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第90話・雪と労働と頑張るドラゴン

 「ふうん、頑張ったのにそれは災難だったね、コルセア」

 『でしょー?お嬢さまひどいよ……』


 先日のお嬢さまの無体を訴えたところ、気持ちよく同情してくれたネアスに泣き真似するわたし。

 あれ以後、お嬢さまは口もきいてくれない。わたしはこんなにもお嬢さまを大切に思っているのに、お嬢さまは愛すべきペットドラゴンに対して冷たすぎる!……って、抗議をしたら、ジロリと睨まれて一枚の紙を投げ渡された。

 そこにあったのは……。


 『それにしても、やっと雪も止んだし、そろそろ学校も再開しそうなんじゃない?』

 「そうでもないみたいだよ。この積もった雪をなんとかしないといけないみたいだし……だから、コルセアには期待しているからね?」

 『おまかせて!』


 お嬢さまに投げつけられたのは、帝都の雪かきのボランティア募集の要項だった。

 確かにここ数日で天候も回復し、人の出入りも元の通り…とまではいかなくても、経済活動が再起動したくらいにはなっている。

 でも、馬車の往来も難しい道の有様に、帝国からお触れが出たのだった。曰く、日給を施すから心ある者は除雪作業に励め、と。子供でも小遣い稼ぎにはなるみたいだったから、こうして結構な人数が出張ってそちこちで雪かきの作業が行われているのだ。

 だからネアスも、学校がお休みになっていて退屈だということで、わたしを従えてこうして木製のスコップで雪かき作業に勤しんでる。

 そしてわたしが期待されることというと、だね。


 「……みんな頑張ってるのになかなか減らないなあ。コルセア、火で溶かしちゃったり出来ないの?」

 『それは多分お嬢さまも期待してたんだろうけど、雪って火では融けないんだよねー』

 「そうなの?!」


 手を動かしつつも驚くネアス。

 そーなんだよね。雪って空気をいっぱい含んでいて、ちょっとした火ぐらいじゃ中まで熱が通らなくて、意外に役に立たないのだ。日本で人間時代に読んだ本に、そんなことが書いてあった。確か自衛隊が火炎放射器を使ってもさっぱり役に立たなかったとかなんとか。

 自衛隊とかはともかく、ネアスにそう説明すると「そっかあ……」とがっくり肩を落としていたから、朝からやってるこの作業がちょっとイヤになってるのかも。気持ちは分かる。


 『まあでも、もうすぐお昼ごはんの時間だし、そろそろみんな目に見える結果が欲しいとこよね。よろしい、このコルセアさまにお任せなさい』

 「それさっきも言ったけど、任せたらどうなるの?」

 『別に火だけがわたしの熱源じゃない、ってコト。いい?見ててよ、ネアス』

 「うん」


 わたしは地上におり、山と積まれた雪の前に立つ。

 除雪作業をする人びとは、ちょうど手を休める機会だとばかりに、紅いウロコに覆われたワンコサイズのトカゲの行動に注目する。

 そんな視線に受けて、わたしなんとなく張り切り気味。ふふん、見てろよー。


 『ふん』


 気合いと共に、体内から熱を熾す。いつぞやのダイエットでもやったけど、わたしが吹く火は自前のカロリーでも熾せるのだ。ただ今回は火を吹いてもあんまり意味が無いので、熾した熱は体表に留めていー感じに熱苦しい存在へと我が身を変える。


 「あの、コルセア?なんだか熱そうなんだけど……」

 『せい』


 心配そうなネアスを振り返って、大丈夫ってな具合にニヒルに笑うと、わたしは勢いよく眼前の雪山に突撃した。

 踏み固められて半ば氷の粒の山のようになっていた雪山だけど、全身これ熱の塊になったわたしが身を埋めると、触れたところからみるみるうちに融けていく。

 なんだなんだと集まってくる観客にわたしは一層ヒートアップ。文字通り。やがて、融けるだけだった雪はわたしの体表から蒸発していく。それにつれてわたしはどんどん雪山の奥に潜り込んでゆき、周りの人の心配も必要無くなったので溜め込んでいた熱を一気に解放。

 進む。融ける。蒸発する。道が出来る。進む。融ける。蒸発する。

 その繰り返しの後、雪山を貫通したわたしは反対側に出て振り返った。一様に、「なんだこりゃ」な顔。ネアスまで。どうよ?


