第55話・なつがっしゅくっ!! その4
合宿の二日目。
遊びは初日でお終いにして、今日は朝からマジメに自主課題に取りかかっている。
「ではコルセア。おやりなさい」
『あのー、お嬢さまー?結局一番最初とやること変わってないじゃないですかー』
わたしは今日も、桟橋に繋がれたボートを前にして、それを指さしわたしに指示するお嬢さまを見上げる。
わたしにボートを飛ばせようとしたって出来ない、っちゅーに。大体わたし、今やる気と称せるものが体内に欠片も存在してないんで。
「コルセア、アイナ様にも何かお考えがあるんだと思うよ。まず話聞いてみよう?」
いちおーは実習中、ってことで四人とも制服姿である。
リゾート地で制服ってのもどーなの、と思わないでもないけれど、それだけで気を引き締める効果があるのか、お嬢さまの肩を持つよーなことをいうネアスなのだ。
『でもでもネアスぅ…やれと言われたって出来ないものは出来ないもの。せめてお嬢さまも何をどうやってすればいーのかくらい教えてくれないと』
「それは聞いてみないと。アイナ様、コルセアは何をすればいいのでしょうか?」
「そうね。コルセア、よくお聞きなさい。そしてネアス。あなたの協力もいりますわね」
あら。てっきり、「それくらい自分で考えなさい!」くらい言われるかとおもったらそうでもなかった。
まあ課題に入る前に作成した研究計画書ではいちおーそれっぽい理屈は書かれていたから、全く考え無しというわけでも無かったんだろーけど、何せお嬢さまがほっとんど一人で書いたものだったしなあ。
ちなみにそれを見せられた三人の反応というと、おしなべて「ダメだこいつ早くなんとかしないと…」的な顔つきになってたような気がする。割とわたしを押し立てたとゆーかわたしがいないと何も出来ない内容だったように思えて、なんでビアール先生もバスカール先生も承認したのか、いまでも謎だ。
「では、説明いたしますわ」
そんなわたしの困惑など気付かぬ風に、お嬢さまは話し始める。
とはいえ、内容としては拍子抜けするほどに真っ当だった。
まず、浮かべる小舟の、暗素界での存在を捉えること。当たり前だけど、それが大前提だ。
そのやり方だけれど、そもそも人間だって素のままでは暗素界の自らの分け身を捉えることは出来ないのだ。触媒を通じてそれを行っているのだから、小舟の存在を捉えることだってそうせざるを得ないことに違いはない。
そして人間がそうすることが出来るのは、それが「我が身」の分け身だからである。であれば可能な限り小舟と我が身を近く置くことで、触媒を通じて暗素界の「小舟と我が身」を一体のものとして捉えることが出来るのではないか。
簡単に言えばそういうことになる。
『でもお嬢さま。それだったら、人間が生身で空を飛ぶことの方が簡単に出来るんじゃないですか?』
「そうね。確かにそれを先にすべきだとは思うわ。いずれそうすることも可能だろうとは思うし、この自主課題の遂行を以てそれは目指す所の一つではある。けれどね、コルセア」
『はあ』
「人は、自らの才覚に拠らずして成すことを増やさなければいけない。対気物理学、と称して学問として展開している以上、それは求められることではないかしら?」
ふむ、と殿下が頷く気配。
バナードは首を傾げてる。
ネアスは……何故か胸の前に両手を重ねて、きらきらした目でお嬢さまを見てた。
『…えーと、だったらわたしにやらせるのでなくて、まずお嬢さまが空を飛べるようになるのが先決なのでは?』
そんな中、わたしは当然だと自分には思える疑問を呈してみたのだけど。
「いやよ。危ないじゃない」
『さいですか』
にべもないとゆーか、意外に現実的なことをお嬢さまは仰った。
「そういうわけなのだから。コルセア、あなたが出来ることをまずお示しなさいな。この小舟を浮かせる、ということに適うのであればなんでも構わないから」
