自サバ姉⇔あざと妹
季節は巡る。十年の月日はあっという間に過ぎ去った。
ライラは病弱さを建前にして引きこもり続けたものの、「レーヴァティ家の才女」という二つ名を自慢げに掲げていた。
画期的な発明や事業で領地を盛り立て、民に慕われているかららしい。成長するにつれて、魔法の才能が顕現したのも理由の一つだろう。アリアには、魔法の才能などなかったのに。
いつの間にか、ライラは自分の商会を起ち上げて、そこで自由な裁量を振るうことを許されていた。 貴族の娘としてはライラに不適格の烙印を押した両親も、彼女の実業家としての才能は認めざるを得なかったらしい。
もちろん実務は経験豊富な商人が行っているようだが、名義だけの出資者でも大きな顔はできる。ライラは貴族ではなく実業家として生きることにしたようだった。
たとえそれがなんであれ、子供がやりたいことを見つけたのだから応援したいという親心なのだろうか。結果としてレーヴァティ家の富と名声を食い潰されて終わらないといいのだが。
そもそも、どこまでライラの意思が反映されているのか、それもアリアにはわからなかった。
もしかすると彼女は、都合のいいことばかり言う詐欺師達におだてられて利用されているだけなのではないだろうか。ライラのことはどうでもいいが、レーヴァティ家が不利益を被るのだけはごめんだ。
とはいえ今は、ライラが発案したという事業のおかげで領地の経済が潤っている。
両親の期待と関心が自分ではなくライラに向き始めたことを、いつのころからかアリアは感じ取っていた────アリアだって、両親の熱心な教育のかいあって立派な淑女になったのに。
社交期を迎え、アリアは両親に連れられて王都に足を踏み入れた。
正式な社交界デビューで王妃から称賛の言葉をもらったのは、その年にデビューを飾った令嬢の中ではアリアと……体調不良のせいでアリアとは別の回でお目通りを済ませたライラだけだった。そのライラ・レーヴァティがドレスを着替えて化粧と髪形を変えただけのアリアだということには、誰も気づかなかった。
「わたし貴族の社交なんてしたくないから。アリアが代わりにやってきてよ」
たったその一言で我儘を押し通し、恐れ知らずにも王族を欺こうとするライラのことが憎かった。
娘が社交界デビューの挨拶すらできないという不名誉を得るより、人の目をごまかして体裁を整えることを選んだ両親のことが情けなかった。
なによりも、両親に逆らえず、言いなりになるだけの臆病な自分のことが嫌いだった。
本当は、誰もがライラ・レーヴァティを虚像だと知っているのではないか。
病弱で領地にこもりきりの双子の姉なんて存在していなくて、レーヴァティ家の娘はアリア一人しかいないと思っているのではないか。
この一人二役に、誰か気づいてくれるのではないか。
いつのころからか、そんな淡い期待が胸にあった。その秘密を知る者がいれば、それはレーヴァティ家の汚点になる。決して気づかれてはいけないし、暴かれることをアリアも恐れていた。
それでも心のどこかで、アリアだけのパーソナリティーを認めてもらうには、ライラの存在を完全に塗り潰すしかないと思っていた。
だが、アリアの昏い希望に反して、誰からもそれに関する指摘はなかった。
これまでライラが領地で華々しく活躍してきたのが悪い。ライラが打ち立ててきた実業家としての評判が、ライラ・レーヴァティの実在を裏付けてしまっていたのだ。
アリアには、ライラが着手している事業の話なんてまったくわからない。そんなことは学んでこなかった。
いや、学ぼうと思えばできただろう。そこまで真似をするのが嫌だっただけだ。そんなことをすれば、きっとアリアがライラに塗りつぶされてしまうから。それは、アリアに残った最後の意地だった。
アリアには、ライラのように魔法を使いこなすことができない。双子の才能は決定的に別たれていた。
どれだけ理論を学んだところで、資質に限界がある以上は伸びしろも限られている。ライラの魔法は、アリアが努力で補える域を越えていた。自分がライラより劣っているだなんて、絶対に認めたくなかったけれど。
アリアはライラのふりをして挨拶して回ることはできるが、ライラになることはできない。
だからライラ・レーヴァティは、王都についてすぐに体調を崩したことになった。
だったらライラだけでもさっさと領地に帰ればいいと思ったが、彼女は彼女で王都の視察やら商談やらがしたいらしい。ライラが言うことには、見栄っ張りで無能な貴族に割く時間はないそうだ。
威張り散らすしかできない貴族と会うより職人や商人と仕事の話をしたいというのが彼女の言い分だった。ライラなら、そんな理由で社交を投げだすことができる。
もう彼女は、いっぱしの実業家気取りだった。都合のいい財布だと思われて、利用されているだけなのかもしれないのに。
噂の才女ライラと会えないと知り、彼女との顔つなぎを望んだ上流階級の者達は落胆したが、代わりにアリアを人脈形成の足掛かりにしようとした。
「ぜひアリア嬢からも、姉君にお口添えしていただけませんか」
「かしこまりました。姉に伝えておきますわ」
ここでもアリアは、ライラの代用品だった。
ライラ。ライラ。ライラ。大人の望み通り完璧な淑女になったのはアリアなのに、ライラの呪縛がまとわりつく。
「アリア嬢。どうか私と一曲、踊っていただけませんか」
「光栄です。ぜひお願いいたします」
甘い笑みと共に誘う貴公子の本当の狙いは、ライラに近づくことではないかと真っ先に疑ってしまう。そんな不信を押し殺し、アリアはつとめて華やかに笑う。
花の妖精のように可憐で、所作も洗練されたアリアは、たちまち社交界の人気者になった。
エスコートを買って出たがる男達に囲まれたアリアは、誰にでも平等にチャンスを与えて公平に接していた。
だが、ダルクにかけられた「空っぽで嘘くさい」という言葉が頭から離れない。ライラの代役であれと望む人々の声と眼差しが忘れられない。その呪詛がいつも心に暗い影を落としていた。
つらい。苦しい。もういやだ。
誰でもいい。誰か、わたくしを見て。わたくしを認めて。わたくしだけを愛して。
そんな本音を心の奥底にしまい込む。自分の弱さも醜さも悟られないように、アリアはいっそう美しく虚飾を纏った。