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仲のいい友達

 客人達に庭園を案内するにも、自分一人では味気ない。もう一人、側に誰かが欲しいところだ。そう考えていると、ちょうど目当ての人物がやってきた。


「遅くなってしまったかな。ごめんね、アリア。空から見下ろすレーヴァティ領が美しすぎて、つい空の旅に夢中になってしまった」

「大丈夫、まだパーティーは始まったばかりですもの。来てくださってありがとう、ノーディス」


 ノーディスは膝をついてアリアの手の甲に口づけを捧げる。そんな彼の傍らには見慣れない青年がいた。赤い顔でアリア達を見ている。


「紹介するよ。彼はレサト伯爵家の、ユーク・レサト君。私の親友なんだ。彼にもぜひアリアとレーヴァティ領のよさを知ってもらいたくて来てもらったんだよ」

「しんゆう」

「親友でしょう?」


 呆けたように復唱するユークに、ノーディスはさも当然のように繰り返す。「どうかしましたか、レサト君」尋ねられたユークはぶんぶん首を横に振り、「親友」と嬉しそうにもう一度呟いた。


「レサト君、こちらが私の婚約者のアリア嬢です」

「お会いできて光栄です、ユーク様。アリア・レーヴァティと申します」

「こっ、こちらこそ光栄ですっ、親友の婚約者様にお会いできて!」


 ユークが慌てて頭を下げると、無理に撫でつけていたらしい髪が寝癖のようにぴょこんと跳ねた。地面に伸びる影でそれに気づいたのか、そばかすの散った頬がますます赤くなる。


「シャ、シャウラ君、一体君はどこまでの善行を積んでこんな可憐な人を手に入れたんだ?」

「私がアリアを手に入れたのではなく、アリアに私を選んでいただけたんですよ。ねえ、アリア」


 にっこり微笑むノーディスに、アリアは照れたように目を伏せて応じる。ノーディスの言葉は当たり前のものであり、彼が分をわきまえていることの証明だったが、アリア側から表立って公言すると不興を買う可能性がある。ノーディス側から冗談めかしているぐらいがちょうどいい。


(ユーク様は内気な方のようですけれど、ノーディスのお友達なら立場は保障されたも同然です。それに、これぐらい隙のある方のほうが、緊張感や警戒心を与えないでしょう。洗練された殿方ばかりでは、皆さん疲れてしまうかもしれませんし)


 ノーディスから話を聞いてやってきたというイクスヴェード大学の学生は、すでに何人もやってきている。アリアの狙い通り、理知的な貴公子達の登場にアリアの友人達は沸き立っていた。

 とはいえ、ノーディスと一緒にやってきたのはこのユーク・レサトただ一人だ。親友という言葉に偽りはないのだろう。その意味では、ノーディスの友人の中でアリアにとってもっとも価値のある人間はユークだと言えた。


「実はレサト君は、魔具開発の研究者を目指しているんだ。そこで、もしアリアさえよければなんだけど……今度領地の視察をするときに、彼も一緒にライラ嬢の研究所を見学させてほしい。どうかな?」

「それは……」


 アリアは少し迷った。そこを見学するためにはライラの許可が必要なのでは、と。


(……いいえ。レーヴァティ家の次期当主、ひいてはレーヴァティ領の次期領主はわたくしです。ライラ個人ではなく、組織そのものに申請すればいいだけのこと。次期領主からの視察を拒んでいい理由など彼らにはありません)


 アリアのことを真剣に考えてくれたノーディスが、今さらライラの名声にすり寄ろうとするはずがない。だから最初からその心配はしなかった。

 同様に、ノーディスが無意味にライラの名前を出すわけがない。つまり、彼の狙いは別にあるのだ。


(不干渉を貫く筋合いなどないということをわたくしに気づかせて、ライラが残していった痕跡に片をつけさせようというのでしょう? 言われるまでもなく、わたくしだって当然しようと思っていたことですわ。ですが……ありがとう、ノーディス。貴方はまたわたくしを奮い立たせようとしてくださるのね)


