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目指せ、前世知識で大無双! の裏側で

 身勝手なライラを更生させることなど、大人達はとうに諦めていた。けれど叩き出して絶縁を言い渡せない程度にはライラは子供だったし、何より大人達から愛されていた。


 だからすべてのしわ寄せが、アリアに集中した。


「アリア。レーヴァティ家を背負う者として、貴方は誰にも恥じない淑女にならなければなりません」


 今までの接し方が甘かったのだとばかりに、両親はアリアを厳しくしつけた。

 勉学に励む時間、礼儀作法を身につける時間、令嬢としての教養を育む時間、そして奉仕活動を行う時間。一日の予定のすべてが細かく決められた。その中に、自由時間は入っていなかった。


 やることなすこと、すべてに実用性が求められた。おやつの時間はあくまでもマナーと社交術を学ぶための時間であって、間違っても息抜きの時間ではない。

 悪い影響を与えられないように、交友関係も厳選された。友達も同然のように遊んでいた使用人とも遊ぶことはなくなり、雇用主の娘と被雇用者達という事務的な関係だけが残った。けれどライラのいる屋敷からは、楽しそうな笑い声が聞こえた。


「アリア。お前には期待しているぞ。レーヴァティ家はもうお前だけが頼りだ。お前は決してライラのようにはなるなよ」


 両親はアリアを激励した。ライラのように恥をかかせるな、と口を酸っぱくして言う彼らは、けれどアリアにライラの代用品になることを望んだ。

 だってそうでなければ、客人にアリアを紹介するときに「この子は長女のライラです。次女のアリアは体調を崩して寝込んでいて」なんて言うはずがない。


 もちろんアリアとして人前に出ることもあったが、ライラのふりをさせられることも多かった。

 長女が引きこもりだと、外聞が悪いのだろう。だからレーヴァティ家の双子は、いつもどちらかが必ず体調を崩している。“そういうこと”になった。どうせ、誰もアリアとライラを見分けられない。


「アリアお嬢様は、こんな簡単なこともおできにならないのですか。ライラお嬢様なら、この程度の問題はあっという間に解いてしまいますよ」


 ある一人の家庭教師は、ことあるごとにそう愚痴をこぼした。

 その優秀なライラがすべてを投げだしたから、こんなことになったのに。二人分の負荷を背負ったアリアは、その重荷をどこかに捨てることができなかった。


 自国の地理や歴史を深く学び、周辺諸国の言語をマスターし、巧みにピアノやバイオリンを演奏してみせても、件の家庭教師はアリアの勤勉さを認めなかった。

 甘やかしてつけあがらせてはいけないという意識があったのかもしれないし、両親からそう言い含められていたのかもしれない。もしくは、彼女の中に「誰より優れたライラお嬢様」という唯一絶対の解答があって、そのせいで最初からアリアのことなど目に入っていなかったのだろう。


 離れに引きこもってからも、ライラは勉強だけはしているらしい。どうやらライラがそう望んだからのようだった。

 彼女が興味を示すのは、数学や魔導学、そして経済学といったもののだそうだ。貴族令嬢には不要かつ専門的なその学問を教えるために、多くの家庭教師がやってきた。


 両親も教師や学問と双子の相性を察したのか、アリアとライラの教師はそれぞれ別の人間が務めるようになった。例の家庭教師は、喜び勇んでライラだけを見るようになった。

 ライラ専属の家庭教師達は、淑女教育に励むアリアとその家庭教師を見るたび鼻で笑っていた。多分、自分達のほうが高尚な学問に従事しているという自負があったのだろう。

 アリア専属の家庭教師達は、両親の期待通りにアリアを一分の隙もない淑女に仕立て上げようとした。そのためなら、自分達は何をやってもいいと思っていた。けれどアリアはそれを受け入れ、従順にレッスンに臨み続けた。


 家庭教師達の給金は家の金だ。ライラのために教師やメイドをつけるのは、両親がまだ一縷の希望をライラに見出している証明のように思えた。

 厳しく育てられているのはアリアだけで、ライラは自分の部屋で好きなことを好きなようにやっているのに。それでもライラは、何もしなくても愛されている。

 アリアだけここまで抑圧されるのは、アリアが出来損ないだからなのだろうか。初めに問題を起こしたのは、ライラのほうなのに。


「アリアお嬢様は傲慢で、冷たい子だ。あの年でああも驕り高ぶっているなんて、先が思いやられるよ。その点ライラお嬢様は素晴らしい。優しくて、思いやりがあって」


 ライラの暮らす離れへの出入りを許されていた使用人達は、その日離れであったことを楽しそうに話していた。ライラにプレゼントをもらったとか、アドバイスのおかげで問題が解決したとか、おやつを一緒に食べたとか。

