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晩餐会が終わって

「ねえ、シャウラ家の食事会に行ってきたんでしょ? どうだった?」

「気になるなら、自分で行けばいいでしょう」

「絶対やだ」


 ひょっこり顔を見せたライラを、アリアは冷たい目で一瞥する。目の前のがさつな女が、自分と同じ顔をしているという事実に腹が立って仕方ない。

 しかしライラは意にも介さず、両親にぞんざいな出迎えの挨拶をする。そんな彼女の背後にいるのはダルクとロザだ。ライラが顔を見せただけでも満足らしく、両親は小言を言うこともなくにこやかに声をかけて部屋に向かった。


「シャウラ家の方々には歓迎していただきましたよ。アンジェ様とも友誼を結ばせていただきましたし」

「あっ、アンジェもいたんだ。どうしてるか気になってたんだよね。アンジェ、今どんな感じ?」

「何故貴方がそう気安くアンジェ様についてお話しになるのです? 恐れ多いとは思わないのかしら」


 アリアが諫めても、ライラはぺろっと舌を出すだけでどこ吹く風だ。面識などないはずなのに、どうしてこうも馴れ馴れしいのだろう。


(この様子だと……ライラが前に言っていた、ノーディスが本当に婚約したがっていた“アンジェ”というのはアンジェ様のことなのかしら)


 ますますわけがわからない。十年前のあの日以来、レーヴァティ家とシャウラ家は没交渉だった。シャウラ家の込み入った事情など、ライラが知り得るはずがないのに。


「……アンジェ様はご壮健であらせられます。ウィドレット様ともたいそう仲睦まじいご様子で」

「うそだぁ。アンジェとウィドレットが仲いいわけないじゃん」

「ですから、貴方が一体何を知っているというのですか。貴方はお二人のなんなのです?」

「でも、本当に仲が良くなってるなら結果オーライかな。なりゆきとはいえわたしがダルクを取っちゃったから心配だったし」


 ライラはにやにやと笑いながらダルクを見やる。アリアの言葉に答える気はないらしい。とうのダルクは、王女のことになど無関心のようだったが。

 彼が気にしているのは、アリアがライラの機嫌を損ねさせないか、その一点だけだろう。そうでなければ、こんな風にアリアを強く睨みつけていない。


(そもそも、どうしてただの孤児のことがアンジェ様にかかわるというのかしら。アンジェ様との接点などないでしょうに)


「だけど、それだとノーディスが……」


 ライラは神妙そうな顔で黙りこくる。「人の婚約者を馴れ馴れしく呼ばないでいただけます?」指摘は何度目になるかもわからない。いつライラに届くのだろう。いや、根気強くやっていれば、きっといつかは────


(どうして! どうしてわたくしがここまでライラに配慮しないといけないのですか!)


 脳内で思い切り叫ぶ。これが自室なら、ハンカチを思いっきり噛みしめていたところだ。ライラの身勝手さには付き合っていられない。


(落ち着きなさい、アリア。ここで感情を噴出させてライラに当たれば、ライラと同等のところまで堕ちてしまいます。それでは淑女らしくありません)


 自分の心を自分で殺す、いつもの言葉を無意識に吐き出す。もうそのことに違和感は抱かない。抱けない。


「アリア、ノーディスにつらく当たられたりしてない? どうせアンジェの代わりなんだからって雑に扱われたら、すぐに言うんだよ?」

「めっそうもございません。とてもよくしていただいておりますけれど? ノーディスのことを何も知らないくせに、憶測で彼を貶めるのはやめていただけませんか?」


 その呼び方は、アリアにだけ許された呼称だ。それを強調するように、ノーディスの名前をはっきりと告げる。

 こうもライラに連呼されていては、せっかく演出した特別感が薄れてしまう。それではなんの意味もない。


 あるいは、まさかライラもそれを許されているのだろうか。黒い感情がじわりと侵食してくる。


(わたくし達はとてもよく似ています。わたくしへの感情が、同じ顔をしたライラに向けられてしまう可能性は否定できません。……わたくしを愛するように、ライラのことを……)


 ノーディスの愛については、今さら疑う余地はない。彼は間違いなくアリアに夢中だ。そうなるようにアリアが仕向けたのだから当然だろう。


 だが、だからこそ。アリアを愛するのと同じように、ライラにも好意を抱くことは十分考えられる。よく似た双子の間に、美醜によるアドバンテージはない。ノーディスがアリアの見た目に惹かれたのなら、当然ライラの顔も好みということになるだろう。性格はまったく違うが、むしろそれこそがいい刺激になりかねない。


