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第67話・紅竜の家出(紅竜の懺悔)

 二階の様子に気がついて部屋の様子を見に来たネアスのお父さんにお願いして、伯爵家へはわたしが見つかったことを知らせに行ってもらった。だからネアスが泣き止むまでそのままでいることは特に問題は無かったんだけれど、机の上に座りこんでネアスにしがみつかれたまま、っていうのは結構そのー、疲れるからそろそろ放してもらえる?ネアスぅ……。


 「やだ……コルセアに心配させられた分くらい我慢して」

 『鼻声でそんなこと言われると、うんいいよ、って言ってしまいたくなるけど…わたしもネアスにしておかないといけない話があるんだってば。それが終わったらいくらでも抱っこしていいから』

 「……アイナ様のところに帰るんでしょ?」

 『……今晩は一緒に寝てあげる』


 わたしに出来る最大限の譲歩を示したら、少し考えた後でようやく解放してくれた。そういえばネアスと二人きりってのは三周目も含めて一度も無かったなー、と頭の隅で「仕方ありませんわね」とお嬢さまが苦笑していた。快く許可を下さってありがとーございます。


 「……約束だよ?」

 『ありがと。それと心配かけてごめんね。改めてだけど』

 「ほんとだよ。わたしにこんな顔させて…コルセアはしばらくうちの子にならないといけないんだから!」

 『それはかんべんして。お嬢さまが怒鳴り込んできちゃうから』


 半分近く本気な冗談を言ったら、ようやく、ふふっ、と笑ってわたしの頭を撫でてくれた。


 「……うん。じゃあお話ししよう?何があったの?」

 『ん、まずあったことだけ話をするとね。一人でおべんと食べてたら、家出してた双子の女の子を見つけたんだ』


 考えてみたらこれからわたしがネアスにしないといけない話は、その双子とは何の関係も無い。でも、わたしがこれから話すと決めるに至った経緯は残さず話しておくのが、ネアスに対する誠意みたいなものだと思うんだ。

 だから、強面の父親にビビりまくって、そいで厳つい面貌に似合わない若い嫁さんがもやもやしてたことまで含めてまず話し終えると、ネアスは「良かったね、コルセア良いことしたんだね」って素直に褒めてくれたことに、ホッとした。


 『うん。まー、すぐに解決するわけじゃないだろうけどさ、それぞれが自分のしたことを省みる切っ掛けにはなったんじゃないかな。それで何かは良い方に動いてくと思うんだ』

 「そうだね」


 ほふぅ、と揃ってため息をつく。

 わたしはまだネアスの机の上に座っていて、頭の高さ的には椅子に腰掛けたネアスよりも高くそれはあるから、椅子に腰掛けたネアスは間近でわたしを見上げる格好になっていて、目が合うとどちらからともなく「くすくす」と笑い出す。まあわたしはゴロゴロ喉を鳴らしただけだったけど。

 ただずっとそうしているわけにもいかない。何か重たい話でも聞かされるのかと思ったのか、ネアスはやおら表情を厳しく改めて、本来しなければならない話を切り出す。


 「……それで、コルセアがわたしにしないといけないお話しって?」

 『うん。ネアスがわたしにしてくれた話だけどさ。お嬢さまのことが好きなんだ、って』

 「……うん」

 『……ネアス。わたしはあなたに謝らないといけない。ネアスのその気持ちは、本来……ちょっと違うか。この世でネアスが抱くべきじゃなかったものかもしれないって』

 「どういうこと?」

 『わたしは……』


 訝しげ、というよりは奥底に怒りを湛えたような視線を向けられ、わたしはたじろぐ。思わずネアスから目を逸らし、見慣れない天井を……いや、三周目の時は結構ネアスの部屋にはお邪魔してたから、久しぶりに見た天井を見上げる。


 『……ネアスとお嬢さまが、親しく姉妹のように過ごしていた世界を知ってる。ううん、あるいはわたしが頑張って、そういう風にしたのかもしれない。お嬢さまが辛い目に遭って、わたしがこの国を滅ぼして、そんな感じになってしまわないよう、頑張った結果として』

 「意味が分かんないよ……」

 『今は最後まで聞いて。それでね、そんな結果を迎えた世界で、お嬢さまは殿下と幸せな家庭を築いてわたしは最期までお嬢さまの側に居て、ネアスとは……ハッキリしない形で別れることになってしまった。それで、ずうっと時間が経ってから、ネアスは一人で死んじゃったって教えてもらった。わたし、すごく後悔した。大切な友だちのネアスがそんな風にいなくなっちゃったって聞いた時、わたしは本当に悲しかった。自分が気がつけなかったことに、すごく腹が立った。それでも、やり直したいとは思わなかった。どうしてか分かる?』

 「………」


 微かに首を振る。ただ、わたしから目を逸らすことはなかった。そんなことに救われた思いを覚えながら、話を続ける。


 『わたしは、例え大切な友だちがそんな最期を迎えてしまったことだって、わたしのやったことだと受け止めるのが贖罪だと思ったから。そしてわたしのやったことでネアスが苦しんだのが事実だとしても、それをやり直したんじゃ、あの時お嬢さまとネアスが睦まじく暮らした日々だって、嘘なんかじゃなかったって、そう思ったからなんだよ。ネアス、わたしはね。あなたとお嬢さまと一緒に過ごした日々が、本当に大事だった』

 「……………」

 『そして、わたしが紅竜としての生涯を終える時、わたしにそんな真似をさせたヤツに持ちかけられた。わたしの大事な思い出と一緒に、やり直すことが出来るんだよ、って。わたしが大事にしてたものと一緒に、もう一度お嬢さまやネアスと過ごすことが出来るんだよ、って。わたしはそれを聞いて……半信半疑だったけれど、結局はそうすることにした。やっぱり、ネアスにそんな辛い最期を味合わせてしまったことがイヤだったから。だから、ネアスが今抱いているのは、わたしが持ち込んでしまった経験なんだ。ネアスがネアスとして覚えた思い出とは違うモノを、わたしはネアスに植え付けてしまったんだ。だからネアス』


 わたしは身動ぎ一つしないネアスに顔を寄せ、頬と頬が触れるような距離でそっと耳打ちする。とても、辛くて、ネアスの顔を見ていられなかったから。


 『あなたは、わたしが与えてしまったものなんかに縛られないで。あなたは自分の想いをちゃんと見つめて、そしてわたしやお嬢さまと相対して』


 わたしが言えたことじゃないけれど……この四周目のネアスの人生は、やっぱり今のネアスのものだ。わたしが何かを持ち込んだことで、いいようにしていいものじゃない。

 それだけを分かって欲しくて、わたしは最後まで懺悔した。まあ本当は……「ラインファメルの乙女たち」の世界の住人であるってことを分かってもらうべきなのかもしれないけれど、そんなことはネアス・トリーネっていう今わたしの目の前にいる少女にとっては些細なことなんだと思う。


 『ネアス。ごめんね。わたしが、あなたを迷わせてしまった』


 だから、わたしがすべきことは、あとはもう罪を謝すことだけだ。わたしを糾弾する声に、ただ頭を垂れることだけだ。


 「……コルセアの……ばか…」


 …っていうつもりだったのに。

 ぽつりとそう言ったネアスの表情は、どこかの似非モノとは全然違う、本当に女神めいた慈愛溢れる笑顔、だったりしたのだった。

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