商会を乗っ取ろう
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(草むらをかきわけたらバジリスクが出てきて焦ったけど、とりあえずなんとかなりそうかな。アリアが話のわかる子で助かった)
最初は、ユークをうまく焚きつけてプレイアデス商会の内情を探ってから商会を取り込み、資金源にするつもりだった。だが、そうも言っていられなくなってしまった。
企業秘密でも抜ければその製法を使ってどうとでも金を稼げたのだが、ふたを開ければもはや技術を盗むどころではない。途中経過が何もわからないのに何故か問題なく動く魔具なんて恐ろしすぎる。
「この失態が公になってしまう前に、プレイアデス製の魔具は回収してしまうべきですわね。けれど、プレイアデス製の魔具は上流階級の間で広く流通しています。そのすべてを回収するというのは難しいでしょう。不満の声を上げさせず、かといってこの不祥事を知られないようにするためには……何か代わりになるものを作って、自発的に買い換えさせようかしら?」
「それはいい考えだね、アリア。じゃあ、まず廉価版の魔具を作って市井に広めて、プレイアデス商会の占有率を奪っていこう。ほどほどのところでプレイアデス商会を買収して、これまでライラ様が発明した魔具を製造停止に追い込んでいけばいい。そうすれば、今流通しているものが壊れた時点でそれでおしまいになる。どのみち、ライラ様の魔具は今の技術力じゃ本来実現できないようなものばかりだ。文明の進歩と発展は素晴らしいことだけど、そこに至るまでの過程が伴わなければ何の意味もない」
プレイアデス製の魔具の構造を確認してみたが、あれを本当の意味で普及させるためには人工的に魔力を生成できるようにならなければ話にならない。あれが長期の稼働に耐えられているのは、ひとえに込められたライラの魔力が膨大すぎるからだ。
ノーディスとユークが全力で再現したところで、プレイアデス製の魔具にはあらゆる面で劣るような使い捨ての粗悪品しかできないだろう。内蔵された魔力が尽きたらそれで終わりだ。そうでもなければ、それこそノーディスが今付けている眼帯のようなものを使って、哀れな犠牲者達から遠隔で魔力を搾り取るという倫理的に絶対採用できない手段を取るしかない。
元々、魔具というのは使用者が魔力を有していることを前提として、魔法を使うための補助器具として生み出されている。魔力の素質のない人間でも魔法を使えるようにしたいというのなら、ライラの挑戦は非常に意義のあることではあるのだが……その根底にあるのがライラ自身の魔力では、技術革新も何もあったものではなかった。
「本当に新しい魔具が作れますの?」
「私とレサト君のような優秀な研究者達と、ちゃんとした研究設備と予算があればね」
冗談めかして笑う。アリアは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに頷いた。
「今度こそ仕組みをきちんと説明できて、誰に対しても堂々と公開できる物が作れるというのであれば、領地の新事業として認可いたしましょう。プレイアデス製の魔具を、速やかに市場から駆逐してくださいまし」
(それだけ貴方は自分の領地を守りたいんだね。わかったよアリア、その願いに私も応えよう)
決して詐欺師が口車に乗せたわけではない。結果的にそうなっただけで、動機はいたってシンプルだ。
何から何まで不明瞭な製品が流通していたら、いざ大事故が起きたときに誰もその説明ができない。だが、それではとても済まされない。
それに、『エネルギーとして一人の人間がすごくたくさんの魔力を込めたのでこの装置は動いています』より『この装置は実は大勢の人間から魔力を奪ってそれを遠隔で注ぎ込むことによってエネルギーにしています』と言ったほうがまだ信ぴょう性がある。たとえ根も葉もない噂だろうと、信用に大きく傷がつきかねない話だ。ノーディスの眼帯とウィドレットの手袋のように、相応の手を加えれば魔力は距離を問わず受け渡すことができるのだから。そういった魔力のやりとり自体は違法でもなんでもないし、これを利用した通信技術もある。ただし、誰かの魔力を同意なく奪って別の何かのためにつぎ込むような行為は、人道に反した行いだ。
レーヴァティ領のためを思うなら、プレイアデス製の魔具なんてないほうがいい。アリアのその意見には、ノーディスも賛成だった。
劣化した部分は、コストカットの成果として言い繕える。魔力のある所有者ならともかく、余剰な魔力を持たない所有者は内蔵の魔力切れによる頻繁な買い替えを余儀なくされるが、だったらその買い替えごと一種のイベントにしてしまえばいい。
値段を安めに設定しておいて、できる範囲でそれぞれ別の付加価値をつけて。気分転換感覚で、気軽に買えるようにしてもいい。買い替えることで別のメリットが得られるのなら、不満は限りなく抑えられるはずだ。
上流階級はステータスにこだわって高品質なプレイアデス製を使い続けるだろうが、その時こそ風評被害をちらつかせればいい。あの家は非人道的な装置を導入しているぞ、と。ノーディス達の商会が台頭したことでレーヴァティ家のはしごが外れてしまえば、プレイアデス商会は孤立無援だ。どんな悪評が立とうと知ったことではない。淪落したところを商会ごと安く買い叩いて、完全に接収してしまおう。
やがてカフ氏が帰ってきた。驕った態度はそのままに、実のない工房見学が再開される。きっと彼も魔具のことなど何一つわかっていないのだろう。そうでなければ、魔法の研究者であるノーディス達を相手にこんな薄っぺらい解説を自信たっぷりに話せるはずがない。
(他に調べておくべきは癒着の有無かな。娘の事業に対してレーヴァティ公爵夫妻が便宜を図るのは当然だけど、その支援が度を越していたら大問題だ。正式な書類と適切な予算の範囲内でのものだったかどうか、探っておかないと。公爵夫妻を失脚させる手札は多いほうがいい)
空っぽの工房などどうでもいい。どうせ製法を盗もうにも、ライラでなければ再現できないのだから。ご自慢の発想力はすでに見せびらかされているので、後はどうにかそれを再現するだけだ。その辺りは魔具開発の専門家であるユークが熱意を見せてくれるだろう。
「なあ、シャウラ君。プレイアデス製の魔具は、やっぱりどこかおかしいぞ。まるでモデルが別に存在していて、それに無理やり合わせようとしてるみたいだ」
「ライラ様の豊かな想像力が元になっているんですから、そうなるのも当然なのでは?」
「それはそうなんだけど……うーん……なんというか、他にもっと完璧な完成形があって、それは空想とかいうあやふやなものじゃなくて、でもその仕組みがわからないから、わからない部分を全部魔法で解決してるみたいな感じがするんだ。だから、これの一歩先にあるその“完成形”がわかれば、もっと正確に再現できるかも……」
ユークもカフ氏の話そっちのけでぶつぶつ呟いている。その目は好奇心でらんらんと輝いていた。思った通り、彼に任せていれば大丈夫そうだ。
「これがプレイアデス商会のすべてです。素晴らしいでしょう? ですが我々は魔具だけでなく、いずれは製造の権利そのものを売り出す予定です。これはライラお嬢様がお考えになったもので、我が商会の認可を受けた商会に対してわざわざ商品を売らずとも使用料を回収できるんですよ。実に画期的な、」
『絶対に誰にも売らないでください』
カフ氏の言葉に三人の声が綺麗に重なる。権利だけ売ったところでよそでは何一つとして作れないし、何より中身がなさすぎる。詐欺師として大々的に訴えられる前にこの商会を潰そうと、三人の心が一つになった。
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