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前向き思考がとりえ

「わたあめちゃんがいない……!?」

「何言ってるんだ、ライラお嬢様。あのフェンリルは雷鳴森に帰っただろ」


 ライラがいくら顔を青ざめさせて鞄をひっくり返しても、ふわふわのぬいぐるみは出てこない。ダルクの苦笑が返ってくるだけだ。本当のことを言えば絶対に怒られる。


「ああ、そういえば犬のぬいぐるみを持ってきてたな。あれをどこかに落としたのか? なら、俺が探しにいってくる」

「う、うん、ありがと。でも、わたしも一緒に探すよ」

「歩き回って疲れただろ。お嬢様はここで待っててくれ」

「ダルクの言う通りですよ、ライラお嬢様」


 二人とも親切で言ってくれるのはわかるのだが、今は余計なお世話と言うほかない。どうかダルクの前でもわたあめちゃんがおとなしくしてくれますように。心の中で願いながら、ライラはダルクを見送った。


 しかし夜になってもダルクがわたあめちゃんを連れて帰ることはなかった。警官の詰め所にも問い合わせたが、それらしい落とし物はなかったらしい。謝られたが、ダルクが悪いわけではないので責めようがないだろう。


「残念だけど、見つからないものは仕方ない。帰ったら似たようなぬいぐるみを作るから元気出してくれよ」

「あの子じゃないとダメなの! 簡単に諦めて、そんなこと言うなんてひどい!」


 わたあめちゃんはわたあめちゃんだ。代わりなんていない。八つ当たりとわかってはいても、あまりに冷たいその言葉に対して反論せずにはいられなかった。


「……ごめん、そうだよな。そもそも、お嬢様の大切なぬいぐるみの代わりなんて、俺に用意できるわけなかった」


 ダルクはしょんぼりと肩を落とした。雨に濡れる仔犬さながらの様子に毒気が抜け、ようやく気づく。『アンまど』のエピソードのひとつに、似たような話があったことを。


 アンジェルカが幼い頃、大切にしていた人形をなくしてしまって泣き暮れていたことがあった。そんな主君を慰めるためにダルクは自作の人形をプレゼントして、アンジェルカはたいそう喜ぶのだ。その人形は子供の手作りらしく簡素なものだったが、アンジェルカは大きくなってからもそれを宝物として扱っていた。


 代わりのぬいぐるみを作る・・という発想がとっさに出るあたり、手先の器用さがうかがえる。原作でも現実でも、ダルクは物作りが得意だった。多分、今のダルクにぬいぐるみ作りをお願いすれば、まあまあのクオリティのものを贈ってもらえるだろう。


(わたし、もしかして何か間違えたんじゃ……? で、でも、ただの人形と生き物わたあめちゃんじゃ全然違うし。第一、わたしがアンジェじゃなくてもダルクは仕えてくれるんだから、この程度で嫌われたりしないよね)


 アンジェルカでない自分が、アンジェルカのような態度を取らないのは当然だろう。

 現実いまのダルクが選んだのはアンジェルカではない。彼が心酔しているのはライラだ。アンジェルカのことなんて知りもしない彼は、ありのままのライラを愛してくれる。だから、アンジェルカをなぞる必要なんてない。


(わたあめちゃんがいなくなって、ちょっとナーバスになってるのかなぁ。あーあ、どこに行っちゃったの、わたあめちゃん)


 失意にうなだれながら眠る。頭のいいわたあめちゃんのことだから、起きたらしれっと帰ってきてくれると信じて。



 二日目の散策はわたあめちゃん探しに費やされた。アリアに訪問の申し出を突っぱねられたので、時間がたっぷり余ったのだ。よほどライラに商会の件で口出しされたくないのだろう。わたあめちゃんが消えて心がささくれだった今、あの話の通じない妹に構っている場合ではなかったのでむしろよかったかもしれない。


 ダルク達を連れて市場を歩いていると、向こうの屋台の前に立っていた金髪の少女と濃灰色の髪の青年が何気なく目に止まった。

 屋台でリンゴの棒付きキャンディを買ったその二人は、ライラのほうに向かってくる。


「ッ!」


 それは、アンジェルカとウィドレットだった。

 二人は幸せそうに笑いながら、ひとつのキャンディを食べ合っている。まずキャンディを手にしたアンジェルカがそれを齧り、ウィドレットに差し出せば少し背をかがめたウィドレットが次の一口をもらう。ずっとそれを繰り返すさまは、どこから見ても仲睦まじい恋人そのものだ。


(人前であんなにベタベタして、恥ずかしくないのかな。わたしだったら絶対無理。この世界じゃそう珍しくない年の差なのかもしれないけど、ロリコンにしか見えないし)


 呆れながら二人の様子をうかがう。アンジェルカはウィドレットにおどされて怯えきっているようにも、嫌々彼に付き合ってやっているようにも見えなかった。アリアが言っていた通り、本当に二人の仲は良好らしい。


