第83話・紅竜の告解(とーとつな告白)
歩いて行くから、とは言ったんだけど、行き先が職人街てことで御者のおじさんが色をなし、どうしても馬車でお連れする……って強硬に主張されたため、人でごった返す往来を舌打ちされながらネアスの家に向かった。
まあほっとくとお嬢さまの身の安全にも関わりそうだったため、終いにはわたしが馬車の天井に上がって愛想振りまいてたらなんか大ウケして道を空けてくれたけど。祭りの神輿にでもなった気分。
「ではお嬢様、わしは近くでお待ちしておりますので…」
「ごめんなさいね。わたくしの我が侭に付き合わせて」
「いえ、お嬢様だけをこのようなところにお一人で向かわせては、伯爵様にも申し訳が立ちませんので……コルセア殿、お嬢様のことをよろしくお願いしますぞ」
一応わたしもいるんだけど、とお嬢様の背中から主張したら、用心棒の先生みたく言われた。
いやまあ、お屋敷の人たちは何故かわたしを様とか殿付けで呼ぶのだ。でもえらそーにしてるわけじゃないからね。念のため。
「……ふう。別にあなたがいれば大抵の場所で危ういことなどないというのに。困ったものね」
『小さい頃誘拐されかけたじゃないですか。それが忘れられないんですよ』
「いつまで経っても子供の頃の話を持ち出されるのもね。……そういえばその時もあなたが守ってくれたのではなくて?」
『そうでしたっけ?通りがかった殿下と衛兵の方々に助けて頂いたハズですけど』
「……そうかしら?いえ、言われてみればその通りよね。どうしてそんな……」
『お嬢さま、お嬢さま。それは後でいーですから、とりあえずネアスの家に行きましょ?』
「そうね。あの子、どんな顔をしているのかしら…」
楽しみでなくもない、って態で、お嬢さまは歩き始めた。
ここから先は馬車も入れない狭い道になる。やっぱり人の往来は激しくて、そんな中をいかにも貴族のお嬢様然としたお嬢さまが、高等学校の制服なんかで入っていくのだから当然注目は浴びる。中には不躾な視線もあったから、わたしはその度にそんな不埒な輩を威嚇しつつ、お嬢さまの後に続いた。
で、ネアスの家に辿り着いた。
「随分久しぶりな気がするわ。来たことは無いはずなのだけれど」
『気のせいですよ。それより入りましょ?』
「そうね」
わたしだけだったら二階の窓に飛び上がって直接お邪魔するトコだけど、まあお嬢さまを抱えてそれすると大事件になるし。
ドアノッカーを叩いて来訪を告げると、中でバタバタする気配のあと、ドアが開いて中からネアスのお母さんが顔を出した。
「ま、まあまあ……アイナハッフェ様、このようなところにまでどうされました?!」
そりゃ驚くわなあ。
お歳の割には若々しいお母さんは、お嬢さま(とわたし)の突然の訪問に目を丸くしてる。
「こんにちは。ネアスが学校に来なかったので様子を見に参ったのですが、ネアスは?」
「え……ま、まあ……ご心配をおかけして申し訳ありません……ネアスなら今日は部屋から出ないとダダをこねておりまして…今呼んで参りま…」
「いえ、いるのでしたらこちらから参りますわ。失礼しても?」
「ええ、ええ…どうぞ、狭い家で申し訳ありませんが……ネアスー!」
お母さんはお嬢さまを招き入れるより先にネアスを呼びに行ってしまったけど、そこまで慌てなくてもいいのにね。ていうか、わたし悪いこと思いついた。
『おかーさーん。ネアスにはこっちから声かけますから、お母さんはそのまま、そのまま』
「え、ええ?いえ、アイナハッフェ様をお通しもしないのはいくらなんでも…」
「ふふ、別に構いませんわ。不意の訪問で失礼をしているのはこちらの方ですもの。それにわたくしの連れに何か考えがあるようですので」
「アイナハッフェ様がそう仰るのでしたら……あの、ネアスのこと、宜しくお願いしても?」
『ええ。任せてくださいっ!……なので、今度こちらにお夕食を頂きにきてもあいたっ』
「かかなくてもいい恥をかかせない!…さ、参りましょう」
『あたた……はあい』
後頭部へのツッコミを一発。それで場の空気を取り繕っておいて、わたしはお嬢さまを先導して家の中に入っていく。ネアスの部屋の場所を知ってるのはわたしだけだから先導して、と思ったら狭い廊下でわたしを追い越したお嬢さまは、階段を登って先に行った。あれ、お嬢さまこの家来たことあったの?
