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利己主義の罪

* * * 


「収穫祭の時期は、やっぱり人が多いなー」


 飛竜車を降り、ライラはきょろきょろと周囲を見渡した。右を見ても左を見ても、へんてこな仮面をつけて杖をついた人達ばかりだ。お祭り自体は楽しいが、正直なところこの光景は何度見ても気味が悪い。

 これだけ観光客がいるのなら、ホテルが予約戦争になったのも無理はないだろう。まさか帰省でホテルを取ることになるとは思わなかったが。


 今回の帰省は、屋敷に残っているライラ付きの使用人達にもこっそり知らせていたので、誰かしら出迎えに来るかもしれないと思っていたが、その気配はなかった。辺境暮らしに音を上げて領都に戻ってきているはずの使用人達とも連絡が取れない。忙しいのだろうか。

 彼女達の手引きを受けてこっそり屋敷に入れてもらおうと思ったのだが、この様子だと難しそうだ。ダルクとケリーがなんとか一泊分の宿を確保したと言っていたときは、どうせキャンセルするのにもったいないと思っていたのだが……。


 一泊二日の宿泊用の荷物を背負ったダルクとケリーがライラに続いた。ライラの手にあるのは、自分で持つと主張した小さな鞄だけだ。


「人込みに巻き込まれて迷子にならないように気をつけろよ、ライラお嬢様」

「ダルクとケリーもね」


 ライラが出禁を言い渡されたのは、実家であるピスケス・コートだけだ。領都への来訪は禁じられていない。

 ケリーにそう主張して、ライラはこの帰省の権利を勝ち取った。実際、母もライラが領都に来ることは想定済みのはずだ。飛竜車はそのために与えられたのだから。離れの屋敷に滞在することだって、アリアにバレなければ問題ないはずだったのに。


 僻地暮らしに久しぶりの都会の空気が染みわたる。大自然の中でのスローライフも悪くはないが、便利な都会の暮らしに慣れているとどうにも疲れがたまるのだ。仮の田舎暮らしは、いつか貴族令嬢をやめて悠々自適に生きていく時の、移住先を決めるいい参考になった。


「ライラお嬢様、その鞄も俺が持とうか?」

「ううん、これは自分で持つから大丈夫」


 ダルクの申し出を固辞し、ライラは鞄を大事に抱える。

 いくらダルクでも、いや、ダルクだからこそ、この鞄を持たせるわけにはいかない。この鞄にはとっておきの秘密が入っているのだから。


(わたあめちゃんを連れてきたって言ったら、ダルクは絶対怒るもんね。意外と動物嫌いだったのかな。原作では別にそんな描写なかったけど……そもそも、動物と触れ合うエピソード自体がなかったからなぁ。だけど馬は普通に可愛がってるから、犬が苦手だったり? 可愛いー! 原作にない裏設定を知れてラッキーかも!)


 にやけるライラに気づいてダルクは不思議そうに首をかしげるが、宿泊予定の宿についてケリーに尋ねられたのでそちらに意識が向いたようだ。二人に気づかれないように、ライラは鞄の蓋を開けてそっと声をかける。


「お疲れ様。もうちょっと我慢しててね、わたあめちゃん」


 この日のために考えた小型化魔法によって、わたあめちゃんはぬいぐるみさながらのサイズになった。ポメラニアンのようで愛らしさが加速している。全体的にふわふわで、まるで本物のわたあめだ。

 ダルク達にバレないように、わたあめちゃんには実際にぬいぐるみのふりもしてもらっていた。もちろん、呼吸がちゃんとできるように鞄はぴっちり閉じていない。お利口さんなわたあめちゃんだからこそできることだ。


 帰省はしたかったものの、わたあめちゃんを異様に怖がる留守番役ナナに留守中の世話を任せられなかったのだから仕方ない。もっとも、わたあめちゃんもライラ以外の人間に世話をされるのを嫌がっているのだが。

 そのため、ライラが留守の間はわたあめちゃんは元々棲んでいた森の奥に引っ込んでしまったということにした。事前にそういう小芝居を打っておいたので、ダルク達に疑われることはなかった。あとは、このぬいぐるみがわたあめちゃんだとバレなければ大丈夫だ。


 お忍びで街の散策をしながら、プレイアデス商会に立ち寄る。ライラの右腕であるカフ氏の顔色は少し悪いような気がした。言葉にも普段のキレがない。突然の訪問だったせいだろうか。


 カフ氏以外の部下達は、ライラを見て何か言いたそうにしている。だが、カフ氏はそのままライラを応接室に連れていったので、彼らと話している時間はなかった。


 カフ氏から詳しく話を聞き出すと、どうやら最近ライバル商会が台頭しているらしい。ポラリス商会という新しい商会のようだが、どうやらレーヴァティ家……アリアのお抱えのようだ。