「ライラお嬢様もリンゴのキャンディ、食べるか? あれって綺麗だよな、お嬢様の目の色みたいで」

「う……うん」


 何に目を奪われていたのか、ダルクは気づかなかったようだ。ごまかすために適当に頷く。

 アンジェルカ達も、変装しているライラには気づいていない。あの二人はアリアとは面識があるはずだし、もし気づいていたら声をかけられていただろう。


 何も知らないダルクはライラのために屋台へ向かう。ライラは思わずその背中を凝視していた。


 そして、ダルクはアンジェルカとすれ違った。けれどその視線がぶつかることはない。アンジェルカは傍らのウィドレットのことしか見ていなかったし、ダルクはまっすぐ屋台を見ていたからだ。


 ダルクはすぐに帰ってきた。前世で見慣れた赤色ではない、琥珀色のリンゴ飴をひとつ手にして、ライラに差し出してくる。

 本当は、この飴のことは好きではなかった。齧ってみるが、やっぱり食べづらいし美味しくない。リンゴ自体の酸味はあるが、溶かした砂糖だかなんだかをべったりと纏わりつかせているせいでやけに甘ったるいからだ。


「ダルクも食べる?」

「いや、俺は大丈夫だ。お嬢様が召し上がってくれ。お嬢様のために買ってきたんだから」

「そんなこと言わないでよー」


 一口食べればもう十分だ。あとはいらない。ダルクに押しつけると、ダルクは少し困ったようにしながらもキャンディを齧った。意外と気に入ったのか、黙々と食べている。


(ダルクに気づかないってことは、アンジェは転生者じゃないのかな? ダルクとアンジェは出逢っちゃっても何も反応しなかったし、アンジェはウィドレットと本当にうまくやってるみたい。ってことは、ウィドレットは反乱を起こさないかも!)


 それは紛うことなき福音だ。ライラの努力で未来を変えることができたのだから。


(もしかして、ウィドルカ派の転生者ノーディスも何かやってたのかな? ま、それでもダルクをアンジェに逢わせなかったわたしの機転あってのものだから、感謝してほしいけど)


 元気が出てきた。アンジェルカ達のあの様子なら、悪の王弟一家が国家転覆のために暗躍することはないだろう。内乱は起きず、多くの人が死ぬこともない。ライラは悲劇の運命に勝ったのだ。


 それに、ダルクも晴れてライラだけのダルクになったことが証明された。やっぱり、アンジェルカの模倣などしなくてもいいのだ。

 確かに最初の出逢いこそアンジェルカを真似たが、原作知識に頼る必要はもうなくなった。だって自分達には、これまで育んできた絆があるのだから!


(あー、よかったよかった。これならアリアとノーディスを別れさせる必要もなくなったし、全部丸く収まって無事ハピエンだね! ……でもやっぱりヤンデレ男の暴走は怖いから、お姉ちゃんとしてしっかり見張っておいてあげたほうがいいかも?)


 地雷ヤンデレ男と地雷ぶりっこ女、しかも片方は身内。とても素直に祝福はできないが、せめて迷惑をかけられることがないよう祈ろう。


 厳しいことを言ってでも別れさせてあげたほうが、アリアのためになるかもしれない。恋は盲目とはよく言ったものだが、不健全な関係に溺れて泥沼にはまった恋愛依存症の人間を救い出せるのはいつだって冷静な第三者だ。


 とはいえ、多少痛い目を見たほうが、アリアも現実を知ることができるに違いない。

 アリアがいつまでも甘ったれなのは、ライラに守られていることに気づいていないからだ。アリアの傲慢さを増長させる、自分のこういうところがよくないのかもしれないと、ライラは自嘲気味にため息をついた。



 そうこうしている間に、帰宅の時間が迫ってくる。本当はもっと長く街に滞在したかったのだが、泊まるところがないなら諦めるしかない。

 アリアの意地が悪くなければ、こんなことにはならなかったのに。もしそうだったら商会の利権について争う必要もなく、ちゃんとピスケス・コートに入れて、わたあめちゃんが見つかるまで探せていたのに。


 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。ライラは停車場に向かってとぼとぼと歩き出した。

 つがいなのか、路地の向こうで二匹の犬が寄り添っている。わたあめちゃんも、きっとこの地でたくましく生き延びて、あの犬達のような新しい幸せを見つけてくれるはずだ。



(新天地で幸せに暮すんだよ、わたあめちゃん)


 空を走る飛竜車に乗って領都を見下ろす。

 このどこかにわたあめちゃんがいる。たとえ離れていても、見上げる空は同じものだ。この空の下でわたあめちゃんの幸せを祈っていれば、きっとまたいつか出会えるだろう。


* * *

次話からは、ノーディス視点の話が二話続きます

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― 新着の感想 ―
[一言] ダルクと姫様を会わせる最初の機会を潰した事だけはウィドルカに評価をされるかもしれないw
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