事が全然終わってないからな。半日くらいで戻ると思う」


 大きな溜め息をつきながら指先で目頭を揉んでいる彼の顔を見ると、心なしか顔色が悪いし、目の下にも隈がくっきりとできている。あんまり寝てないんじゃないだろうか。軽く心配した次の瞬間、彼のビジネスライクな口調に改めて自分の立場を思い知らされる。


「ところで、結婚式はいつにする? 二年前には式場予約が必要らしい。早く日程を決めよう」


「あのさ。おれ、昨日この家に着いたばっかりなんだよ。今それを言う?」


 まだまともに挨拶もしてなくて、おはよう代わりに嫌味を言われた後の二の句がそれかと、開いた口も塞がらない。


「俺は相手が誰でも同じだし早いほどいい。もともと音也と来年結婚予定だった。全てキャンセルしたが。……予約をキープしておいてもよかったかもしれないが」


 さすがにそのときだけは彼の横顔に寂しそうな感情が宿った。


 経緯はともあれ、おれの弟が音也さんと運命的な出会いを果たした結果、音也さんが非業(ひごう)の死を遂げたのは事実だ。和泉さんから婚約者を奪ったと非難されても否定はできない。


 でも、これまで彼が正面切って「俺の婚約者を殺しやがって」みたいな罵声を浴びせたり、非難してきたことはない。慇懃(いんぎん)無礼な奴だと思ってきたけれど、それが主に彼が感情を押し殺して接してきたからではないかと、ふと思った。


 一方で、その恨みや悲しみ、憎しみをこうして毎日同じ家で向けられ続けるのも正直きついぞとも感じていた。ただの冷血漢だと思えていればもっと楽だったのに。前の婚約者のことは愛していて、彼とのために予約した式場で他のオメガと挙式するのは嫌だなんて感傷的なことを言われると、憎み切れなくてこっちもやりづらい。


 ……まあでも結婚したくないことには変わりないけどな。お前に嫌われるように振る舞うから覚悟しとけよ。



 (続きは、同人誌にてお楽しみください!)

お楽しみいただけましたでしょうか。

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