(わたくしに飽きればライラに、ライラに飽きればわたくしに? そのようなこと、絶対に許しませんわ。ノーディスには、わたくしだけを見ていていただかないと)


 ノーディスには、常にアリアを好きでいてもらう。そのための努力は惜しまない。だってそうでなければ、きっとこれからもふとした瞬間に不安になってしまうはずだ。


「ライラ、そうわたくしのことを心配していただかなくても結構ですわよ。貴方が危惧するようなことは一切ございませんもの。……それとも、まさかわたくしに嫉妬してらっしゃったのかしら。もしそうでしたらごめんあそばせ。貴方が聞きたがるような、不幸な報告ができなくて」

「なっ……」


 たとえどれだけ自信があっても、好意にあぐらをかいて慢心はしない。何故ならアリアは、釣った魚には存分に餌を与えて肥え太らせる主義なのだから。


* * *


 去っていくアリアの背中を目で追う。もうライラの言葉は届かない。


「あちゃー……。アリアったら、すっかり舞い上がっちゃって。恋は盲目ってこと?」


 妹の精一杯の嫌味つよがりなど、ライラには痛くもかゆくもなかった。こちとら前世も含めれば、アリアの倍以上の時を生きているのだから。粋がる少女の捨て台詞も可愛いものだ。


「いっそ真実を教えてあげたいんだけど、どうせ信じないだろうしなぁ。……でもあの調子だと、失恋した時のダメージが大きそう」


 やれやれとため息をつく。まったく手のかかる妹だ。

 彼女は赤い宝石のイヤリングを身に着けていたが、それもきっとノーディスに夢中だからだろう。美しい赤の宝石はノーディスの目を思わせる。もしかしたら、ノーディスからのプレゼントなのかもしれない。


(ヤンデレの弟はしょせんヤンデレってこと? キモっ。そんな独占欲まるだしのアクセサリー、アリアもなんで喜んで身に着けちゃうのかなぁ。女は男を満足させるための都合のいいトロフィーじゃないんですけど?)


 アリアにその辺りの意識が芽生えない限り、ライラの考えは理解されないだろう。今の彼女は、喜んでトロフィーに成り下がっている。無知な妹があまりに可哀想だった。


「失恋? アリアお嬢様が、ですか?」


 ロザが興味深そうに尋ねた。ライラは何気なく答える。


「そう。詳しいことは言えないんだけど、アリアとノーディスを別れさせてあげたいの」


 アリアの、そしてレーヴァティ家のために。悪しき王弟一家とは、なんとしてでも縁を切らなければならない。


「なるほどぉ……」

「その二人を別れさせて、何か意味があるのか?」


 どうやってアリアの目を覚まさせるか、そのことで頭がいっぱいだったライラは、ロザの意地悪い笑みに気づかない。そして、首を傾げたダルクのいぶかしげな眼差しにも。


「だって、このままだと大変なことになるんだもん」

「……そうなのか?」

「このまま放っておくと、みんなに危険が迫るかもしれないんだよ。みんなを守るためにも、これ以上ノーディスをアリアに近づけさせたくないの」

「それならあたしにお任せください、ライラお嬢様っ」

「ほんと!?」


 ロザが片手で胸を叩く。詳しい事情は伏せているのに協力してくれるなんて、なんて頼れるメイドなのだろうか。


「はい! あたしにいい考えがあります!」

「……」

「ありがと! じゃあ任せたよ、ロザ!」


 一人の力では、できることにも限度がある。ロザが協力してくれるという申し出は素直にありがたかった。

 具体的に何をするのか、ロザは話さなかったが……手の内を伏せているのはライラも同じだ。もしかしたら、これから策を練ってくれるのかもしれない。ここはロザのお手並み拝見といこう。一緒に悩みを共有してくれるメイドができたので、少し肩の荷が下りた気がした。


(本当は、ダルクにも手伝ってもらいたいんだけど。ダルクを守るためっていうのが一番の理由でやってるんだし、ちょっとぐらい協力してってどうしても思っちゃうんだよね。……まあ、女の子同士のことだと首を突っ込みづらいっていうのはあるだろうから、仕方ないかぁ)


 そんなことを考えながらダルクを一瞥する。ダルクは何か考え込んでいるようだ。それでもライラの視線に気づくと、いつもの不器用な笑顔を見せてくれた。


* * *

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