第92話・解決に至るながぁい助走の始まり
「コルセア。どうにかならないのか?」
『どうにか、と言われましても……』
「ようやく学校が再開されて自主課題の進展の目処もついたというのに、あの二人があの有様では何も出来ないだろうが」
『んなこと言われましても……』
雪も大分融けて学校も再開された、というのは殿下の言葉通り。
そしてこれまた久方ぶりに、お嬢さまをリーダーとするグループ課題の研究班も集結して研究を再開する運びに…。
「………」
「………」
…なっていなかった。
具体的に言うと、ネアスとバナードの間の空気が、その。
『………お嬢さま、お嬢さま』
「……知らないわよ。というか、わたくしにどうしろと言うの」
会話ひとつなく、かといって互いに反目してるというわけでもない空気に、わたしはお嬢さまに下請け…丸投げしようとしたんだけど、にべもなかった。
「………………」
「………………」
そしてやっぱりネアスとバナードは、気まずそうに一瞬視線を交わして、そのまま会話に入ることもなかった。
どーすんのこれ。
まあ何があったかというと、そのー、バナードがネアスにコクってネアスがごめんなさいした例の件の続き、みたいなもんで……その後、二人がどうなったかというと、「表面的には」ぎこちないながらもコミュニケーション断絶にまでは至っていなくてね。グループ活動も「表面的には」支障無かったのよ。
ただ、やたらと「表面的には」を強調してるので分かる通り、二人ともお互いがいない場所ではいつも通りなんだけど、同じ部屋に入ると途端にギクシャクするというかね……お嬢さまも責任無いでもない立場なんだから、リーダーとして解決に尽力すりゃーいいものを、我関せずを貫いてるもんだから。
で、学校再開して活動も再開、って折になって突然こーなったと。二回目の、どーすんのこれ。
「……話は分かったのだがな。アイナは口を挟むつもりが無いのだろう?」
「ええ、まあ……」
学食の隅の方に設けられた個室にて、殿下とお嬢さまは難しい顔を突き合わせている。
この部屋は生徒が込み入った話をするときに使用される談話室みたいなもので、申請して許可を得れば誰も入らない空間として利用出来るんだけど、実際使うのは初めてだったりする。
「しかしな、お前も班を率いる立場なのだから二人から事情を聞いて間を取り持つくらいのことはした方が良いのではないか?何があったか位は知っているのだろう」
「それは勿論そうしたいのですけれど、わたくしにも事情というものがありまして……」
『殿下、殿下。お嬢さまの仰る通りではあるので、あまり責めて頂きたくは…』
「すまん、そういうつもりは無かった。が、俺も惚れた振ったなどということには疎くてな……気の利いた助言の一つも出来ないのだ。ただ、その事情とやらの中身は訊かないが、あの二人とは無関係でも無いのだろう?ならば話を聞くくらいはしてやれないか?」
「……ええ、殿下がそう仰るのでしたら…分かりました。わたくしにも矜持というものはあります。我が班をまとめるのはわたくしですから、何とかしてみせましょう」
そーゆーことともちょっと違うんだけどなあ、ってな感じの視線を殿下と交わす、わたしなのだった。
お嬢さまに気付かれないようにため息を漏らすわたしと殿下。こうなったらわたしがフォローしないとなー。
「具体的にはどうするつもりだ?」
「え……ええと、二人を話し合わせるのがまず先決かと……も、もちろんその場はわたくしが用意すべきものでありますけれどっ!」
『お嬢さまぁ、それ悪手だと思うんですよー。そもそも話も出来ない状態なんですから、話が出来る雰囲気作るところから始めないと』
お嬢さまほぼ考え無しなんだもん。
殿下に言わせるのも今後の人間関係に差し障りありそーだったので、わたしの方からそう進言する。横目で殿下を見ると、「すまん」とわたしにだけ分かる目礼をしてた。さもありなん。
『お嬢さまは、ネアスとバナードの間にあるややこしー事情はご存じでしょ?だったらお互いに抱いてるわだかまりを解くとこから始めないと、二人きりにしたところで気まずいだけですってば』
ただ、わたしがこう言ったのはちょっと言い過ぎだったかもしれない。
ペットにここまで言われてお嬢さまが「そうですわね」と考えを改めるよーな性格じゃないのは分かりきっていたというのに。
「………だったらあなたがやればいいでしょうっ?!」
『え、ちょ……あの、お嬢さま?班をまとめる矜持とかどこにいったのかとー……』
「やかましいですわっ!大体わたくしよりもあなたの方があの二人と親しいのではなくてっ?!ええそうですわ、あなたの方がわたくしより適任というものよ!だからなんとかしなさい!主からの命、ですわっ!!」
『え、ええー……』
ふんっ!……と、婚約者の前であることにも頓着せず、お嬢さまは鼻息荒くして部屋を出て行ってしまった。
残された殿下とわたしは、『やっちゃった…』「やってしまったな…」と疲れた顔を見合わせて、肩を落とすしか出来なかったわけで。
……三回目の、ほんっとどーすんのこれ。