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貴族でなくなっても生きていけるタイプ

 ……と、意気込んだのはいいものの。


(先立つものがないと、どうにもならないよなぁ……)


 愛竜を撫でながらノーディスはため息をつく。兄と同じ色の目をした白銀のワイバーンはぐるると鳴いた。



 イクスヴェード大学寮の敷地内には竜舎がある。学生がそれぞれ有しているワイバーン達のためのものだ。このワイバーン達が飛竜車を引いたり、あるいは命知らずなあるじを直接背に乗せて空を翔けたりする。

 ノーディスが飼っているワイバーンも、そこを住まいとしていた。王都からルクバト領まで、あっという間の帰還を実行してくれたのは飛竜車のおかげだ。


 ノーディスのワイバーンが、竜舎にいる他のワイバーンと違う点は二つ。

 一つは、多くの学生は親が所有しているワイバーンを借りていたり、あるいは家の金で自分専用として買い与えられたりしている一方で、ノーディスのワイバーンは、彼が自分の力で手に入れたこと。

 一つは、専門の牧場で生まれ育った、家畜化のために品種改良されたワイバーンを専門の調教師テイマーが訓練して初めて家庭用ワイバーンとして飼えるものだが、ノーディスのワイバーンはそのような訓練を受けていないこと。何故ならば、ノーディス自身が手懐けたからだ。責任を持って、一から。


 まだ十歳で寄宿学校に通っていた頃、講義で使う特別な魔法薬の素材を探して山登りをしていた時、兄と同じ緑の瞳の幼い飛竜を見つけたのがすべての始まりだった。

 周囲に親竜の姿はないし、世話をされている様子もないほど巣は荒れている。巣には幼竜の他に、小さな卵がひとつきり。弟妹なのか、それとも同胞の気配に引き寄せられただけなのかわからないが、巣の中の幼竜にとって卵は特別なものらしい。

 卵を守るようにして低い声で唸るその幼い竜は、ノーディスの心をたやすく掴んだ。頼れるおとなもいないのに、たったひとりで自分より小さなものをいつくしむこどもの姿に、誰を重ね合わせたかなんて明らかだ。


 ────だから、卵ごと幼竜を寮に連れ帰ることにした。


 緑の瞳のワイバーンにアンティと名付けたノーディスは、ひそかにこの飛竜の調教を始めた。

 発覚した時は教師にこっぴどく叱られたものだが、それでもノーディスはめげなかった。周囲を説得してむしろ飼育に協力させ、アンティのために餌を与え、寝床を作り、しつけをした。

 卵から孵ったワイバーンが赤色の目をしていたので、これは運命! と確信した。生まれたばかりのそのワイバーンは刷り込みによってノーディスを親と認識したので、アンティより訓練はスムーズだった。赤ちゃん竜はターレスと名付けられ、すくすくと育った。


 たとえワイバーン二頭のブレスを食らおうが、頭やら四肢やらを全力でかじられようが、眼帯によって魔力制御不全を克服している状況なら何も怖くなかった。防御魔法も回復魔法もお手の物だからだ。

 ちなみに、普通の人間にはワイバーンの攻撃など命に関わるものだからこそ本職のテイマーがいる。品種改良してもなお未調教のワイバーンは危険なのだ。ただ人間の発展がワイバーンを御するすべを見つけたというだけで、その原種が恐ろしい怪物に他ならないことに変わりはない。

 

 一年かけて、本職のテイマーもびっくりの練度で家畜化に成功した二頭のワイバーンは、どこに出しても恥ずかしくない立派な乗用飛竜になった。わざわざキャリッジを繋がなくても、背中に直接乗せてくれるほどの親しみっぷりだ。

 そこでアンティを自分の愛竜として手元に留め、ターレスをウィドレットの十三歳の誕生日のお祝いにと彼に贈り、今に至る。

 ノーディスがどうやって自分のワイバーンを手に入れたかを語るとき、正気を疑われなかったことは一度もない。与太話だと一笑に付されることはよくある。それぐらい家畜のワイバーンと原種のワイバーンの隔たりは大きかった。


 シャウラ家ほどの名門であれば、兄弟二人にそれぞれ専有の飛竜車を都合するべきだし、いくら息子に興味がないといえどもそれについて進言されれば見栄っ張りな当主は応じただろう。有象無象に笑われて恥をかき、愛妻と過ごす悠々自適な生活を邪魔されるのが嫌だからだ。


 ろくに仕事もしないからこそ、自分のやることにあれこれと口出しされることをシャウラ公爵は特に嫌っていた。

 どうやらウィドレットが生まれる前に、愛人ばかりを優先して夫人をないがしろにしていることについて兄王おじと一悶着あったらしく、「最愛との生活のためには果たさなければいけない義務がある」、そこから転じて「最低限の義務さえ果たしていれば何も問題は起きない」と理解しているからのようだ。

 もっとも、その退廃的な暮らしのツケはいずれ必ず支払うことになるだろうし、そうなるように父公爵から実権を封じてそれとなく堕落の道へと誘導しているのはウィドレットなのだが。もちろん父を、そして母を助ける気などノーディスにはない。応援するなら断然ウィドレットだ。


 ウィドレットもノーディスも、大嫌いな親の金になど頼りたくなかった。浪費家の現夫人のせいで家計に危機感を抱いているのだからなおさらだ。

 品位を保つという名目で贅沢が許されていようとも、好きに使える金がなければ自然と慎ましやかになる。格式高い牧場から乗用ワイバーンを購入するなど夢のまた夢だった。


 しかしノーディスが自分達兄弟のためのワイバーンを調教したため、二人は有用な移動手段を確保できた。シャウラ家のメンツも守られたので、公爵夫妻だって何も気づいていない。執事か誰かが二頭のワイバーンを手配したものだと思っていると知ったとき、ノーディスは思わず吹き出してしまった。


