表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/236

第75話・もしかしてわたし、最重要人物?

 「詳しくっっっ!!」

 『ひいっ?!』


 食いつかれた。バスカール先生に。

 昨夜、わたしはいつの間にか寝転けてお嬢さまのベッドに運ばれ、臥所を共にしていた。

 合宿の時以来に一緒に寝てくれたお嬢さまは、起きると既に登校の支度を済ませてあって、「早く食事になさいな」と優しく急かしてくれたものだから、ネアスと何があったのか聞く暇も無かったりする。

 そして一緒に登校し、一日の授業を終えた後部室でバスカール先生に「実は…」と持ちかけたら斯くの如き反応を示された、というわけだ。説明終わり。


 「終わり。じゃありませんよコルセアさん!……あなたそれは対気物理学の歴史をひっくり返しかねない発想だということが分かってるんですか?!」

 『いやそんな大げさな。せーぜー役に立たない暗素界分け身を無視してどーにかする、ってだけの話でしょーが』


 そう。

 暗素界にいる自分のオリジナルから戻って来る反応を得られなくなったわたしは、いっそ無視してやりゃーえーんだ、と開き直ったのだ。

 つまるところ、対気物理学とは暗素界にいるもう一人の自分からの反応を、気界での往き来を経て生じたズレを現界での力の発露として取り出す現象を調べる学問だ。

 それには暗素界っちゅー得体の知れない世界の構造を理解する必要は……「ある程度」はあるんだけど、それが出来ないからといって何も出来ないわけじゃあない。何をしたにせよ、投げたものは戻ってくるのだ。わたしが空を飛んだり火を吹いたり出来なくなったのは、暗素界のオリジナルがヘソを曲げてこっちの頼んだ通りの反応を返してくれなくなったからなのだけど、人間の場合もともと暗素界にある自分の分け身が投げて寄越す反応を予想することなど出来ない。

 で、気界に送ったものと戻ってきたものを分析することでその存在を測る、ってわけなんだけど、よく考えたら別に暗素界の分け身とピンポイントでやりとりする必要なんかないんじゃないの?ってことに気がついたのだ。


 つまるところ。

 事象を利用するというだけなら、現界の物質と暗素界の分け身を一対一ですり合わせることなく、ただ気界に送ったものと戻って来たものだけを捉えて、その両者の間にあるズレを利用すりゃーいいじゃん、ってことになる。

 これがお嬢さまたちの研究の役に立つ、と気がついたのは、小舟を空に浮かせる、という目的のために今までなら暗素界の小舟の分け身を捉えようとしていたけれど、現界において小舟から気界に送り戻ってくるものをさえ正しく分析出来れば、狙った通りに小舟を宙に浮かべることも「原理的には」不可能じゃ無い、ってことになる。


 「…………」


 ってことを、求めに応じて掻い摘まんでもっかい説明したら、先生はもとよりアイナハッフェ班の面々もむずかしー顔になって考えこんでしまった。そこまで面倒な話なじゃないんだけどなあ。ただ、こーいう見方が「ラインファメルの乙女たち」設定資料集(同人版)にあったのかどうかは分からない。読んでいればあったのかもしんないし、聞き及ぶに設定についてはそーとーに作り込んでいたらしいから、無くは無いかもだけど、まあ今更無いものねだりだよね。


 「……ま、整理してみた方がいいのではないか?コルセアの今の話を仮説として、どうすればそれを証明出来るのかを」

 「そうですわね。ネアス、手持ちの触媒で我が身ならざるものを気界に力を投じさせたり、還るものを捉えることが出来るものはあるのかしら?」

 「ええと、可能性のあるものはいくつかあると思いますけれど、入手出来るかどうかは…それに実証も必要でしょうし」

 「やってみればいいんじゃねーの?幸いウチには触媒の取引で成り上がった伯爵家のお嬢様がいるんだしさ」


 バナードの言い方はどーなの、と思ったけれどお嬢さまは特に気にもとめないようで、「そうですわね」と軽く流して考えこんでいた。空ぶった形になったバナードは前後反転して腰掛けていた椅子の背もたれに、腕とあごを預けてしれっとしてたけど。


 「……先生。計画書の修正を申請してもよろしいでしょうか?」

 「それは構いませんが、材料の入手の後でもよいのでは?」


 そしてお嬢さまが口にしたことに先生は少し驚いた様子だった。そりゃもっともな話だ、と思ったのはどうもこの場ではわたしだけだったみたいで、


 「いえ、材料の選定や入手もこの際研究の一環としたいのです」


 その後に続いたお嬢さまの言葉に他の三人も「うんうん」と頷いて、先生にしては珍しい、教育者として満足を示す微笑を浮かべさせたのだった。




 「しかしアイナもまた難しいことを言い出したものだな。俺としては学びに繋がるから大歓迎ではあるが」


 研究計画書の修正となると、バスカール先生だけではなく指導教官のビアール先生の許可も要る。

 班長のお嬢さまはバスカール先生と一緒にそちらに話をしにいったから、今はネアスと殿下とバナードの三人が部屋に残っていた。


 「ただ面倒なことにはなりそうだよなあ。ネアス、お嬢様に無茶言われたらちゃんと断るんだぞ?難しければ俺が代わってやるから」

 「うん、ありがとう。でもアイナ様も考え無しに無茶を言う方じゃないから、大丈夫だよ」

 「無茶を言うことに違いはないわけね……まあ何の見通しも無く、人が空を飛べる研究をする、なんてよりはよっぽどマシだけどさ」

 『ちょっとバナード。うちのお嬢さまの悪口言ってんじゃないわよ』

 「別に悪口なんか言ってねーだろ。ていうかこれから無茶言われるのはお前の方なんじゃねーの?」


 わたし?なんで?

 と、宙に浮かびながら首を傾げたら、殿下が引き取って先を続けてくれた。


 「そもそもお前の提言が方針変更の切っ掛けなのだからな。まず計画書の修正で山ほど話をさせられると思うぞ?」

 『うげぇ……わたしアタマ使うの苦手なんですけどぉ……』

 「わはは!そりゃそーだろだってお前トカゲだもんな…あちぃっ?!」

 『うるさいわよ、バナード。自覚はあっても他人に笑われるのは話が別なのよっ!』


 ライターに毛が生えた程度の威力で無礼者をたしなめておく。少し熱いくらいだからヤケドすらしないでしょ。


 「……バナードくん。コルセアのことを悪く言わないで」

 「………う、わ、わりぃ…」


 まあわたしの火よりネアスにジト目で睨まれた方が堪えたみたいだけど。ちょっと気の毒。


 そんなこんなでぎゃーぎゃー騒いでいるうちにお嬢さまが帰ってきて、一度修正案を提出することを伝えたところで今日は解散、ってことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