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駆け引きは始まっている

 ノーディスとの再会の機会は、アリアの予想より早く訪れた。さる侯爵家が催した舞踏会に、ノーディスも出席していたのだ。


「男達の輪ができていたので、すぐに貴方がこちらにいるとわかりましたよ」

「まあ。わたくしも、ご令嬢達の熱い視線の先を探していましたの。きっとその先に貴方がいらっしゃるんですもの」


 軽やかに笑みを交わし、アリアはノーディスを見上げてダンスの誘いを待つ。アリアの期待を悟ったのだろう、上品な切れ長の目が優しげに細められた。

 思った通り、すぐにノーディスはアリアをダンスに誘った。当然のようにそれに応じ、エスコートに身をゆだねる。ノーディスは手慣れた様子だ。


 二人のステップには寸分の狂いもなかった。元々アリアは相手に合わせるのが得意だったし、おそらくノーディスも相手をよく見ているのだろう。息ぴったりのダンスを披露する二人の周りには、いつの間にかギャラリーができていた。


「ノーディス様はダンスもお上手ですのね。エスコートされている間、まるで羽が生えたように体が軽くって」

「貴方の前で恥をかかないようにと必死だっただけですよ。気づかれなかったようで安心しました」


 ふと、給仕がアリア達の傍を通る。手にした盆には何種類もの飲み物が用意されていた。

 アリアは思わずオレンジジュースのグラスを目で追った。アリアは酒が飲めなかったし、彼が持つお盆の上にあった飲み物の中ではそれが一番飲みやすそうだったからだ。


 給仕を呼び止めたノーディスは、自分用にワインを、そしてアリアのためにオレンジジュースを取った。アリアは何も言っていなかったのだが、ノーディスに迷いはなかった。

 アリアは渡されたそれをお礼と共に受け取り、乾いた喉を潤す。弾けるような甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。美味しい。


 それからアリアの元には他の貴公子がダンスの誘いに来たし、ノーディスも別の令嬢に声をかけられたので、その日の舞踏会では二人はそれ以上踊ることはなかった。そもそも、家族でもない相手と一日に何度も踊るのはマナー違反だ。

 引き際はあっさりしていたが、社交辞令の義理を果たしたと見れば十分だろう。レーヴァティ家とシャウラ家にはわだかまりなどないと、しっかり周囲に伝わったはずだ。



 ただ、アリアにとって本当に予想外となる出来事は、その数日後に起こった。


「アリア、シャウラ家から訪問の先触れが届いたのだけれど……」

「かしこまりました。お会いさせていただきます、お母様」


 戸惑う公爵夫人には平然とそう答えたものの、アリアも内心では首をかしげていた。まさかシャウラ家にそこまでされるとは思わなかったからだ。


 社交期の間、まだ未婚で婚約者もいない年若い貴公子は令嬢達の家を回るならわしだった。自分の妻を見つけるためだ。

 貴公子達は社交界で候補となる女性を見繕っては彼女達の家を順番に訪問するし、令嬢のほうでも誰かが自分に会うために屋敷を訪れるのを待つ。その気がない男性が来れば、何かと理由をつけて門前払いだ。けれど応接室まで通したのなら、令嬢側の家族も同席のもとで歓談という名の見合いが始まる。


 国中の貴族が王都に集う社交期の間によい結婚相手が決まらなければ、領地に戻ってからほどほどの相手を探すか、来年の社交期まで待たなければならない。

 裕福な家は専有の飛竜車で空路を自在に行き来できるとはいえ、あてもなく他家を訪問するのは労力がかかる。結婚相手を探すのには、上流階級のほとんどの人間が王都に集まる社交期を利用したほうが楽なのだ。


 幼いうちから親がさっさと婚約者を決めたのならこれらの過程は形骸化した伝統として飛ばせるが、適齢期を迎えた男女であれば段取りに従っていたほうが間違いはなかった。

 だから社交期の間、誰もが真剣に良縁を探し求めている。その慣習に従って、アリアも多くの男性を迎え入れていた。

 断った数のほうが多いが、そもそも会った相手にしたってライラに取り次いでもらうことを目的にアリアに取り入ろうとした者を含めた数だ。あまり自慢できることでもない。


 シャウラ家の嫡男ウィドレットは、従妹であり幼馴染みでもある王女アンジェルカと数年ほど前に婚約したはずだ。今も二人の関係が保たれているのなら、今日会いに来るのは次男のノーディスだろう。


 ただ、アリアはあくまでも次女だ。レーヴァティ家の後継者が双子の姉妹のどちらになるか、はっきりしたことはアリア自身にもまだわからない。とはいえ他家から見れば、ライラに軍配が上がるだろう。婿入り先の候補のひとつとして数えられたにしては、よその令嬢と比べれば不自然さがあった。

 ノーディスは家を継げない次男なのだから、狙うべきは跡取り娘の長女だろうに。よもや、ライラ目当てで来るのだろうか。


 アリアは昔から、自分がレーヴァティ家を継ぐのだという自負の元で研鑽を重ねてきた。両親もそのつもりで教育を施していたはずだ。

 だが、最近の両親のライラに対する手のひらの返しぶりを見ていると、そこはかとなく危機感がもたげてくる。まさか今さらライラに返り咲くことを許すのでは、と。これまでライラを見放しながらも切り捨てられなかった両親を思えば、そのアリアに対する最大の裏切りの可能性を排除できないのが憂鬱だった。



 約束の時間ちょうどにレーヴァティ家のタウンハウスにやってきたのは、やはりノーディスだ。彼は手土産として、美しい花束を持ってきていた。

 初夏の爽やかさを感じさせる、青と白を基調にした花束を受け取り、アリアは愛らしく笑う。どろりとした陰鬱な不安も欲望も、すべてその笑みで覆い隠した。


「お会いできて嬉しいです、アリア様。私のためにお時間を割いていただきありがとうございます」

「ノーディス様こそ。お忙しい中で当家までご足労いただいて光栄に存じます。あいにく、おもてなしできるのはわたくししかおりませんが」


 ライラに取り次ぐつもりはないと言外に告げる。ノーディスが才女の姉ライラ目当てならすぐに帰るだろう。


「つまり今この時間は、私がアリア様を独り占めできるということでしょうか?」

「ノーディス様がそうお望みであれば」

「よかった。貴方のことが忘れられなくて、どうしてもまたお会いしたいと思っていたんです」


 ノーディスは嬉しそうに口元をほころばせた。「来たかいがあった」と小さく呟かれた喜びの声に、彼の純朴な人柄がうかがえる。アリアの胸が思わず弾んだ。

 まっすぐな好意を向けられたようで、気恥ずかしくも嬉しさがある。それをごまかすように、足早になったアリアは応接室へと彼を通した。

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