表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/58

人脈を広げる=味方を作る

* * * 


 秋も深まる王都で魔導学の研究集会が開かれるのは、研究の出資者である高位貴族に向けたアピールを兼ねているからだ。

 ノーディスも個人的に自分達のポラリス商会の宣伝をしようと思っているので、これからしばらく王都に滞在するつもりだった。すでに卒業は内定しているし、最近の研究課題はもっぱらポラリス商会で取り扱う魔具開発を中心にしていたので、研究の一環として教授からもぜひ王都でさらなる協力者を募るよう言われている。大学にいる時のノーディスは研究室か図書館に籠もることがほとんどなのだが、師事している教授がフィールドワークと人脈形成の重要性を説いては遠慮なく送り出してくれる性格なので最近はありがたく出かけさせてもらっていた。


(国中の有力貴族が一堂に会する社交期は、世論を操る絶好の機会だ。誰もがそれをわかっているから、普段以上に噂話に敏感になる)


 そんな教授の助手として発表に参加し、その後の懇親会にも出席していたノーディスは、油断のない眼差しで会場を一瞥した。


 レーヴァティ家の聖女・・が主導している新事業の魔具について売り込み、雑談の体を装ってそれとなく収穫祭のフェンリル騒動について触れ回る。人々の食いつきは上々だ。 


(ライラが個人で所有していたプレイアデス商会は、実質的にレーヴァティ家のものになった。私とレサト君の商会が買収したからね。これでもうライラはプレイアデス商会について何の権限もないし、個人資産の財源も失っただろう。何かと理由をつけて、今ある財産も奪えればなおいいんだけど)


 ライラから財力を封じるのはただの嫌がらせ……というわけでもない。ライラ個人の資産があれば、それを元手にして再起される可能性があるからだ。

 ライラが返り咲けば、またアリアに危害を加えようとするかもしれない。それだけは避けなければ。


(そもそも、まだ親の庇護下にあるいち貴族令嬢が本当に自分一人の力で事業を立ち上げたなんて、ほとんどの人間は本気で信じていない。彼女がこれまで貴族にまったく顔を売ってこなかったのが幸いしたな)


 ライラがいかに天才なのか、彼女に近しい者……レーヴァティ家の人間や、彼女と接する機会の多い商人や職人達はよく知っているだろう。

 ライラ・レーヴァティという少女の輪郭は、レーヴァティ領から広がる噂によって構成されていた。ライラが起こす奇跡を間近で見ている者達は、その奇跡が日常になりすぎていて気づけない。外部から見れば、ライラの有能さなんて実体の伴わないおぼろげなものでしかないことに。


 ライラの評判は確かにいい。それはライラの打ち立てた功績と、非の打ち所がないアリアの所作のおかげだ。

 ライラが表舞台に立つとき、常にアリアがその代役をやっていた。ほとんどの貴族は、アリアを通してでしかライラ・レーヴァティを知らないのだ。


 けれどライラは、アリアに自分のふりをさせて挨拶だけやらせるのではなく、ライラ自身の言葉をもってきちんと外部の人間に向けて自分の成果と魔法の才能を宣伝し、有力者達に売り込むことでその幻想の補強をするべきだった。せっかく領外の有力貴族達も、彼女に興味を持っていたというのに。


(ライラの性格なら、時代を超越した天才の足を引っ張るのはいつだって古臭い常識に囚われたその他大勢の凡人だ、とでも言っていそうだな。だけどそこまでわかっていながら凡人を味方につけなかったのは、怠慢だと言わざるを得ないね。せめて自分の才能を過信しすぎないで、もっと優秀な参謀を右腕につけておけば、こんなことにはならなかっただろう)


 これまでライラに袖にされ続けてメンツを潰されてきた上流階級の人間の数は、ライラの頭脳と才能を否定してその栄光を奪うには十分すぎた。


 レーヴァティ公爵が魔具開発事業の窓口として愛娘ライラを指名した。

 ライラがこれまで積み重ねてきた功績は、ライラの箔付けために周囲の大人が用意したお仕着せの逸話でしかない。

 けれど姉妹のどちらを後継者にするか正式に決めたから、領地の事業を牽引する商会を統合させた。


 ────社交界での露出がほとんどない、謎多き才女。実家以外に後ろ盾を持たない彼女の名声は、彼女を快く思わない者達の思惑と圧力によって簡単に反転してしまう。


(恨むなら、これまで社交を全部アリアに押しつけて処世術をろくに学んでこなかった自分を恨むといい。アリアを生命の危機に陥れたんだから、社会的に死ぬ覚悟ぐらい決めてもらわないと)


 フェンリル襲撃の黒幕はライラであると、すでにノーディスは結論づけていた。王都入りした時にまっさきにレーヴァティ公爵夫妻に会いに行き、収穫祭の事故をほのめかしたところ、わかりやすいぐらい顔色を変えたからだ。


「フェンリルが街に現れるはずがないでしょう。ただの大きな白狼のことを、大げさにおっしゃるのはおやめくださいまし」


 そう言い切った公爵夫人の目の奥には、確かに怯えの色があった。

 けれどフェンリルそのものに怯えているわけではない。彼女が恐れているのは、フェンリルが現れた理由のほうだ。それは間違いなく、フェンリルがどこから来たのか知っている者の反応だった。


(ライラの謹慎先を選んだのはレーヴァティ公爵夫人だ。よその領地から嫁いできた夫人なら、過去に領地で起きた惨劇のことも、使われなくなったカントリーハウスのいわくについても知らないのも無理はない。この三十年は大きな被害も出ていなかったから、レーヴァティ公爵の確認が疎かになるのも仕方ないことだろう。だけど……認識したうえで放置していたのなら話は変わる)


 そしてレーヴァティ公爵夫妻は、あろうことかノーディスに沈黙を要求した。周囲の気を引きたがるアリアに付き合う必要はないからあまり騒がないでくれ、と。

 その場にノーディスもいて、フェンリルを倒したことはしっかりと伝えたのに。それでも口止めを試みるのは、“そういうこと”にしたいからだ。


 フェンリルが突然現れてアリアを襲った事実を、よほど隠蔽したかったのだろう。あいにくと、ノーディスには夫妻の茶番に乗る義理などない。だから訳知り顔で「私がなんとか丸く収めますから、どうかお二人におかれましてはこの件について否定か沈黙を徹底してください」と伝え、それと同じ口で醜聞を広めている。


 レーヴァティ公爵夫妻が、恥も外聞もかなぐり捨ててまで本当に隠し通したかったものは何か。それは娘達の不仲に他ならない。

 きっと彼らも、フェンリルの襲来はなんらかの方法であの怪物を手懐けたライラの仕業だと思っているのだ。

 結果的に何の被害も出なかったとはいえアリアを心配するでもなく、ライラのことしか頭にない。そんなレーヴァティ公爵夫妻の姿にはほとほと嫌気がさした。


 こうなった以上、その過失を徹底的にあげつらわなければノーディスの気は済まない。

 子供を守る気のない親なんて、果たして親と呼べるのだろうか。少なくとも、ノーディスはそう思わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ライラは上手く「逃げた」なと思ったので(やらかしを認識してしまったら自称聖女の上面か社会的地位のどちらかが破綻する) きっちり押さえにかかるノーディスが頼もしいですね。 しかし公爵夫妻は屑…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