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〈–––の花が つ〜ぼんだ
つ〜ぼんだと お〜もったら
い〜つのま〜にか ひ〜らいた〜〉
「……また微妙に不気味な歌で起こされた」
兄貴はこんなふうによくわらべうたを唄う癖がある。
しかもそれは決まって私たちが寝ているあいだに。より正確には、私たちが寝入る前や起きる時にわらべうたを唄っているのをよく耳にする。
『これは失敬。すっかり|おやすみになられていた《おねむだった》ようで』
「んんーっ、……子供扱いしないで」
まだ覚醒し切ってない頭を振りながら目をひらく。
と、西陽の眩しさで眉を思わず顰める。
「私どれくらい寝てた?」
『んー、3時間くらいかな』
「結構寝ちゃったわ」
『まあ時間はいくらでもあるから大丈夫だろ』
「それもそっか」
伸びをしながら目を開く。
家の2階、六畳間の兄の部屋だ。
窓は開け放たれ、外のぬるい風が入ってくる。
どうやら兄のベッドで寝てたらしい。
さて、起きるか。
???????
まて。
何かがおかしい。
西陽?
兄の部屋?
ここは、、、どこだ?
『どこだと思う?』
「えっ?」
『ここは、どこだと思う?』
「誰?」
『心外だなぁ。誰よりも君のことを愛している人間の一人さ。』
「じゃあお兄ちゃんか。」
『御名答♡ では改めて、ここはどこでしょう』
どういうことだろう。
さっきまであの何もない無の空間にいたはずだ。
なのになぜ、私たちの自宅にいるのだろう。
自宅を作った?いやしかし外の景色まで再現されている。
街ごと作った?そんなまさか。いや、できるのか?
いやまて。
我が最愛の兄のことだ。これも何かの実験に違いない。
となるとただ力技で全て作ったとかではない気がする。
現に外を見ると夕焼け空や夕陽、夕方のゆったりとした空気、部屋を見れば昔二人で剥いだ襖や日差しで焼けた畳、使い古した勉強机、どれも記憶通りだ。
いや、時計の位置ってあそこだっけ。んー、ベッドの真上だったような…
––––!!
瞬きした瞬間に東側の長押に掛かっていた時計が消えた。
もしやと思って頭上を見ると、時計が移動していた。
いや、まるで最初からそこにあったかのように思える。
私の記憶を参照しているのか?
『惜しい』
何?
惜しい?
『試しに何か触ってごらん』
ベッドに手をつき、ヘッドボードの脇にある黄ばんだ白い目覚まし時計に手を伸ばす。
しかしその手は霞を貫いただけだった。
「……」
『そんなあからさまな顰めっ面しないでよ。これでも結構創るの大変だったんだから』
兄は何を創ったんだろう。
まあそれを当てて欲しいんだろうな。
多分これも、私が「お兄ちゃんの姿が見たいよ〜」などと喚けば直ぐに終わるのだろうけど。
いや、一旦この謎の技術で結像して騙してくるかもしれないか。
|鬼畜兄貴《典型的なオールドタイプ》め。
そういえば思考はトレースされてたんだっけ。
はてさて。
少なくとも今あぐらをかいているベッドには実体がある。
さっき手をついたし、今も私の軽い体重を支えている。
『BMIは平均ちょい上だぞ』
「うるさい」
そうだ。
私もイメージを出したり消したりできるんだった。
ベッドの消失をイメージする。
「いてっ」
盛大に尻餅をついた。そりゃそうだ、座っているものを消したら落ちるに決まっている。
「重力!?」
「お〜お〜あ〜た〜り〜」
ばっ、と視界が披け、何もない無の空間と満面の笑みの兄が出迎える。
「はい」
「何だその不満そうな顔はー」
「いや、起き抜けになんか変なことされたら誰でも多少なるでしょ」
「それもそうか。で、どうよ」
「何が」
「お待ちかねの重力」
あーーー。なんか言った記憶あるな。重力が欲しいって。
いや。
うーん。
そんなことよりですね。
「で、さっきのは何?」
「さっきのって?」
「お兄ちゃんの部屋だよ!」
「多分だけど願望器の誤作動かと」
府蘭が昼寝を始めた後、重力を作ろうと思い立った。
思い立ったは良いが、私の足りない頭では、必要な重力をE=mc²に則って安全に且つ安定的に顕現させる方法が思いつかなかった。
暫くの間足りない頭を物理的に絞って遊んでいると、概念だけを抽出できないだろうかと思い立った。
でも思考した概念がダイレクトに顕現するのは怖かったので、器を介することにした。
||~~あまりにも日本語が覚束無い~~||
「聖杯戦争?」
「いや元ネタはそれだけどさ」
「あっそ」
「え。今の流れで仕組み聞かないとかある?」
「いやもう長々と話したでしょ」
「そっすね」
あーいすいまてーん。
