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子供は元気が一番

 ノーディスが魔具開発のために多忙になり、アリアも領主代行として決裁を求められる書類仕事や有力者達との会合の機会が増えたため、次の領地視察デートは翌月に持ち越された。


 万全の状態でノーディスを迎えるため、アリアはすべての予定を調整し、完璧にこなしてみせた。

 アリアに実務はわからない。それは自分の仕事ではない。だからわかる人間にやらせればいい。役人達はそのためにいる。アリアの仕事は、彼らが精査した書類にサインをすることと、一介の役人では話すこともままならないような権力者達の機嫌を取ること、そして役人達の仕事の責任を取ることだ。


(殿方と同じ舞台に立ち、殿方の振る舞いを真似て、殿方そのものの戦い方をする。ええ、それも一つの手段でしょう。ですがわたくしがするべき行いは、そういったことではございません。わたくしには、別の武器がありますもの)


 アリアの一番の武器はしなやかさだ。細やかな気配りと柔らかい対応で人の心にするりと溶け込み、心すらも掌握する。自発的に人々を傅かせて望み通りのものを持ってこさせる手腕こそ、上に立つ者としての真価が発揮される時だ。

 政治は恋愛に似ていた。どんな屈強な男でも、アリアの思い通りに踊ってくれる。無論、どちらの舞台であっても勝者はアリアだ。


(どんな殿方であろうとわたくしの手のひらの上。もちろん貴方もですわ、ノーディス)


 一人しかいない執務室にアリアの高笑いが響いた。ようやく彼に会える。楽しみで仕方ない。


 前回の商会視察は散々だったが、今回は問題ないはずだ。何故なら今回の目的地は孤児院や救貧院など、慈善活動のために昔からよく足を運んでいる施設を中心に見学してもらう予定なので、間違いなど起こりようがなかった。

 

 そして迎えたデートもとい視察当日、ノーディスは時間通り九時に来てくれた。利発そうな目をした彼のワイバーンを竜舎に預け、レーヴァティ家の馬車で目的の施設まで移動する。彼も研究で疲れているだろうに、そんな疲労を感じさせずアリアを気遣ってくれるところが素敵だ。


『アリアおじょうさま、こんにちはっ!』

「ご機嫌よう。皆様元気いっぱいで、素晴らしいこと」

 

 最初に訪れた孤児院では、子供達の大きな声で出迎えられた。定期的に慰問を行っているので、どの子供もアリアによく懐いている。読み聞かせやら何やらをねだる子供達に、アリアは丁寧に応じた。慈善活動は淑女として当然のたしなみだ。


「子供は元気があっていいね。貴方もすごく好かれているみたいだ」

「この孤児院にはよく来ていますもの。さあ皆様、そこに座ってくださる?」


 園庭の木陰に座り、渡された絵本を開いて朗読を始める。場は一気に静まり、子供達は真剣な顔で聞き入ってくれた。その素直さは愛らしい。

 ノーディスにも動きやすい服装で来るよう伝えていたが、大正解のようだ。新しい遊び相手と認識されたのか、彼もすぐに子供に取り囲まれてあちこちに引きずりまわされている。遊びたい盛りの子供の容赦ない洗礼は、大人には少々堪えるだろう。絵本を読み聞かせながら、アリアは内心で微苦笑を浮かべた。


「そして、二人はいつまでも幸せに暮らしました──おしまい」


 わぁっと歓声が上がり、拍手が響く。けれどその余韻は短い。「アリアおじょうさま、つぎこれよんでください!」「おままごとしませんか!」どうやら人のことを笑ってばかりいられないようだ。


「順番は守らないといけませんわよ? 慌てなくても、わたくしはここにいますから」


 無邪気な子供は好ましい。貴族の娘として、次期領主として、自分が何を背負っているか強く実感させてくれるのだから。

 弱さの象徴である子供こそ、無条件に守られてしかるべき存在だ。彼らが健やかに育てる未来をつないでいかなければ。


 さんざん遊べばお腹が減る。子供達も例外ではない。昼食の用意ができたという職員の声に従って、子供達は我先にと孤児院に入っていった。


「大丈夫ですか、ノーディス。わたくし達もお昼にいたしましょう。先生方の許可は取ってありますから、わたくし達の分の昼食も用意されているはずですわ」


 存分におもちゃにされたらしく、力なく地べたに横たわるノーディスに声をかける。ノーディスはよろよろと立ち上がって弱々しく笑った。


「子供とかかわることなんてめったにないから新鮮だったよ。明日はひどい筋肉痛になりそうだ……」

「たくさん遊んでくださってありがとう。あの子達もとても楽しそうでしたわ」

「貴方みたいに上手な読み聞かせや手遊びができないから、とりあえず身体を動かすしかなくてさ。……でも、おままごとぐらいならなんとかできるかな?」

「意外とおままごとも奥が深くてよ? ふふふ、赤ん坊やペットの役が貴方にできるかしら?」

「ど、努力するよ」


 子供達の見本になるよう、しっかり手を洗って席に着く。野菜がメインの健康的な料理が並んでいた。


(寄付金と施設の様子に大きな相違はございません。衛生状態も十分。視察に合わせた付け焼刃というわけではないのは、人の振る舞いを見ていればわかります。皆さん自然に振る舞っていらっしゃるから、何も問題はございませんわね。わかりきっていたことですけれど)


 美味しい。子供達も行儀よく食べている。職員も子供達のことをきちんと見ているようだ。アリアの名前で寄付を続けている施設が適切に運営されているところを見るとやはり安心できる。


「それじゃあみんな、お昼ご飯のお片付けが済んだらお祭りの練習をしましょうか」

「はーい」


 職員がそう言うと、食事を終わらせた子供達は皿を持ってぞろぞろと洗い場に消えていく。どの子も残すことなく綺麗に昼食を平らげていた。


「お祭り?」

「月末に収穫祭がありますの。この孤児院では収穫祭で毎年手作りのお菓子を販売しますから、きっとその練習でしょうね。その時に作ったお菓子が子供達のおやつになるのも恒例行事ですのよ」

「なるほど。楽しそうだね」

「あっ! よければアリア様とノーディス様もご参加されますか? 今年もアリア様からいただいた材料がたくさんございますので、どうぞご自由にお使いください」

「まあ、よろしいの? それなら、お言葉に甘えようかしら」

「大丈夫かな。私はお菓子作りなんてやったことはないんだけど……」

「わたくしが教えてさしあげますから、安心なさってくださいな。意外とお菓子作りは得意ですのよ」


 チャリティーバザーの出品物として、手作りのお菓子は昔からよく作っていた。毎回売れ行きは悪くないから、味もそれなりのものは保障されているに違いない。

 ノーディスは少しためらっていたが、アリアが一緒なら大丈夫だと思ったのだろう。そういうことなら、と立ち上がった。

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