 「…………ええと、これが……どうするの?」


 よく分かってないみたい。うーん。

 仕方なく通って来たトンネルをもう一度くぐってネアスの下へ。顔を出したわたしを見守る視線は、面白い芸を見せてもらった、みたいなものばかり。中には拍手もある。っていうか、みんな察しが悪くて困るなあ。


 『つまりね、直接火を吹くのでなくてわたしが熱源になれば、いろんな雪の融かし方が出来るよね、ってこと!』

 「ほう。で、具体的にはどうすんだよ、紅竜の」


 野次馬の中から、ネアスん家のご近所の職人さんが声をかけてくる。よしよし、乗ってきた乗ってきた。


 『山ほどお湯を沸かしてばら撒くとか、やりようはあるでしょ。いろいろ考えてやってみよ?』

 「と言ってもなあ。火を吹くんじゃ駄目なのか?お前さん、それが取り柄だろうが」

 『ネアスにはさっき言ったけどね、雪って火じゃ融けないの。お湯ならなんとかなるし。こんだけ職人が揃ってるんだから、知恵と腕を貸してよ』

 「そうさなあ……」


 職人のおっちゃんと話をしていると、他の住人も「なんだなんだ」と集まってくる。ま、こんだけ人がいるんならなんとでもなるでしょ、と早くも勝利を確信するわたしだったのだけれど……。




 「おつかれさま、コルセア」

 『………も、だめ…』

 「あはは。ありがとね、みんな助かったって喜んでるよ?」


 それは幸い、ではあるけどさー……ちょっとわたしをこき使いすぎじゃない?

 まあ最初は、とある職人さんが持ってきたでっかい木桶にわたしが入り、お風呂みたいにしてたっぷりのお湯をわかしてそれを撒く、とかやってたんだけど、次第にまどろっこしくなって二階の高さに浮かんだわたしに、手押しポンプとホースでわたしに水をぶっかけて、その場で温まったお湯をばらまくとゆー、とてもわたしに優しくないやり方になっちゃったんだよ……いやまあ、わたしもなんかテンション上がって『おらぁ、こんなもんか?!もっと掛けてこいやぁっ!!』とかやってたんだけどさ……お陰でくたくた……発熱のカロリー山ほど使ったのでお腹もペコペコ……。


 「まだあったかいね」


 わたしを背負ってるネアスは、よいしょ、とわたしを担ぎ直してそんなことを言ってた。もう歩くのも飛ぶのも勘弁、って有様になってたわたしは、こうしてネアスに負ぶさりながら現場を後にしていた。


 「どうする?お腹空いているならうちでごはん食べていく?」

 『んー、それは嬉しいけれど、今ごはん食べるとネアスの家だけでなくてご近所の食料空っぽにしそーだから遠慮しとくね…』

 「そ、それは困るかな、さすがに。じゃあアイナ様に所に帰ろっか?このまま連れてってあげるから」

 『……おねがい』


 少し考えこんでしまったのは、まだお嬢さま怒ってるかな、と思ってのことだ。

 わたしにしてみれば理不尽極まりない処遇なんだけど、そーゆーところ含めてお嬢さまをキライにはなれないわたしだから、叱られるのはやっぱり堪える。

 ネアスにもその辺りの事情は伝えてあるので、少しはわたしの気持ちも分かってくれてるよね、きっと。


 「じゃあ行こうか。コルセア?寝てても大丈夫だからね」

 『……んー』


 鼻先で呻るような返事をしてわたしは目を瞑る。

 その日のうちに職人街からは雪が一掃されて、それを確認に来た役人のあごが落ちた顔に痛快な思いで大笑いしてた住人たちの顔が、なんとなく目蓋の裏に浮かんでた。

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