「なんとなく、ですわね」
……これってやっぱりわたしの持ち込んだ「想い出の卵」の影響なのかなあ。
そして、部屋の前までやってきた。
どします?と視線で問いかけると、ハンドサインで「お前が行け」だって。お嬢さま、完全に面白がってますね。わたしもだけど。
まあわたしに何をさせたいのかは見当がつくから、とりあえずドアをノック。返事なし。まあ誰か来たってことくらいは分かってるだろーから、特に気負いもしないでこっちの様子をうかがってるっぽいネアスに向けて、話し始めた。
『ネアスー、わたし来たよー。なんで今日学校に来なかったの?今朝は元気だったじゃない。みんな心配してるよ?』
「コルセア…?だけ?」
『うん。もしかしてみんなで来た方が良かった?』
「そんなことは無いけど……」
うーん。別に嫌がられてるわけじゃないけど、歓迎もされてないみたい。ネアスがわたしにとる態度としては割とめずらしー感じ。
ちらとお嬢さまの方を見ると、口元に人差し指を当てて何か考えている仕草だった。何考えてんだろ。まあいいや。
『イヤなら帰るわよ。ネアスの顔見れないのは残念だけど、明日は学校には来てくれるんでしょ?』
「え……う、うん……ううん!やっぱり分からない。行くかどうか……その…」
『ネアスにしてはめずらしーね。何か悩み事?相談なら乗るよ?』
「コルセアには相談出来ないよ、こんなこと……どうせまた責任感じて、変なこと言うもの……」
むう。てことは、こないだの話の絡みか。
もっかいお嬢さまを見ると、「(どういうことかしら?)」と小声の問い。うーん、わたしには言えないからなあ。とりあえず気付かなかったフリをして、天岩戸の向こう側と会話を再開。
『でもさー、そんなこと言ってもこの場にはわたししかいないもの。部屋にも入れてくれない、話だってしてくれない、じゃあわたし帰るしかないじゃん。折角来てあげたのに、友だち甲斐が無いよ、ネアス』
「……知らない。コルセアだけ来たって意味無いもの……わたし、アイナ様に会いたいのに」
『お嬢さまだって心配してたよ?』
「じゃあどうしてわたしに会いに来てくれないの…?」
『お嬢さまに会いたいならネアスが学校に来れば良かったのに』
「そうじゃない!アイナ様がわたしに会いに来てくれないと意味が無いの!」
『今朝はそんなこと言ってなかったよね、ネアス。どうしちゃったのよ』
「だって!………学校に行って、アイナ様のお顔を見て、いつも通りになっちゃったら……何も変わらないじゃない……わたしはアイナ様のことが好きで、アイナ様にもわたしのことを好きになって欲しいの!バナードくんが変えようとした関係を、何も変わらないでそのまま過ごしていったらバナードくんのしたことが意味無くなっちゃうじゃない!だからわたしは、アイナ様に恋してるわたしは、アイナ様に愛していただかないといけないの!そうじゃなきゃ何もかも無駄になっちゃうんだからあっ!!」
ほとんど絶叫めいたネアスの主張は、当然お嬢さまの耳にも入ってる。
わたしは、「だそうですけど。どうします?」ってな顔をお嬢さまに向けたならば。
「っ?!………!!、!?っ……?!」
………なんか、真っ赤になって両手をわたわたしてた。あれ、もしかしてお嬢さま……ネアスがお嬢さまのこと好きっていうの……初耳?