 アリアはいつも引き合いに出されてこき下ろされた。陰口を叩かれると両親に訴えても、「貴族の娘を相手にそんなことをする無礼者が我が家にいるはずがない」と取り合ってもらえなかった。


 アリアは何もしていないが、ライラ派の使用人達にとっては何もしていないことがよくないらしい。

 それなら自分もライラのように、かつてと変わらず無邪気に馴れ馴れしく振る舞えばいいのだろうか。「互いのためにも、身分が違う者同士は自分達の立場を区別していなければならない。それは、上の立場が率先してわきまえるべきものだ」と両親に叱られるのは自分なのに。


「あんた、顔はライラお嬢様によく似てるけど、中身は全然違うな。ライラお嬢様と違って、あんたはいつも空っぽだ。その笑顔も、嘘くさくて反吐が出る」


 ライラにはお気に入りの従者が一人いた。ライラが王都で拾った孤児の少年はぴかぴかの服を着て、小姓としてライラに仕えていた。


 ダルク・ミネラウバという名の彼のことを、アリアはとても苦手に思っていた。顔を合わせるたびに、傍若無人な言葉をぶつけられるからだ。けれど人前で負の感情をあらわにするのは淑女らしくないから、アリアはいつも笑顔でやり過ごしていた。


 あの無礼な使用人をクビにしてくれと両親に泣きつくのは簡単だが、どうせ信じてもらえない。もしも両親が本気にしてくれたとしても、そんなことをすればライラ派の使用人から一気に反感を買うだろう。

 わざわざ使用人に嫌われて生活が滞りかねないことを思えば、いちいち相手をするほうが面倒だった。アリアのせいで「あの家は使用人を不当に解雇した」なんて噂が流れれば、レーヴァティ家の名誉にもかかわることを思えばなおさらだ。


 屋敷の使用人達に生まれたひそやかな派閥は、年々対立を深めていった。

 当主夫妻に従順な中立派、アリアにひたむきに仕える忠実なアリア派、そしてライラを信奉する自由なライラ派。アリア付きの使用人が実はライラ派であるということは珍しくはなかったが、その逆はなかった。

 ふとしたきっかけで、ライラはいともたやすくアリアから使用人を奪う。対象は、奉公に上がったばかりでまだ仕事に慣れていない若いメイドだ。彼女達にとっては、階級を意識せずに接することができる庶民的なライラお嬢様のほうが気楽らしい。


「お可哀想なアリアお嬢様。アリアお嬢様の努力を、わたくし達は見ております。わたくし達はアリアお嬢様の味方です」


 アリア派の使用人達は、常々そう言ってアリアを慰めた。そんな彼女達の身の回りにライラからのプレゼントがないか、さりげなく目を光らせるのがアリアの日課だ。

 まだ双子の姉妹仲が良好だったころ、優しい言葉をかけてくれていた使用人達はみなライラに鞍替えした。口だけの忠誠など、信じるに値しない。


 アリアは自分の使用人のことを信じていなかったが、自分の使用人がアリアを信じるよう仕向けることはした。

 もっとも、馴れ馴れしく振る舞うのはライラの模倣のようで嫌だったのでやっていない。叱咤と称賛を適切に使い分けただけだ。尊敬に値する主人として、アリアは彼女達に君臨した。


 未来の女主人として、自分の使用人を統率するのは当然だ。ライラ派という不確定要素はあれど、次期女公としてのスキルを磨き続けるいい機会だと受け止めた。


 いつしかアリアは誰にも弱音を吐かなくなった。誰のことも信用できないからだ。

 何を言っても無駄だと知ってしまった。アリアにとって、自分のことを救えるのは自分だけだ。


 だからアリアは他人のことを、自分を引き立てる端役として割り切ることにした。

 自分から先に利用してやればいいのだ。馬鹿な奴らを手のひらの上で転がして、思い通りに操ってしまえばいい。


 そして、アリアは理想の自分を築き上げた。


 それはある人から見れば、非の打ち所のない完璧な令嬢だった。可憐でつつましやかで、慈愛に溢れていて。愛されることによって己の価値を証明する、甘くて柔らかいお姫様だ。


 それはある人から見れば、世界が自分を中心にしていると思い込む高慢な少女だった。自分の美貌を鼻にかけて、他人がなんでも言うことを聞いてくれると信じている甘ったれだ。


 アリアへの感情の好悪で、アリアへの印象はどちらにでも傾く。

 けれどそうやって自分を造れば造るほど、本当の自分と向き合ってくれる人もいなくなっていくことに、アリアはちっとも気づかなかった。

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