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君と、雨のその先に  作者: 銀雪
3/5

中編ーーまた始まって……

「さて、そろそろ始めるか」


 つい感傷的になってしまったが、時間は有限である。リベンジを達成するためには一分一秒も無駄には出来ない。早速VONを起動してソロ部門を選ぶ。しばらくの待機時間を得て、空を優雅に飛び回る飛行船が映し出された。私はたくさんのアイテムが転がっているが、同時に敵も多い中心区をスタート地点に選択する。


「現在八人降下中。私は端の建物から漁っていく」


 VONは一人で戦うソロ、二人で戦うデュオ、四人で戦うレイドの三部門が実装されていて、いずれも合計百人が飛行機に乗って無人島にパラシュートで着陸し、落ちている武器を拾って、最後まで生き残ることを目指して戦うゲームだ。そのためソロなら一位から百位まで、デュオなら五十位まで、レイドなら二十五位まで順位がつくことになる。このうちイーレンドチャンピオンズで採用されているのはデュオである。


 今回の練習はペアの玲斗がいないため、ソロでの挑戦だ。当然連携もいらないので状況を報告する必要はないが、本番ではこういった連携も必要になる。これは必要な情報を出来るだけ短く、的確に伝える練習でもある。


「北方向の距離七十に一人、東方向の距離五十三に一人……」


 私は自身のキャラを建物の中に隠れさせ、銃声や足音に耳をすませる。同時に拾ったスナイパーライフルのスコープで索敵をすることも忘れない。もちろん銃撃戦の技術向上も目的ではあるが、やはり練習するべきは索敵だ。これが昨年の敗因だし、どのチームも何とか索敵から逃れようと手を打っている。それを看破できなければリベンジ達成など夢のまた夢だ。


「東方向から敵接近中。距離十三、八、五……ここ!」


 声を出すのとほぼ同時に、自身のキャラの横にあった扉を開ける。そこにはアサルトライフルを持ちながらも棒立ちしているキャラクター。私はそのキャラクターの頭にショットガンを容赦なく叩き込む。敵はあっけなく散り、辺りに所持品を散らかした。役割が反対だが、あの時の再現のような状況だった。


「よし、OK」


 その後も順調に試合を進め、残り六人というところまで来た。ここからが本格的な戦争になる。この試合でも、そして本番でも、今までの戦いが前哨戦に過ぎないと言わんばかりの激しい攻め合いが、狭い安全地帯で頻発することだろう。私も森の中に潜み、周囲を警戒しつつ機会を伺う。


「敵死亡! 残り人数五、四、三……」


 私が隠れている森の先には小高い丘があるのだが、そこを舞台にして激しい撃ち合いが行われている。安全地帯は森側のため、徐々に戦地はこちら側に向かってきている。私はまだ出ない。残り人数が三人となったところで銃撃がパタリと止んだ。私は思わず舌打ちをする。これはお互いに疲弊を嫌っているな。


 残り三人になると、撃ち合いをした二人がどうしても不利になる。たとえ生き残ったとしても三位の人と戦ったときの傷を負ったまま、体力を温存できたもう一人と戦わなければならないのだから。今回撃ち合っていた二人も、体力を温存した私と戦うことを恐れ、勝負を回避したといったところだろう。


「敵の姿は……南東方向、三十七と……」


 私は索敵を行い、自分から近い方の敵に向かって移動する。こうなった以上、各個撃破しか道はない。出来るだけもう一人から離れたところで一人キルし、体力を回復してから残った一人を倒しに行くという作戦を採用する。木を壁にしながら敵の様子を伺うと、敵も同様に木を壁にしながらスナイパーライフルを覗き込んでいた。幸いにもこちらに気づいた様子はない。


「三、二、一、今っ!」


 十分に当てられる距離と条件だと判断した私は、念のため背後を確認してからカウントダウンを始める。ゼロになった瞬間、スナイパーライフルを放った。撃ちだされた弾はちょうど顔を出した敵に命中。誰かがキルされたときに流れるお知らせーーキルログが画面の左下に表示される。残り人数二人。


「へっ!?」


――しかし、残り人数が二人だった時間は十秒にも満たなかった。私が撃たれて一撃でその命を散らしたたからだ。画面には『2nd』の文字と、一位の人間のキャラクターとプレイヤーネームが表示される。キャラクターの方は煙に包まれて見えなかった。これは発煙筒……?


 次にプレイヤーネームに目を向ける。私を一発で、気配もなしに撃ち抜くなんて、一体どこの誰……? 画面に映った名前は『花摘』。私が何か反応するよりも早く、ポケットの中のスマホが着信を告げた。


「まだまだ注意力が足りないな、麻里花?」

「何であんたが通常マッチにいるのよ!」


 『花摘』は、玲斗をカタカナに直してレイト、反対から読んでトイレ、トイレに行くことを“お花を摘んでくる”とも言う……という連想ゲームで生み出された、玲斗が練習用に使ってるアカウントのプレイヤーネームだ。一年前に「俺って天才じゃね?」という言葉とともに見せられたから知っている。


 それにしても、まさか玲斗が同じマッチにいるなんて。まるで初めて会った時みたい。あの時も終盤、同じように一発で撃ち抜かれた。当時は五位とかだった気がするから私も一応は進化しているのだろうか。


「二人での練習の前に、ソロで肩慣らししておこうと思ってな。ほら、お前が寝てたときは宿題とかでいっぱいいっぱいだったし。というか、そっちこそ何やってたんだ? 時間的に二試合目はありえないだろうし、俺が帰ってVONを起動できるまでプレイしていなかったってことだろ」