「懐かしいわね。あとキャラぶれてるわよ」
「鏡をご覧」
「あら美しい御尊顔。見惚れちゃうわ」
「最早誰だよ」
「鏡よ鏡。この世で一番美しいとされている私の顔を映しなさい」
「それは最早ただの鏡では」
いつの間にか来ている服が如何にもなお嬢様ドレスになっている。
文字に起こすならば、『青いドレスのマルガリータ王女の服を着たちんちくりん』になるだろう。わざわざ髪もブロンドにしちゃって。かわいいね。
「ここでいきなりキャラ増やすのは安直かな」
「間違いなく安直ではあると思うけど」
まあ展開として悪くはないとも思うけど。
「以前から存在が示唆されていたキャラの登場とかは?」
「もうそこまで言うなら素直に怜未姉に会いたいって言えばよいのでは?」
「いや? 別に? そういうつもりじゃないけど?」
「図星じゃん。その反応は」
「図星ってなに。ちがうけど」
「そっぽ向きながら言われてもねぇ」
「じゃあお兄ちゃんは会いたくないのさ?」
「いや別に会いたくないとは言ってないよ」
「じゃあいいじゃない」
「俺が悪かったから拗ねないで」
「ふん」
府蘭はこういう時、放っておいても機嫌を直してくれるので好き。
「こういう時、放っておいても機嫌を直してくれるとか考えてんでしょ」
「うん。だから好き♡」
「やったぁ♡」
「語尾に♡はちょっとキツいかなぁ」
「さっき出した鏡あるから貸してあげるよ」
「ありがとう。優しいね♪」
「どういたしまして♪」
なんと気の利く妹だろうか。
「で、新キャラの実装ってどう思う?」
「とりあえず天井まで回してから考える」
リークとか見たうえでとりあえず引く。それが礼儀ってもんよ。有名な偉人も言ってた。課金は家賃まで。
「そういえばお兄ちゃんはそうだったね」
「そういう府蘭は完凸勢じゃんかよ」
「私は推しだけだから。お兄ちゃんはほぼ全キャラ完凸じゃん」
「まあ歴が長いからねぇ。すり抜けとかで段々と」
「嘘つけ絶対課金してたゾ」
「そうだよ」
「で、何の話だっけ」
「祇園精舎の鐘の音」
「そうだね。諸行無常だね」
「とりあえず今回の新キャラ実装は見送りで」
「なんでさぁー」
「事前告知に留めるんだよ」
「なんでさぁー」
「購買意欲を煽るため」
「この小説そんなにどころかほぼ誰も見てないよ」
「まあ、今じゃなくていいかなぁ」
「お兄ちゃんが言うならそれでいいけど」
素直で聞き分けの良い子である。かわいいね。
さて、どうするか。
府蘭が昼寝から目覚めたはいいが、そろそろ日没である。
残念ながら陽は登らないし沈まないので、正確には2001/01/05 東京 における日没時刻のはずである。自分の記憶が間違っていなければの話だが。
「夜と昼欲しいよね」
それはそう。一応出した時計通りに毎日寝起きしているが、やはり昼夜の概念は欲しい。
「というか家みたいな居住スペースを作ればいいのでは」
「やだ」
「なんでさぁー」
「出たくなくなるから」
「家ごと移動すればいいのでは?」
「やだ」
「なにか別の理由があるわけか」
「やだ」
意固地モードに入ってしまった。
「風呂掃除したくない?」
「やだ」
「トイレ掃除したくない?」
「やだ」
「お兄ちゃんの料理食べたくない?」
「や……」
「お兄ちゃんが嫌い?」
「……わかってて訊いてくるのは少し嫌い」
「そっかぁ」
話しているうちに府蘭が無意識のうちに忌避していることが解ってきた。
恐らく『望郷』だろう。
夢のような現実味のないこの世界に於いて、家のような現実的なものを目の当たりにする事は計り知れない心理的影響があるだろう。
良くも悪くもだ。
実際この後どうするのか、このあとどうなるのか、皆目見当がつかない今、希望なぞ幾らあっても困らない。
まあとは言ったものの、目に見えるモノは特になく、目に見えないモノで腹は膨れず、ただ結果のみが真実。
「フィックスリリース!」
「ス・ペ⤴︎・シャルで模擬戦で スクラ・ン・ブル2000回のアイドル♪」
「金輪際洗われない、被一番槍の汚名様♪」
「なんで急にコーラ炭酸の悪口始まったの?」
「おまえが始めた物語だろう?」
「いや……そう、しりとりだから」
「よくも綺麗に言い訳が見つかったな。絶対思いついたから口にしただけだろうが」
「ADHD仕草やめなよ」
「うーんこの。言いたいことは山程あるが、言われなくても解ってるだろうから勘弁してやろう」
「お気遣い痛み入ります」
「よきにはからえ」
さて。寝るか。
この一万五千字くらいが一日分だとすると存外薄いもんだな。
久しぶりにベッドで寝よう。折角だからキングサイズで、一つ50万くらいするマットレスを作るのさ!