「もちろん構いませんことよ。領内をあますところなく案内してさしあげますわ。姉の商会と工房が、ユーク様に何かいい刺激を与えられるとよいのですが」

「あっ、ありがとうございます、アリア様!」


 ユークは大きく頭を下げる。ノーディスも安心したように目を細めた。だが、彼は視線をアリアの後ろに向けると、小さな苦笑を浮かべる。


「本当は、このままアリアと一緒にレーヴァティ領の方々への挨拶回りをしたかったんだけど……少し席を外したほうがよさそうだな」

「どうかなさったの?」


 ノーディスの視線を追い、アリアも振り返ってみる。小柄な人影が見えた。金髪の少女だ。彼女はまっすぐにアリア達のほうに向かっていた。


「どうやらアンジェ様がお忍びでここまで来たいと言ったらしい。目的はもちろん貴方だよ、アリア」

「今日は、二人きりをご所望の日でしょうか。そうなると、ノーディスは追い立てられてしまいますわね」

「仕方ない。心配しなくても、彼女に気づかれないよう王家の護衛が何人かいるはずだ。あっちの木陰に兄上がいるのも見えた。もちろんレーヴァティ家の敷地なんだから安全性に疑いの余地はないけど、なにせ身分が身分だからね。そこまでして貴方に会いたかったアンジェ様の気持ちを汲んだ結果だろう。……そういうわけで、おてんばな王女様の相手をお願いしてもいいかな?」

「もちろん。わたくしにお任せくださいな」


 後でまた会いに来ると告げて、ノーディスはユークを連れて素早く立ち去る。ほどなくして背後から声を掛けられ、アリアは大げさに驚いたふりをした。


「アンジェ様! いらしてくださったのですか?」

「当然でしょう? せっかくお友達がパーティーを開いてくださるんだもの」


 アリアは目を丸くして、すぐに口元を喜びにほころばせた。この嬉しさは本物だ。だって、最大の広告塔が、自分からやってきてくれたのだから!


「ガーデンパーティーって素敵ね」


 秘密の外出に目を輝かせるアンジェルカは、まるで宝物を見つけた人魚姫のようだ。目に映るすべてが珍しいのか、楽しそうに周囲を見回している。


「アンジェ様にお楽しみいただけたのなら光栄です」

「アリアのパーティーは居心地がいいわ。これまで招待されたどんなパーティーよりずっと楽しい!」

「お客様に楽しんでいただけるのなら、ホストとしてこれ以上の喜びはございませんわ」


 アンジェルカを空いている席に誘う。アリアは微笑みながらアンジェルカのために手ずから紅茶を注ぎ、使用人に素早く指示を出してアンジェルカの口に合いそうなお菓子を取り分けさせる。アンジェルカは礼を言い、自分のティーカップを満たす透き通った赤色をじっと見つめた。


「アリアは、わたくしのことをきちんと見てくださっているのね」

「アンジェ様?」

「一度、シャウラ家の晩餐会の席で同席しただけなのに。わたくしの好みを完璧に把握してくださってるんですもの」


 アンジェルカは花が咲いたように笑った。彼女の纏う空気がぱっと華やぎ、きらきらしたものが視えるような気さえしてくる。


(この方、天性のものをお持ちなのね。ただそこにいらっしゃるだけで、雰囲気をどうとでも転がせるだなんて)


 きっと彼女の言葉一つ、表情一つで何もかもが左右される。今回はアリアにとっても利があるほうに傾いたが、それもいつまで続けられるだろう。

 アリアも負けていられない。けれど下手に競い合うより、お互い協力して高め合っていったほうがいいこともある。敵に回してはいけない相手なのだからなおさらだ。


「アンジェ様にぜひ召し上がっていただきたいと思った物を用意しただけですわ。お眼鏡に適ったのであれば、わたくし達はきっと両想いですわね」


 茶目っ気たっぷりに、アリアは頭を少し傾ける。アンジェルカは嬉しそうにケーキを口に運んだ。


「アリア以外のご令嬢は、皆さんお兄様かウィドにしか興味がないの。お兄様はそのままわたくしから話し相手を奪ってしまうのよ。けれどウィドはご令嬢の相手をするのを嫌がるから、わたくしがいつもウィドと一緒にいるの。わたくしがいるせいで、結局皆さん諦めてしまうのよ」