 玲斗の家は学校からとても近い。恐らく十分は経っていないだろう。それを考慮すると確かに二試合目はありえないし、不思議に思う気持ちも理解できた。


「パソコン立ち上げるのも面倒だし、あんたがつけたパソコンでやろうと思ったら……あのサイトが目に入っちゃってさ。しばらく練習する気になれなくて」


 私がそう言うと、電話の向こうの玲斗が沈黙した。静寂が辺りを支配する。誰もいない広いパソコン室にいるからこそ、その静寂が酷く寂しく、恐ろしいもののように思えてきて、私は久しぶりに自分を嫌悪した。本当に面倒くさい女。いつまでも過ぎ去ったことをグチグチこねくり回して、ネガティブになっている。


「ああ……まあ、そうだろうな」


 しばらく経ってから、玲斗が呆けたような声を出した。これは本格的に呆れられてしまっただろうか。そう思って落ち込む私を励ますかのように、玲斗は言葉を紡いでいく。


「あともう少しで勝てる、目標に手が届くってところであんなミスをしちまったんだ。気にするなって方が無理ってことも分かる。俺だって同じ立場だったらめっちゃ落ち込んだだろうし。だけど試合中は切り替えていこうぜ。だって……」


 そこで玲斗が一度言葉を切る。


「お前は一人じゃない。試合中は俺もいる。そうだろう? 俺たちは仲間なんだから助け合っていこうぜ、相棒」


 結果的に、この言葉が私の心を大きく動かすことになった。確かに今までの私はミスをしたんだから、それを取り返そうと必死になり過ぎて、玲斗のことを疎かにしていた気がする。でも、本番は当然ながら私一人でプレイするわけではなく、玲斗と二人でプレイするのだ。ゆえに助け合いが大切になる。そんなことにも気づけないほど視野狭窄になっていたのか。


「うん、分かった。ありがとう玲斗。少し気が楽になった」

「それなら良かった。それじゃ本番に向けてお互いの弱点を洗い出していこうぜ。まずお前は索敵で……」


 この日を境にして、私と玲斗のペアは勝率をどんどんと上げていき、本番に向けて連携の練度を高めていった。私たちにとってだけでなく、私たちが引退して部員がいなくなるパソコン部にとっても、最後となる大会までの日々はあっという間に過ぎていった。


ーーそして本番の日を迎える。


「見事に雨だなぁ……」

「何だか一年前を思い出すよね。あの時もこんな雨だったし」

「縁起でもないことを言うな! 俺たちはこの雨を敗北の涙にするつもりはないぞ。勝利のシャワーにするために来たんだ!」


 玲斗にしては、随分と詩的な表現をするんだなと思った。それでも今日に賭ける強い気持ちは私も同じだ。一年前のあの日から雨はミスの象徴であり、敗北の凶兆だった。しかしそれは今日で終わり。今日が終わったらこの冷たい雨はきっと、勝利の吉兆に変わっていることだろう。


「相変わらず、すっげぇ盛り上がりだな」


 会場は大きなホールを貸し切りにして行われる。舞台上には所狭しとパソコンが並んでいた。試合中はこのパソコンから自身のアカウントにログインして戦うことになる。観客席に視線を移すと、勝負の行方を一目見ようと、たくさんの観客が黄色い歓声を上げていた。その中でも背が高く、顔も整っている玲斗には一際多くの歓声が浴びせられている。


「本当にね。特に玲斗は背が高いからすっごく目立ってるし。何だか私も居心地が悪いなぁ……」

「そっか? お前の方が目立ってると思うぞ」


 玲斗が小さく首を傾げた。確かに前回大会もそうだったが、この大会に出場するペアは大概が男子二人組であり、大会規定上は問題ないとはいえ、女子がペアに入るのは珍しい。前回大会は私たちのペアを入れて二組。今回は私たちのペアしかいない。つまり私はこの大会出場者唯一の女子ということになる。そりゃ目立つだろうね。


「別に嬉しくない。あと多分何割かは去年の贔屓目が入ってる」

「本当にお前は最後までネガティブだな」


 玲斗が苦笑いする。自分でも若干被害妄想が入っている気はするが、今さら自分の性分を変えられるものでもない。自分たちに割り当てられたパソコンの前に座ると、画面には既にVONの画面が映し出されていた。


 しばらくして全員が着席する。この大会に出場するのは二十五組五十人。ゲームの仕組み上百人でないと試合が成立できないので、BOTと呼ばれるNPCのペアが同じ二十五組五十人参加して、合計五十組百人で戦い合う形になる。


 BOTのペアは順位には影響しないが、キル数はカウントされる。例えばNPCのペアを二人、人間を一人倒したが、全体としては四十位で終わってしまったペアがいて、このとき彼らよりも下の順位に人間のペアが一組いたとする。すると順位は二十四位として記録され、キル数は三となる。


「それでは皆様、準備をお願いします」


 私たちの右手方向、距離十メートルくらいのところにある大きなスクリーンには、VONのマークが大きく映し出されていた。司会者の言葉とともに画面が変わり、出場者が準備している様子が順番に映し出されていく。みんなお互いにグータッチを交わして健闘を約束したり、あるいは綿密に打ち合わせをしているようなペアもあった。


「俺たちも行こうぜ。絶対に勝利をこの手に」

「ええ。勝利をこの手に」


 私たちはお互いに笑い合い、机の上のヘッドセットを装着した。以降の会話は全てゲーム内でボイスチャットを通して行うことになる。待機画面にはライバルたちが今か今かと戦いのゴングが鳴らされるのを待っていた。


「皆様、お待たせいたしました。只今よりイーレンドチャンピオンズ、VON部門地区大会を始めます!」


 画面が待機所から、飛行船の画面に切り替わった。数々のペアが自分たちの腕を信じて、各地に降り立っていく。こうしてイーレンドチャンピオンズ、VON部門地区大会。第一回戦の火蓋が切られたのだった。


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