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大好きな家族

 アンジェルカとの二人きりのお茶会が終わったのをどこかで見ていたのか、ノーディスはすぐにやってきた。

 アリア達に配慮したのか、ユークの姿はない。一人にしていいのか少し心配になったが、ノーディス曰く「一人でいるほうが性に合う男だから大丈夫」らしい。親友の彼が言うならそうなのだろう。


 今度はノーディスも交えて、レーヴァティ領の有力者達に挨拶をする。爽やかで礼儀正しいノーディスは、たちまち年長者達の懐に入れられたようだ。これなら婿入り後も安泰に違いない。


 一通りめぼしい客人には庭園の案内も終わり、客人同士の歓談も一息ついただろうか。そろそろ余興の頃合いかと、客人の一団をルーベリー畑に案内する。早くも秋を告げるように染まった紫黒の果実を前に、歓声がわっと上がった。


 めいめいが自由にルーベリーを摘み始める。樹木の背丈が低いおかげで摘みやすく、皮ごと食べられるのがルーベリーのいいところだ。

 ルーベリーの甘酸っぱい匂いは秋の寂しさを打ち消し、これから訪れる豊かな実りへの期待に変えてくれる。自然がもたらす素朴な恵みを前にして、誰もが童心に帰っていた。


「アリア、口を開けて」


 ノーディスに言われるままに、可愛らしく口を開ける。悪戯っぽく笑ったノーディスが、摘んだばかりのルーベリーを優しくアリアに食べさせた。芳醇な味が口の中で弾ける。


「どう? 美味しい? ……貴方の家で育てたルーベリーなんだから、答えはわかりきってるか」

「答え合わせは必要でしてよ?」


 アリアも手近の枝からルーベリーを摘んで、ノーディスの口元に運ぶ。「すごく美味しい」ノーディスは口の端をぺろりと舐めた。


 婚約者といちゃつきながらも周囲への気配りは忘れない。上手にルーベリーが見つけられない者がいれば多く実っている場所にさりげなく案内し、食べつくしかねない勢いで夢中になっている者がいればお喋りをもちかけて意識をそらす。アリアの意図を汲んだノーディスがその都度的確なアシストをしてくれるので、客人達の誘導はかなりはかどった。


「あら? あそこにいらっしゃるのはウィドレット様かしら」


 紳士達の集団の中心に、ノーディスより黒みの強い髪の青年がいるのが見えた。かなり盛り上がっている様子で、アリアが気を利かせる必要はなさそうだ。


「そうみたいだ。人の影に隠れているからわかりづらいけど、アンジェ様もいるし。……アンジェ様の付き添いって名目があったとしても、兄上がパーティーに出てくるのは珍しいんだよ。兄上は、ああ見えていつも仕事に追われてるから。それだけアリアを認めてるってことだろうね」

「それはシャウラ家の姻戚という意味でかしら? それとも、貴方の妻として?」

「きっと両方さ。兄上は一見気難しいけど、本当はすごく優しい人なんだ。一度懐に入れた人のことはとても大切にしてくれる。だから、アリアも兄上のことを好きになってくれると私としてはすごく嬉しい」


 冗談めかして尋ねると、ノーディスは照れくさそうにはにかむ。兄弟愛を示されて、アリアは思わず目をそらした。


「ノーディスは、ウィドレット様ととても仲がよろしいのね。子供の時からずっとそうですの?」

「ああ。私は九歳の時に寄宿学校に入学したけど、兄上とは定期的に手紙のやり取りをしていたし、休暇のたびにまっさきに兄上に会いに行っていたよ。きっと仲はすごくいい部類に入るんじゃないかな」

「喧嘩はどうなのでしょう? まさか一度もしたことがないとはおっしゃいませんわよね?」

「ささいなことならよくあったけど……大体どちらかが折れるからなぁ。口に出すのも恥ずかしいような幼稚なことから、自分の中じゃかなり深刻な悩みだったことまで、喧嘩になる発端は色々あったけど……わりとすぐに仲直りするし、本気の喧嘩っていうのはやったことはないかもね。少なくとも私は覚えてないな」