「そうでしょうか。皆様も本当は王太子殿下でもウィドレット様でもなく、アンジェ様とお話してみたいのかもしれませんわよ。恐れ多くてできないだけで」

「そうだったらいいのだけど」


 それでもアンジェルカは不安そうだ。アンジェルカとコネを作りたくない令嬢などいるのだろうか。美しい王女の友人になれる栄誉は何物にも代えがたい喜びなのに。

 疑問に思っていると、アンジェルカは恥ずかしそうに口を開いた。


「でもね、遠巻きにされるのも悪くないと思うわたくしがいるの。わたくしがあまり他の人に近づきすぎると、その人にわたくしを取られてしまわないか、きっとウィドは心配するんだもの。わたくしが手の届かない場所に行くのが寂しいのよ。……そうやって不安がるあの人が見たいなんて、おかしいでしょう? わたくしはどこにも行かないと教えているうちに、わたくしのほうがウィドなしでは生きられなくなってしまったのかしら?」


 アンジェルカは恋する乙女のように陶然とした面持ちで、倒錯的な喜びを口にする。深い海を思わせる眼差しは、アリアのことなど波間にたゆたう小舟よりたやすく飲み込んでしまいそうだった。


「それなのにアンジェ様は、わたくしのことはお傍に置いてくださるのですか?」

「だって、ウィドと二人きりの世界でいるのはよくないことだって、本当はわかってるもの。信頼できるお友達が他にいないとね。……ノーディス君と婚約してるアリアなら、絶対にウィド目当てではないし、ウィドも安心してくれるから、わたくしも気兼ねなく仲良くできるのよ」


 微笑と共にアンジェルカは紅茶を口に運ぶ。完璧を自負するアリアですら目を奪われそうな優雅な所作だったが、頭の中の警鐘が鳴りやまない。


「それに……わたくしの肩書しか見ていないような方々とは、表面上のお付き合いだけならともかく深い交友関係を築くのは難しいと思っているの。もちろんわたくしの身分については今さら論じることもないほど当然のものだし、そういう風に扱われることが悪いだとか嫌だとかは言わないけれど。それはそれとして、たまにはごくごく普通の女の子みたいになりたいときもある、というだけのことよ」


 アリアだってアンジェルカの肩書を重視している。婚約者の未来の義姉で、一国の王女。その身分を利用したい人間の一人だ。そう見えないなら、それはアリアの猫かぶりがうまいからに他ならない。


 アンジェルカとは違って、アリアには友人が多い。彼女達は、利害関係で選んだアリアの取り巻きだ。アリアに取り入りたい、アリアより家格が低い家の少女達。アリアを支える幻想を強化するために、アリアは彼女達を受け入れた。上ばかり見て足元をおろそかにするのはただの馬鹿だ。下の者達を率いていなければ、滑稽な自称女王は誰からも相手にされない。


「貴方もそうでしょう、アリア。背負っているものをいったん置いておいて、普通の女の子になりたいときの相手に、わたくしはとてもぴったりだと思うのだけど」


 ────けれどアンジェルカは、きっとアリアの虚飾を見越したうえで言っている。


(アンジェ様の目……まるですべてを溶かしてひとつにしてしまうかのようですわね。その瞳に魅入られてしまったら、あとは深い海の底まで沈んでいってしまうような……)


 アリアは諦めたように笑う。警鐘はまだ聞こえていたが、アンジェルカの眼差しに彼女なりの慈愛を感じてしまったからだ。

 アンジェルカの根底にあるのは、何もかもを受け止めて、相手の苦痛に寄り添おうとする優しさに違いない。一歩間違えればそれは、どこまでも一緒に堕ちていってくれるような破滅の愛に通じるだろう。


「わたくし達、案外似ているのかもしれませんわね」

「そうでしょう? ……さて、いつまでもアリアを独占するのも悪いし、わたくしもそろそろ行かないと。いただいたお紅茶もお菓子もとても美味しかったわ。ごちそうさま。ルーベリー狩りも楽しみにしているわね」


 アンジェルカは猫のように軽やかに席を立った。

 もっと早く、あの底の知れない王女の本性を見抜きたかったのに。悔しくて仕方がないが、悪い気はしなかった。

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