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出禁≠追放

 公爵ちちという男と、公爵夫人ははという女は、公爵令嬢あねという少女をまだ責めている。

 アリアが可哀想だとか、アリアの気持ちを考えろとか。けれど、今さらアリアの味方面をされたって、アリアの心には響かなかった。


(わたくしが可哀想? 本当にそうだとおっしゃるのなら、それはライラ一人のせいではございませんわ。ここにいる方達の中で、誰か一人でもわたくしのことを本気で考えてくださる方がいらっしゃって?)


 アリアは周囲を見渡した。ヨランダと目が合う。ヨランダは涙を拭っていびつに微笑み、すぐに目をそらした。


(どれだけ懐かれようと、使用人は使用人。弱さを悟られていい相手ではありません。彼女達は内情を知りすぎるからこそ、彼女達に弱味を握られてはいけないのです。……こうして頑なになるのがわたくしの悪いところだったのかしら。けれど、今さら改める気にはなれませんわね)


 アリア派の使用人がアリアに従うのは、アリアが女主人の威厳を示したからだ。それでいいと、アリア自身が定義した。

 だからアリアは、彼女達の前では気丈に振る舞う。「健気なアリアお嬢様に忠実な自分達」に酔う彼女達のために。 


 刷り込まれた価値観は、そうやすやすと塗り替えられなかった。

 自分より立場が下の者に憐れまれるなど、絶対にあってはならない。

 威厳を失ったアリアの側にいても、もう快感は味わえないだろう。だから、口ではどれだけ擁護しようと、いざアリアに頼られればたちまち離れていくのだ。立場の弱い自分ではアリアを支えることなどできないから、と。


「だからっ、ウィドレットは悪魔みたいな男で……いつ内乱を起こすかわからなくってぇ……そんな家と親戚だったら、困るのはうちでしょ? それで、」

「まったく。一体誰がお前にそんな嘘を吹き込んだんだ。お前と懇意にしている商人達か? これまでお前にはやりたいことを好きなようにやらせてきたが、目こぼしにも限度があるぞ。お前もいい加減、うまい付き合い方を学びなさい。その妙なことを吹聴するような輩こそ逆賊だ。悪い縁は切ったほうがいい。どこの誰だか言ってみなさい」

「そういうのじゃないから!」


 混乱した様子のライラはずっと泣きじゃくっている。ここまで両親に問い詰められると思っていなかったのだろう。

 思えば、ここまで取り乱すライラを見たのは十年前のあの時以来かもしれない。それでも憐憫の情などは湧かなかった。


「と、とにかく。このままではいけません。ライラ、静かなところに別荘を用意してあげるから、これからはそちらで暮らすといいわ。屋敷は違うとはいえ、同じ敷地内にアリアがいると貴方も過ごしづらいでしょう? ノーディス様も定期的にいらっしゃるでしょうし」


 夫と娘の間に割って入り、公爵夫人がそうとりなす。先ほどまでは彼女も憤りをあらわにしていたが、それより夫の剣幕から娘を守ることのほうが重要だと判断したらしい。


「え……」

「ちょうど領地の西のほうに、しばらく使っていない屋敷があるわ。少し手狭かもしれないけれど、自然がたくさんあっていいところよ」

「ま、待ってよ。領都から追い出す気? 商会の仕事はどうすればいいの?」

「仕方ないわね。飛竜車を自由に使っていいわ。それならほら、好きな時に遊びに行けるでしょう? でも、アリアにお呼ばれしていないときに本邸に行っては駄目よ?」

「わたしの実家でもあるのに!?」


 とても素晴らしい思いつきだと言いたげな公爵夫人に、ライラは絶望を浮かべた。


 何をそんなに嫌がることがあるというのだろうか。家を出たがっていたのは彼女のほうなのに。その予行演習とでも思えばいい。むしろのびのび暮らせていいのではないのだろうか。全然罰になっていない。


「どうして拒むのかしら。お互いのためになる、いい提案だと思いますけれど。お母様だって悪気はございませんのよ?」


 どうせなら、このままレーヴァティ家との縁を切られればよかったのに。出入り禁止だけで済むなんて甘すぎるくらいだ。もちろん、アリアは来訪の許可なんて出すつもりはない。


(まさか自立したいというのは口だけで、本当は親の庇護下で安穏と暮らしたいだなんて中途半端なことはおっしゃいませんわよね?)


