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君と、雨のその先に  作者: 銀雪
2/5

前編ーー梅雨は終わり……

 ふいに目が覚める。私ーー瀬尾麻衣花はしばらく自分の状況が分からなかった。ただ、残っているのは深い後悔。忘れたくても忘れられない、苦いあの日の記憶。そんな陰鬱な気分を吹き飛ばしたのは、おどけたような声だった。


「ようやくお目覚めですか、眠り姫?」

「眠り姫って……ああっ!」


 揶揄うように笑う目の前の男子ーー奥山玲斗の顔を見て、私はようやく現状を理解した。今は部活中だったはずだったが、寝てしまったのか。最近はあまり眠れてないとはいえ、やらかした。


「おお、びっくりした。急に大声を上げないでよ」

「ごめんごめん。……というか、寝ちゃったんなら容赦なく起こしてくれて良かったのに」


これが休日ならば話は別だが、今日は平日でしかも部活中であり、この場合は部活中に寝てしまった私が全面的に悪い。そう言って視線を向けると、玲斗は苦笑いを浮かべた。


「いやー、最初は起こそうかと思ったんだけど、今日は先生も来ないし、俺も溜まっている課題がたくさんあったから、麻衣花が寝ている間にやって、終わったら起こすことにした」


 結局全部やり切る前に起きちまったけどな、と続ける玲斗。その言葉通り、長机に所狭しと並べられているパソコンの中で、唯一電源が入っているパソコンの前には、教科書とノートが広げられた状態で置かれていた。


「それに、麻衣花が寝てるんならカンニングし放題だし?」

「あんたねぇ……」


 私はため息をつく。こう言っておちゃらけてはいるが、玲斗は学年で一、二を争うくらい成績優秀である。短く切り揃えられた薄茶色の髪に整った顔立ち、すらりと高い身長……まるで漫画の中でサッカー部のエースでもしていそうなスペックをしている。それがどうしてこんな薄暗いパソコン室で、こんな地味な女と一緒にいるのか。学園七不思議の一つである。


「そんなことより、そろそろ帰らないとマズいんじゃない。もうすぐ他の部活が終わるよ」

「ああ、忘れてた。そんじゃ俺は帰るから、鍵は頼んだぞ。また二十二時に」

「ええ。また二十二時に」


 玲斗は私同様パソコン部に所属しているが、表向きは帰宅部ということになっている。本人曰く、パソコン部の静かな雰囲気が好きだから、誰かに邪魔されたくないとのことだ。私みたいに全く目立たないのもあれだが、目立ちすぎるのも大変だなと少し同情する。ルックス良し、性格良し、成績良しと三拍子揃った玲斗が目立たないはずもなく、また野次馬を生み出さないはずもなかった。


「さて、少し練習しておこうかな」


 私は誰に聞かせるわけでもなく呟き、玲斗がつけっぱなしにしていったパソコンの前に座る。それにしても部活中に寝ちゃっても問題にならないって凄いなと思う。まあ、間違いでもなければこの部屋には私、玲斗、顧問の三人以外は誰も来ないはずだから。だからこそ常に誰かに囲まれている玲斗がここでは羽を伸ばせるのだ。


「……これって」


 パソコンに表示されているサイトを見た私は驚いた。それは私も見覚えがあるサイトだった。いや、見覚えがあるどころではない。それこそ飽きるほど何回も見てきた。


――高校生大会、イーレンドチャンピオンズ。


 私と玲斗はFPSゲーム『veil of night』、通称VONのプレイヤーであり、パソコン部としてVON内で競い合うeスポーツ大会にペアで出場している。この大会こそがわずか二人しかいないパソコン部を存続させている生命線だ。その大会の名前がイーレンドチャンピオンズ。国内最大級にして、唯一無二の高校生限定大会である。


「やっぱり、玲斗も……」


 しかし、私には大きな心残りがあった。この大会はポイント制であり、一位を取ると五十ポイント、二位で四十ポイント……というように順位によってポイントを得ることができ、また一キルごとに二ポイントと、敵を倒すことでもポイントを稼ぐことができる。このルールで三試合戦って最もポイントが高いチームが優勝だ。


ーー地区大会四位。


 それが私たちの昨年の大会での順位だが、実は地区大会三位までは全国大会に駒を進めることができる。つまり四位だった私たちはギリギリで全国大会への切符を掴むことができなかった。三位との差はわずかに四ポイント。この四ポイントの差は私が油断して、索敵を怠った結果である。


 もしもあの時、私が索敵をしっかりと行っていたら。あるいは誰か一人でもキルできていたら。私たちは目標であり、憧れでもあった全国大会に駒を進められたというのに、それでも玲斗は私を責めなかった。それどころか「俺も油断していた」と責任を共に背負ってくれた。だから今度こそ。高校三年生になった私たちが出場できる最後の大会で、今度こそ二人で昨年の雪辱を果たすべく、私たちは日々練習に励んでいた。二十二時、VONで。それが最近の私たちの合言葉である。


「もう、油断はしない」


 私は自分に言い聞かせるように呟く。外は相変わらず雨が降りしきっていて、雨粒が窓ガラスを叩く音が静かなパソコン室に大きく響き渡っていた。あの日もこんな冷たい雨が降っていたなと思う。全国大会を七月に行う関係上、地区大会は六月中旬から下旬にかけて行われる。そのため大会の日は雨が降ることが多い。


 しかし、あの時の悔しさも、罪悪感も大雨は洗い流してはくれなかった。いっそ忘れられればいいのにと思うと同時に、その悔しさが今の原動力になっていることも考えると、むしろ洗い流されなくて良かったと捉えるべきなのだろうか。私はその答えを未だに持たない。

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