 そこで売っている魔具はプレイアデス製の魔具より安価らしく、シェアをそちらに奪われているという。当然、いい気はしなかった。


「人のアイデアをパクって粗悪品を流通させるなんて、あの子は一体何を考えてるわけ? そんなまがい物、成功するわけないのに」

「おっしゃる通りです、ライラお嬢様。アリアお嬢様にも困ったものですな」


 カフ氏は引きつった笑みを浮かべながら頷く。先ほどからずっとグラスを手放すことなく水を飲んでいるようだが、そこまで喉が乾いているのだろうか。


「そもそもうちの魔具は、うちでしか作れないんだから。どうしてもそれでお金儲けがしたいなら販売権を買うか、特許使用料を払ってからにしてよ」


 家族だからこそ、金が絡む話はきっちり線を引かなければならないのに。プレイアデス製の高品質な商品にあやかる便乗商法はいただけない。

 自社製品の特別さを、ライラははっきりと認識している。どの魔具も、前世の知識と自分の魔力があるからこそ開発できた品々だ。いずれは特許使用料で左うちわの生活を送る予定なので、その時は他の商会でも同じものを作れるよう手伝うつもりだが、盗用者相手に企業秘密を公開する気など一切ない。こっちだって商売でやっているのだから。


「権利関係についての意識、もっと厳しく広めないとなぁ。わたしが簡単にお金稼いでるから自分でもできるって思ったんだろうけど……いくら妹だからって、あんまり図々しいなら出るとこ出てもいいんだからね」

「さすが、ライラお嬢様は頼もしい。こちらもポラリス商会には手を焼いているのです。どうかライラお嬢様からも、アリアお嬢様に何かおっしゃってくださいませ」


 そう言いながらカフ氏は汗をぬぐった。とは言ったものの、現状のライラではアリアに自由に会いに行くことができない。実家なのに馬鹿馬鹿しいことこのうえない話だが、アリアに堂々と会いたければ事前に訪問の許可を得ないといけないのだ。駄目元で、後で家の前まで行ってみよう。


 だが、いざピスケス・コートの門の前に行ってみると、普段より警備が厳重で近寄れなかった。見慣れた門兵だけでなく、警官の姿も散見される。毎年、収穫祭の時には家に客が大勢来るから、きっとそのせいだろう。

 客人になど会いたくないのでいつもは警備が手厚くなる前にさっさと抜け出して遊びにいき、使用人達の手引きを受けながら帰っているのでわからなかった。その使用人達も、今日は頼れそうにない。


(これを突っ切るのは、わたしみたいな小市民には難しいよ!)


 門兵からアリアに取り次いでもらおうにも、お忍びスタイルのせいでなかなか自分だと気づいてもらえなかった。やはり自分から門兵に声をかけるしかなさそうだ。


「なあ、ライラお嬢様。今日寄るのはやめておいたほうがいいんじゃないか? どうせアリアお嬢様は収穫祭で忙しいだろ。先触れを出しておくから、明日会えそうなら会えばいい」

「仕方ないなぁ……。疲れちゃったし、そろそろ宿に行こっか」


 しかしダルクにそう言われ、ライラはしぶしぶ踵を返す。人ごみに揉まれ、なんとか目的地の宿についたころにはすっかりへとへとになっていた。


 ライラは気づかない。人波を縫うように進んでいるうちに、中途半端に開いていた鞄からぬいぐるみ・・・・・が落ちてしまったことに。


 ライラは思い至らない。どれだけ頭がよくて従順に従うからといって、長時間狭い場所で身じろぎを許さないことが生き物にとってどれほどのストレスを与えるのか。


 ライラは知らない。迷子になってしまった仔犬フェンリルが、ライラを探そうと必死に動き回っていたことを。


 そのフェンリルは、ぬいぐるみ扱いされていたことによってずっと食事を与えられていなかった。ライラの気配を辿りつつ、足は自然と鼻孔をくすぐる香ばしい匂いのするほうへと向かってしまう。


 ライラがしばらく前に暮らしていた場所。

 ライラがほんの少し前に立ち止まっていた門の前。

 その奥から漂ってくる、新鮮な血と肉の匂い。


 その誘惑は、フェンリルが鉄柵を越える理由となるのに十分すぎた。地面を駆ける小さな体躯は、門兵の視線をたやすくすり抜ける。


 そして、ようやく愛しいライラと再会できたことでフェンリルは喜びに舞い上がった。

 けれど近づいてみれば、匂いが違う。姿かたちはライラそのものなのに、この女は一体誰なのか。主人を騙る忌々しい偽物・・を見て、飢えたフェンリルは怒り狂って暴れ出す。

 まずこの偽物、それから周りのうるさいニンゲンどもで腹を満たそう。殺気を込めたフェンリルの咆哮の衝撃で、かけていた小型化の魔法がぱちんと弾けて解けてしまったことだって、ライラの預かり知らないことだった。


 人間など簡単に殺してしまえるような危険な生き物を愛玩動物として可愛がっておきながらしつけを軽んじ、無責任に連れ回す。

 その行為が招いたものの顛末も、まだライラの耳には入らない。

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