「……ノーディスとウィドレット様は、お互いを思いやっていらっしゃるのですね」


 彼ら兄弟のありようと、アリア達姉妹のありようはあまりに違う。育った家庭のせいか、それとも当人同士の気質のせいか。実姉を追い落とそうとするアリアの願いは、ノーディスから見れば浅ましくて卑劣な非人間のそれに見えてしまうのかもしれない。


(もしもライラを切り捨てるようなことをすれば、ノーディスに嫌われてしまうのかしら……。それだけは絶対に嫌です……)


 兄を慕うノーディスのように、アリアもライラを慕うべきなのだろうか。あの、何一つとして理解できない異次元の片割れを? 

 けれど、双子の姉であるという事実に変わりはないのだ。血の繋がった家族なのだから、見捨てるのは本当はよくないことなのかもしれない。


「あのね、アリア。それは、私の兄がウィドレット・シャウラだったからだよ。これが他の誰かだったら、私はそんな風に思っていなかったかもしれない。私達兄弟がどれだけ仲がよかろうと、それは他人には何も関係のないことだ。当然、貴方が引け目を感じる理由にもならない」


 アリアが何を考えたのかすぐにわかったのだろう、ノーディスがアリアの手を握る。つないだ手は温かい。


「他人の目から見た“普通”なんてどうだっていい。この繊細な問題において重要なのは、アリア・レーヴァティ、貴方という一個人がどうしたいと思ったかだ。誰にどう思われたいかじゃなくてね。少なくとも私は、私達兄弟にとっての日常を貴方達姉妹に当てはめる気は毛頭ないよ。色々な家族の形があるんだからさ。愛し合う綺麗な関係だけが家族じゃない。……ちなみに我がシャウラ家は、親子仲のほうは最悪だよ?」

「ノーディス……」

他人ひとの家族は、この世で一番美しく見える幻想のひとつだ。一方で自分の家族は、この世で一番辛辣に突きつけられる現実と言っていい。生まれ持ったそれは変えられないけど、新しく作ることはできる。だからせめて、自分で選び取った新しい現実のほうは優しいものにしたいよね。……貴方にとってどんな家庭が居心地がいいのか、これから一緒に探していこう。私達は家族になるんだから」


 アリアは黙ったまま小さく頷いた。不用意に口を開くと、涙までこぼれてしまいそうだった。



「こんなところにいたのか」

「兄上!」


 いつの間に近づいてきたのか、ウィドレットとアンジェルカが立っていた。アリアは慌てて笑顔の仮面を被り直す。いくらノーディスの身内でも、パーティーのホストとして客人に泣き顔を見せるわけにはいかない。


「俺達はそろそろ帰るから、挨拶をしておこうと思ってな。アンジェが来たいと言うからわざわざ来てみたが、まあ悪くはなかったぞ。アリア嬢の趣向もよく伝わった。レーヴァティ領が意外と面白い人脈を抱えていることもわかったしな。おかげで得をした気分だ」

「もう。ウィドったら、もっと素直に褒めてさしあげればいいのに。お食事はもちろんルーベリーもすごく美味しかったし、たくさんの人と意見交換ができて勉強になったって。庭園のお花も嫌味すぎず遠回しすぎもしない、季節感に合わせたいい演出だって言ってたじゃない」

「お褒めいただき光栄ですわ、アンジェ様、ウィドレット様」


 アリアが淑女の礼でもって応えると、ウィドレットはつまらなそうに肩をすくめた。


「兄上?」

「怒るな怒るな。いい息抜きをさせてもらった礼だ、外堀を埋める手伝いはしておいたぞ。次期シャウラ家当主として、次期レーヴァティ家当主を支持することは表明しておかないとな?」


 ウィドレットはアリアの手を取り、その甲に軽く口づけする。そのまま彼はアンジェルカを伴って立ち去っていった。無邪気に手を振るアンジェルカに手を振り返しながら、アリアは自分の選択が間違っていなかったことを噛みしめていた。

次話はライラ視点です

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