 子供は放っておいても勝手に大きくなるし、使用人や家庭教師がいいようにしてくれると思っているのだろう。特に父親は。

 美貌と体型の維持に執心している母親は、子供なんて自分の引き立て役ぐらいにしか思っていない。子供が優秀なのは自分の手柄だ。子供を使ってさらなる栄華が手に入るならそれを追い求めるが、そんな夢を見たせいで自分の立場が危ぶまれるならすぐ地に足をつけられる程度の判断の早さは備わっている。


 最初から子供を愛していないどころか妻を奪う敵だとみなしているきらいすらある父親と、育児の上澄みだけすくって母性を誇る母親。

 果たしてどちらがマシなのか、ノーディスにはよくわからない。


 金銭面で一切実家を頼りたくないので、ノーディスは自活を心がけている。自分の力で手に入れたのはワイバーンだけではなく、生活費もその筆頭だ。


 最優秀学生として学費の免除と奨学金は当たり前。教授の小間使いをして勉強ついでに小銭を稼ぎ、魔法関係のコンクールに入賞して賞金を得て。一番実入りがいいのは、魔法学会に論文が認められたときの報酬金だ。

 周囲には社会勉強と説明して身分を隠し、自由契約の文筆家として出版社に出入りしてコラムやら何やらを寄稿したり外国の本を翻訳したりもしている。他の学生、あるいはその弟妹の家庭教師をつとめることで得られる収入も馬鹿にならない。


 おかげで生活には困っていないし、貯蓄もそれなりにある。これまでアリアに贈ったプレゼントだって貯金から捻出した。

 ただし、蓄えた金は無尽蔵のものではない。裕福な大貴族のご令嬢を満足させられるような品をデートのたびに用意していたら、結婚する前に破産するのは目に見えていた。


(愛情は金額じゃ量れないってことで、これからはなるべく金のかからないような贈り物を……いい景色とか美味しい食べ物とか、“経験”の提供なら安価で済むだろうし……。アリアの境遇からして、金をかけるだけかけて心は伴っていないってほうが嫌がるだろう。……でも、あまりに金をかけなさすぎるっていうのも不信感を持たせるし、他人の目もあるから……)


 とめどない思考がぐるぐると回る。万が一にも、「自分は蔑ろにされているのでは?」とアリアに思わせてはいけない。これまでさんざん家族に蔑ろにされてきた少女なのだからなおさらだ。

 そこで手を抜いてしまえば、せっかくノーディスに開かれた心が閉ざされかねない。そうなれば婿入り計画がご破算になることも考えられる。それはなんとしてでも避けなければ。


 アンティは喉を鳴らしてノーディスに噛みついてくる。甘噛みなので痛くはない。難しい顔で考え込むあるじを和ませようとじゃれているだけだ。可愛い。


(年明けには卒業できる。就職は問題ないとして、次期レーヴァティ公爵の婿ならある程度の実績は必要だ。結婚できるのは、仕事が軌道に乗ってから。春か、遅くても夏には式を挙げたい。つまり、それまでなんとかやりくりしていかないといけない)


 アンティに構ってやりながら、ノーディスはまたため息をついた。

 金策と並行して、現レーヴァティ公爵夫妻を失脚させるための材料を集めなければいけない。もちろん、アリアのご機嫌取りもだ。やることが多い。


(まあ、それでもやるけどね。私ならできるんだから)


「あっ、シャ、シャウラ君……! 帰ってきてたのか……!」

「お久しぶりですね、レサト君」


 声をかけられ、瞬時に態度を切り替える。

 相手はユーク・レサト、レサト伯爵家の次男でノーディスの学友だ。

 専攻は魔素工学で、魔具開発の研究者を目指しているとか。あまり人好きのしない学生だが、最優秀学生同士だからかノーディスとは話す機会も多かった。同じ魔法学部の学生の中だと、彼と一番親しいのは自分かもしれない。


「王都、どうだった? 楽しかったか?」

「ええ。お土産を買ってきたので、後でお渡ししますね。探していたでしょう、『エンセルフィッガー方程式による永久機関の証明について』。ルクバト中の古書店を探しても見つからなかったのに、ふらりと入った古書店にあって驚きました。さすが王都は多くの人がいるだけのことはありますね」

「あの本を見つけたのか!? もう諦めていたのに……ありがとう、シャウラ君。今度ぜひお礼をさせてくれ」


 ユークは嬉しそうにはにかむ。そんな彼を見て、ふと思いついたことがあった。


「そういえば……実は私、婚約しまして。レーヴァティ公爵家のご息女となんですが」

「そ、そうなのか!? レーヴァティ公爵家……確か最近、画期的な魔具をたくさん開発してる令嬢がいるって……」

「ああ、それはきっと姉君ですね。私の婚約者は妹君なんです」

「へぇ……お、おめでとう……」

「そこで、もしレサト君がよければなのですが……今度、レーヴァティ家の魔具の研究所を一緒に見学しに行きませんか?」


 ユークは一も二もなく頷いた。最先端の魔具開発の現場には興味があるのだろう。


 ノーディスは、釣った魚への餌やりは欠かさない。

 釣った魚に与える餌がないというなら、餌になるものを自分で捕まえてから餌を作る主義だ。

 

* * *

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― 新着の感想 ―
[良い点] 興味深く読んでます。 [気になる点] 『【最優秀学生として学費の免除と奨学金は当たり前。教授の小間使いをして勉強ついでに小銭を稼ぎ】、魔法関係のコンクールに入賞して賞金を得て。一番実入りが…
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