しかし、こんな上品そうな女性が、そんな悪戯をするのであろうか・・・。
(さあ、着いたぞ。)
俺は先ほどの、白いモノをハンカチでふき取りながら一人で呟いた。
===== ガチャ =====
ほんの少しだけ緊張しながら、オレは扉の向こうに入った。
「いらっしゃい。」
いつも通りにマスターが挨拶をしてくれた。
「どうも。」
俺は自称この店の顔なので、マスターに挨拶をちゃんと返した。
そして俺は、落ち着きもなく首を左右に振り確認した。
「弓子さんは。」
オレは分からないので、素直にマスターに尋ねた。
「ああ。」
マスターの返事は、それだけだった。
本当にマスターは素っ気ない相槌を打っただけだ。
そして、それは肯定とも否定とも受け取れた。
(ん?)
なんだか、そのマスターの視線が気になる。
恐らく今のところ唯一の客である自分に対して、彼の視線は微妙にずれているのだ。
ひょっとしたら、マスターは体調が悪いのだろうか。
だとしたら、俺はここに長居するべきではないのではないだろうか。
しかし、その杞憂は無用のものであった。
「いらっしゃいませ。」
「は、はあ!」
恐らく俺の背筋は、<ビン!>とハリがよく伸びているでろう。
自分の背後にいる。
あの女性が・・・。
まさか背後からの不意打ちとは・・・。
よもや、この俺が女性に背中と取られようとは・・・。
ヒットマンとして失格だ・・・。
いやいや・・・、俺はヒットマンでもゴル・・・でもないし・・・。
冗談を言っても仕方がないし・・・、俺は背中を振り返った。
(・・・!!!!!)
いない・・・・。
俺に声を掛けた主の姿がない・・・・!
(そんな・・・。)
動揺を抑えようと努力をしつつ、俺は振り返った首をもとに、正面を向いた。
しかし・・・。
「どわああ・・・・!」
俺の正面にいた。
挨拶の主が・・・。
「いらっしゃいませ。」
念を押してなのか、彼女はもう一度挨拶の言葉を発した。
「は、はは・・・。」
たぶん俺の顔は引きつっている事だろう・・・。
それにも関わらず、彼女の表情はすましていた。
まるで何事も無かったかのようだ。
(むむ・・・。)
どう考えても疑うしか無いのだった。
彼女が俺を、おちょくっているのではないのかという事を・・・。
だってどう考えても、彼女は背後から俺に声を掛けて、俺が振り返ったと同時に反対から、俺の正面に回り込んだとしか思えない・・・。
しかし、こんな上品そうな女性が、そんな悪戯をするのであろうか・・・。
・・・いや多分そうだろう・・・・。
オレは自分自身の推測が正しいことを確信した。
何故ならマスターの顔が、笑いをこらえていたのだから・・・。