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インターミッション・孤独な竜 前編

 これは、わたしが三周目に一人でいた時の話だ。

 お嬢さまもとうに亡くなり、わたしは帝国に居続ける理由も無くなってブリガーナ家を後にした。

 その頃の当主はブロンヴィードくんからその息子に代替わりしていて、ブロンくんもわたしにブリガーナ家を離れて好きにして欲しい、と言ってくれたから(いー感じに年老いて、渋いおじさまになってた)、遠慮無くその通りにした……と言いたいとこなんだけど、実は紅竜として力の一番充実する全盛期に差し掛かっていたわたしは存在自体を危険視されてもおかしくない状況で、帝国を離れるといってもひと悶着はあったのだ。

 それが許されたのは、わたしの力も帝国の軍事力くらいじゃあ抵抗出来ないくらい大きくなってて勝手に振る舞おうとすればそう出来るのに、かなりしつこく許可を得にいっていたことで却って信用を得たのが一つ。

 それから、帝国には決して敵対しないと時の皇帝にも約束したのだ。もちろんそのために当時既に隠居していたブロンくんや、その息子の当時の伯爵家当主が奔走してくれたのもあった。

 わたしとしても、家族同然に暮らしたアイナハッフェお嬢さまの生きた地を蔑ろにするつもりもなく、帝国に敵対するな、という注文に逆らうつもりもなかったから、居場所は知らせるように、っていうお願いにも一応は頷いて、出奔したのだった。

 ただまあ、わたしも割と移り気で、引っ越しの度に通りがかった人に言伝するのも大概面倒になったからいつの間にかそれもおざなりになり、いつしか数十年という年月が経っていた。




 『……くわぁぁぁぁぁ………あー、たいくつ…』


 わたしは、青颯期には雪が深く降り積もる北嶺の山肌に作った洞窟で大あくびをかましてた。

 いや退屈っていってもさ、実際んトコやることなんかもう何十年もないわけよ。まさか麓の湖干上がらせて災厄の紅竜でぇす、とかって名を上げるわけにもいかないし。


 『……たまぁには美味しく調理したお肉とか腹一杯食べたい……』


 食事は、っていうと実のところ暗素界と気界に通じてると、活動に必要なエネルギーって暗素界から供給してもらうことも可能なのだ。

 それでも空腹を覚えるのは、食事っていう行為で満たされるのはお腹だけじゃなくて心の方も、っていうのは紅竜に転生してから覚えた見解に基づくと当然の感慨と言える。そういや人間時代は、仕事が終わって一人で食べるコンビニ弁当は、味も悪くないし一応腹もふくれたけれど、どっか物足りなさを覚えてたもんだなあ。あれはこーいうことだったのか。


 『……どっか人間のいるところにでも降りてみよーかなあ……でもどーせ怖がられるだけだろうしなあ……あーもー、胡椒と塩だけで焼いたシクロ肉のハラミが食べたーい!飛んでる鳥を焼き鳥にするのはもー飽きたー!』


 だって火炎で撃ち落とした鳥って味ついてないんだもん。それにわたしは、人間の調理した料理をわいわい言いながら食べたいのだ。味付けに文句をつけつつも料理人の腕について議論とか交わしたいのだ。暗素界から生じた世界最強の竜種とか知ったことか!


 『……ひもじいよぉ……テーブル囲んでわいわい言いながら美味しいごはんが食べたいよぉ……あー、やっぱりここ出よ。もうあざと可愛いコルセアちゃんじゃないけど、地上人を怖れひれ伏せさせる恐怖の紅竜だけど、どうでもいいや。なんならそこらを通りがかった行商人脅して一緒にごはん食べよ』


 呼び止めたらお前を食ってやると思われそう、とか考えて一瞬ヘコんだけど、わたしは我慢が出来ないのだ。

 懐かしきブリガーナ家の食卓はもう無いけれど、思い出を偲んで浸るくらいいいじゃないかー……あ、なんか泣けてきた。


 『………さみしいよぉ……お嬢さまぁ、ネアスぅ……なんでわたしを置いてっちゃったんだよー……ぐすっ』


 ……分かってたんだ。お嬢さまは幸せな生涯を過ごして逝ってしまって、ネアスは高等学校卒業後は一度も会えなくて、二人がいなくなってからわたしは一人でこうしてただ時間を無為に過ごしてる。それがどれだけ苦しくて寂しくて切ないことなのかって、分かってるつもりだったけれど、本当にそうなって過ごす時間は………。


 『……まぶし……あ、雪降ったんだ……』


 涙目だったからだろうか、数十日ぶりに出た洞窟の外は真っ白で、それどころか天気も良くって、見るからにキラキラと光が溢れていた。

 こんな光景を美しいと思えるような余裕なんか今のわたしには無い。

 すっかりおっきくなってしまって、お嬢さまに差し出して抱っこを要求した面影の全く無くなったぶっとい前脚を前に踏み出し、雪に覆われた山肌を下り始める。


 『うわ、なんか滑るな……飛んでった方がいっか』


 考えるまでも無いことを呟いて、畳よりおっきな背中の羽……いやもう、翼か。それを大きくはためかせると、スノーパウダーを舞い上がらせつつ浮かび上がる。きっとキラキラした雪が跳ね上がった中を今から空に向かう紅いドラゴンとか、さぞかし映えーな眺めなんだろうな。

 ……なんてしょーもないことを考えていた時だった。


 「……………ほんとうにいた……」


 ほえ?と、何年かぶりの人の声を耳敏く聴く。

 それはきっと、信じられないものを見た、とでもいった調子のぼうとした呟きで、そんな声が聞こえるはずもなさそうな距離にいた人の姿を見つけたわたしは、どれだけ人間てものに焦がれていたんだろうか。

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