 アリアはじっとライラを見つめた。笑顔の仮面を被り直し、優しく声をかける。


「それに、ロザのしたことも。貴方のためにやったのでしょう? 手段はどうあれ、貴方への善意ですもの。素直に受け取ったらいかが? 貴方に対しては悪気がなかったんですもの」

「……ッ」


 ライラは悔しそうに歯噛みする。反論でも考えているのだろうか。


「ライラお嬢様……」


 寄る辺を失ったロザと女中頭はすっかりおとなしい。それでもロザは、怯えたようにライラを見ていた。ライラが自分を助けてくれるかもしれないという希望をまだ捨てきれていないようだ。


「お父様。この二人の罪状は、窃盗だけではございませんわよね?」

「……そうだな。アリアへの脅迫と殺害未遂についても詳しく調べてもらわなければ」

「他の使用人も何かに関与しているかもしれません。これを機に、徹底的に調べていただきましょう。場合によっては、このタウンハウスの使用人を整理する必要があるかもしれませんわ」

「なっ……」

「あら、ロザ。何を驚いていらっしゃるの? 当然の報いでしょう? ライラでは庇いきれないものもあると、わたくしは伝えたはずですけれど」


(窃盗だけなら鞭打ちと短い禁固刑程度で済んだでしょうに。嫌がらせが度を越して、わたくしのことなどいつでも殺せるという脅迫行為に発展したのはいただけませんわね。貴族の娘に殺害予告を出したのも同然なのに、どうして許されると思ったのかしら。ライラの後ろ盾も万能ではなくってよ)


「そういえば、ライラは面白いことを教えてくださいましたわね。いじめの加害者は、自分が犯した罪の重さを自覚しないせいで無実を主張し続けるのでしたっけ? けれど被害者は全部覚えているのでしょう? ねえ、ライラ?」


 ライラは何も答えなかった。怒りに燃えた目がアリアを射抜いている。それでもアリアは優雅な笑みを崩さない。二人の冷戦を崩したのは公爵夫人だった。


「ダルク、警察を呼んできなさい。ヨランダは……そうね、今日の夕食は抜きにしましょう。それから、明日は地下室の掃除を一人でやりなさい。それで手打ちとしましょう。以後、この件について口外は禁止します」


 公爵夫人が手を叩く。「貴方もそれでいいわよね、アリア」下手したてに出ているように見せかけて、最初から肯定以外の言葉を許さない問いかけだ。だからアリアは頷いた。


「お母様。ヨランダは、領地に連れていってこのままわたくし付きにしてもいいでしょうか? ここまでの忠義を示してくれるなんて、感動してしまいましたもの」

「ええ、貴方の好きなようになさい」


 アリアは退室のために一礼した。口元に笑みを浮かべたまま、両親と呼んでいた男女を凍てついた目で見る。


「これからはお父様もお母様も、わたくしの話を真剣に聞いていただきたいですわ。今回はおおごとになる前に解決できましたけれど、次もそうだとは限りませんもの」


 今回の件でよくわかった。見栄と利害さえ絡めば、アリアであっても彼らの心を動かすことができる。ライラの声も覆せる。


 けれど、これではまだ足りない。こんなものでは済ませない。


 公爵も公爵夫人も、そしてもう一人の公爵令嬢も。

 もう、自分の人生には必要ない。


 だから────次は、もっと徹底的に潰す。

次話からノーディス視点の話が二話続きます

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