『そうは言われましてもね。うーん……』
まあとりあえず、出来ることを、というのであればとロープで繋がれた小舟に降りたってみる。
掴んで持ち上げ飛ぶのは……まあ無理っぽい。重すぎるもん。
しゃーないので、自分が乗っているこの小舟の存在を暗素界に問うてみる。
具体的にそれをどうやるのか、というのを説明するのは簡単じゃないけれど、自分自身の存在になぞらえて言うなら、ちょうど地球の真裏に自分がもう一人いると信じてそこに向かって大地を穿つようなものだ。
穴が真っ直ぐ地球の中心を通って反対側まで通れば、開いた穴からもう一人の自分とコンニチワ出来る、って寸法なわけだ。例えれば、触媒というのはその穴をいかに正確に穿つか、ということのための補助になると言える。
『なるだけこの舟を自分と同一のものとして……いや、暗素界の我が身に問うてこの小舟が傍にあるかどうかを見極めた方が早いか。えーと……』
固唾を呑む様子の四人の視線を無視し、普段無意識にやってることを意識的にする。いやそれ言うのは簡単だけど、人間が手足の動きを意識して歩いたらかえってぎこちなくなるのと一緒で、むしろ頭がとっちらかっている。
それでもなんとか、暗素界にいるもう一つのコルセアという存在を認識する。そいつはわたし自身でありながらわたしとは別個の存在だ。同じ存在であるのに、何を考えているのかは分からないし、向こうもわたしが何を思っているのかは理解しているまい。いや、理解しているかしていないか、それすら判別はつかない。
それでもそれは、自分と同じモノだ、という認識だけは打ち払えないのだ。そうしたら最悪、現界に留まることが出来ない…いや、同一の存在と認識出来るもう一つの自分が、新たに構築される。向こうも同じ。いや同じではないのか。同じ?うん、そう。同じ。わたし。暗素界。いる。いない。いない。いない。いる。いや、いる。いない?いるよ。いるに決まってる。いなけりゃいけない。いなくなったらわたしがわたしでなくなる。現界に、存在を留められなくなる。それはいやだ。だからいる。いるに決まってる。いなきゃいけない。いて欲しい。いない?そんなことない。いる。いて。いる時。いれば。いない。いやいる。いるってば。いるって言ってよ!
「コルセアっ!」
「コルセアっ?!」
『え?』
…気がついたら、小舟にお嬢さまとネアスが乗っていて両側からわたしの体を支えていた。あれ、わたしどーしたんだっけ?
「……おどかさないでちょうだい。あなた、急にふらーっと倒れて一瞬薄くなっていたのよ…?」
「コルセアぁ……」
え。あれ。
お嬢さまもネアスも、ほとんど泣きそうな顔になってる。何があったの?
「おまえ、一瞬消えかけてたんだぞ?何があったんだよ」
バナードまで真剣な顔で、桟橋からこっちの様子をうかがってる。殿下にしても、見たことのないくらい怖い顔をしていた。
そしたら、なんか納得した。わたし、暗素界の自分を見失いかけて現界での存在を固定出来なくなりかけたんだ。
『……えーと、たぶん暗素界の自分と切れそうになってた。わたし、出自が暗素界だから切れたら多分現界のわたしが消えてたと思う』
「なっ……」
「え……」
一様に絶句するみんな。特にお嬢さまとネアスは、驚きを通り越して怒ってるようにすら見えた。
『……しんぱいかけてごめんなさい。次はもう少し気をつけてやり…むぎゅ』
「馬鹿なことを言うのではありません!……あな、あなたを失ってまでやるべきことではないのですから…っ」
「そうだよコルセア。そんな危険があるのなら断ったって良いんだよ!」
右にお嬢さま、左にネアス。奪い合うみたいにして抱きしめられたわたしは、その温情の確かさに感動するより先に、二人の胸元のボリュームの差に人知れず涙していたのだった。
質量って、残酷。




