第73話・次元を越えたニュートン先生
明日のためにダイエットー。
「さあ、準備運動は終わりましたわ!コルセア、今からタンドラ山に向かって昼食はその頂上でとりますわよ!」
あのお嬢さまー。ハイキングにしてはキツすぎません?あの山、今のわたしが登る分にはゴウモンに等しいと思うんですが……。
・・・・・
「眺めがいいと食事も美味しく感じるよね、コルセア」
……着きました。いやまあ、帝都の人にとって東京の高尾山みたいなもんだけどさあ。わたしの今の有様見てもう少し言うことあるんじゃないの?ネアスぅ…。
「ふふっ、今日は良い一日になった気がするよ」
……まあその天使みたいな笑顔に免じてこの喘息みたいになってる呼吸も気にしないことにしよう。
・・・・・
「あなた転がった方が早いのでなくて?」
『登山は登るより下る方が体力使うんですよぅ……ぜぇ、ぜぇ……』
「がんばれっ、コルセアっ!」
お昼が済むなり休む間もなく下山する。相変わらず下腹を引きずりながら。ていうか腹の皮もそろそろ擦り剥けそーなんだけど。くっそー、飛べたらこんなことにはならないってのにぃ。念のためやってみようか。
息切れをなんとかするために立ち止まったついでに、空を飛ぶために力込める。力を込めるっていうか、気界にアレを飛ばして暗素界でソレを受け取って帰ってきたのをもっかい気界でコレするんだけど。くっそー、暗素界の方から何も戻ってきやがらねえ。お嬢さまの言い草通り、向こうのヤツがサボってやがんな。
人間の場合、オリジナルは現界の方だから基本的に暗素界は現界の動向に従うけれど、わたしの場合暗素界の方が起源なので、こっちからの働きかけが必ずしも戻って来るとは限らないのだ。
んー、てことは暗素界が無反応なのを前提として、気界にこー投げればあーなるかな。やってみよ…。
「コルセア?どうかしたの?」
「ぼやぼやしていると日が暮れますわよ?……どうかしたのかしら」
………うん、考えた通り気界経由で戻って来る反応が違ってるわ。てことはこーしてこう…いや、もーちょいこうかな?
今までは特に深くも考えずにやってきたことを、ちょっとばかり向き合うモノが変わった状況で同じ事をやろうとする。例えれば、今までオートマの乗用車しか運転してなかった人が急にマニュアルのトラックを運転するよーなものだ。
車を運転するという行為自体に違いは無いから、手の動きでハンドルを回したり、右足でアクセルを踏んだりブレーキ踏んだり、って行動は同じものだけれど、それに留まらず左足はクラッチを踏むし左手ではギアを操作する。車の大きさだって違うから車外にあるものを捉える感覚は丸ごと違ってくる。
けれど、やっぱり車を運転しているのだから、全く通じるものが無い、ってわけじゃないんだ。いきなり飛行機の操縦をするほどの違いは無い。
わたしが今やっていることは、よーするにそういうことだ。今まで何も考えずにやっていたことを、改めてやり方を意識しながら全然違う形で同じ事をしようとする。簡単に出来るわけがない。
それでも、増えた体重をものともせず空を飛ぶ、という結果を得ることに成功……
「コルセア、あなた…っ?!」
「あ、あぶなっ…?!」
『ぶべっ!!……あ、あだだだ』
しなかったよちくしょー!途中まで狙い通りに浮かぶとこまで行ったのに、移動しようとした途端に制御を失って落下してしまった。くそー、体重がアレだったから着地に失敗した衝撃がモロに腰にきたぁ……。
「大丈夫なの?なかなか凄い音がしたのだけれど」
「ケガしてない?撫でてあげようか?」
『あいたたた……だ、大丈夫ー。痛いだけだから。あー、空飛ぶってのがこんなに頭使うものだとは思わなかった……』
「どういうことなの?」
よっこらしょ、と立ち上がったところでネアスがお尻を覗き込んでいた。女の子のでん部をジロジロ見たりするもんじゃありません、と尻尾を振ってお断り。ネアスは「あはは、かわいいお尻だね」と喜んでいた。
『いえ、どういうもこういうも。暗素界のツレが言うこと聞いてくれないので、あっちの反応無視してなんとか飛ぼうとしてました。まあ浮かぶトコまでは行けましたけど飛ぶまではなか、な……か…………あーーーーーーーーっっっ!!』
「きゃっ?!」
「な、なんですの?いきなり大声あげて……驚かすものではありませんわよ、もう!」
落下したわたしに、天啓。なるほど、リンゴが落ちたところを見て万有引力に思い至ったニュートンてのはこーいう気分だったのか。あいやそうじゃない。わたし、思いついたっ!!
『お嬢さまっ!』
「ひゃいっ?!……でなくて、何なんですの突然。運動と食事制限なら止めるつもりはありませんわよ。せめてわたくしが抱きかかえられるようになるまでは…」
『んなもん半日くらい火を吹いてりゃ元通りになりますって。いいからすぐに帰りましょう。わたし、すんげぇこと思いついたんですっ!!』
は?てな顔を二人にさせたのは、果たしてわたしの唐突な思いつきのせいなのか、ダイエットなど半日で完了するという大口のためなのか。願わくば前者であることを願うけど、それに続いてお嬢さまは小馬鹿にしたよーに鼻で笑ったトコを見ると、まあダイエットの方なんだろう。ふんだ。目にもの見せてくれるわ、両方の意味でっ。




