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第47話・お嬢さまのはた迷惑な野心

 揺星期…まあ日本の四季でいえば大体夏に相当する時期に入り、高等学校における対気物理学の講義も本格化してきた。

 具体的に言うと、生徒の間でグループを作り、自主的に課題を設けてその研究を進める、というものだ。大学のゼミみたいなものかもしれないけど、大きく異なるのは課題を先生から与えられるのではなく、自分たちでそれを選ぶところから始まることだろうか。

 そして、わたしにとって問題となる一つ目は、お嬢さまの参加するそのグループの組み合わせのことだったりする。


 「よろしくて?このわたくしが参加する以上、このグループは当学園創立以来最高の成果を残さなくてはなりませんの。そのことは理解しているのでしょうね、ネアス・トリーネ。そしてバナード・ラッシュ」

 「は、はあ……」

 「……お、おう」


 この実習用に各グループにあてがわれた個室のど真ん中で、うちのお嬢さまは拳握りしめて熱弁を振るっていた。

 そう、実習グループの組み合わせは、これまた生徒の間だけで決めることが出来る。ので、こーして成績上位者が集まってグループを形成することも可能なんだけど、それだけにより質の高い結果を得ることが求められるのだからして、決して面子を揃えれば先生方から高評価を頂戴する成果を得られるってわけじゃない。能力のあると目されるものは、それ相応の結果を示さないといけないのだ。

 ……ところでグループ分けってわたしいや~な思い出しかないので、そろそろ帰ってもいいですか?


 「コルセア、何を黄昏れているんですの。わたくしたちが成果を得るためにはあなたの力が欠かせないんですわよ?しっかりなさいな!」

 『あのー、その前に一つ二つ確認しておきたいのですが、お嬢さまー』

 「なによ」


 本日初めて入った部屋の中には、まだ資料とかこれから使うことになる各種道具とか、そーいったものは何一つない。テーブルと椅子が人数分あるだけだ。

 そのテーブルの真ん中に鎮座するわたしに向かって、椅子にも腰掛けず仁王立ちのお嬢さま。

 そして、そんなお嬢さまの剣幕に付いていけないのか、曖昧な笑顔というか無表情をどうにか愛想笑いで糊塗したかのよーな、ネアスとバナード。

 わたしはそんな二人を振り返り、真っ正面に立ったお嬢さまに、至極当然の疑問を投げかけた。


 『……なんでまたこの二人を巻き込んだので?』


 お嬢さま、なんでってそれがなんで?、みたいな顔になって、わたしを見下ろす。ご丁寧に大きな角度で傾げた首の動きに従って、豪奢な縦ロールも揺れていた。


 「何か問題があるのかしら?」

 『いや別に問題はないですけど、お嬢さまが二人に声をかけたのでしょ?意外だなあ、と思いましてー』

 「そう?わたくしが求める成果を得るためには、当然の人選だと思うのだけれど」

 『そりゃ成績考えればそうでしょうけど、お嬢さまネアスを目の敵にしてるじゃないですか。目の敵、にしてはお嬢さまがおかわいらしいですけど。バナードにしても、こないだケガした時になんやかんやあったとして、それで弱み握ったつもりになってるとしたら、お嬢さまらしー話ですが。むぎゅ』

 「いちいち余計なことを言わなくてもよろしい。……あなたお腹だけでなく顔の横のぜい肉も増えているのでないかしら?」

 『ひょっひのふおはよへいなおへわれふ』(そっちの方がよけいなおせわです)


 お嬢さまに、でっかい口の奥のトコを両手で摘まんでもみもみされてるわたしをネアスがじーっと見ていた。なんだか羨ましそうに見えたのは気のせいに違い無い。


 「……まあいいでしょう。ネアスは確かにわたくしにとって目の上のなんとやら、ですがそれだけに目の届くところに置いておくべき存在でもあります。バナードは役に立ちそう、だからですわね。他意は無いわよ」


 ぱっ、とわたしの顔から手を離してお嬢さまは台詞だけ聞いたら尊大極まりねー発言をかましてくださる。

 そう聞いて当の本人がどんな顔をするのかと興味深く振り向いたんだけど。


 「わたしは構いませんけど。わたしにとってもアイナ様は共に研鑽に努めるお相手として不足はないですし」

 「俺はネアスがイヤな目に遭わなければそれでいいよ。アイナハッフェが一番危ないから加わっただけさ」

 「あなたネアスの何を務めているつもりなの?」

 「うるさいな。お前に関係ないだろ」

 「その生意気な口の利き方、一度実力を以て思い知らせる必要がありそうね」

 「家名の威光を笠に着るお嬢様に何が出来るか、見てやろうか?」

 「わたくしをそのような凡百の貴族令嬢と同じく扱うなど……あなたも見る目がありませんわね。わたくしは常に自らの実力を以て渡り歩いてきたという自負がありますわ」

 「どうだかな。そう思っているのは本人だけ、ってこともあり得るんじゃねーのか?」

 「侮辱なさる気?」

 「事実を指摘されて腹が立ってるだけなんじゃねえの?」

 「あら、言うじゃない」

 「あんたもな」


 『まーまーご両人。ここは帝国に名の轟くこのわたしに免じて矛を収めてくださいな』


 いきり立って立ち上がったバナードと、鼻息も荒くそれをあしらうお嬢さまの双方を、わたしはテーブルから浮かび上がりつつ宥める。


 「あなた何様のつもりなの?」

 「そのナリで威名を誇られてもなあ。貴族のお嬢様の愛玩動物って話に納得しかできないぞ」


 あら。収めたと思った矛がこちらに向いてきた。

 まあそれでも道化を演じた甲斐があってか、お嬢さまもようやく椅子に腰を下ろし(ふんぞり返りはそのままだったけど)、バナードも元の姿勢に戻り、対面のネアスに何か言いたそーに顔を向けていた。

 もっともネアスはなんだかむくれていて、得意げにも見えたバナードはそんな視線に晒されて首をすくめてたのだけど。なんだろ。


 「まあ良いでしょう。研究室を立ち上げたのがこのわたくしである以上、部屋の座長はわたくしということで、あなたたちにも異論は無いですわね」

 『異論があった場合どーすんですかお嬢さま。いえそれよりわたしもう一つ聞きたいことがあるんですけどね』

 「なによ。これからいいところなんだから邪魔しないで頂戴」

 『いや、さっきからわたし、イヤな予感、てーのがこの角のトコにビンビンと来てまして。一体この二人とわたしを集めて何を課題にして研究しよーってんですか』

 「そんなの決まっているじゃない」


 と、お嬢さまはまだテーブルのすぐ上に浮いているわたしに向かって「びしっ」てな具合に指を突き付けて、そして自信満々に宣う。


 「先生が先日仰っていたでしょう?この部屋では、対気物理学の応用によって人が空を飛ぶ手法を確立させます。コルセア?あなたには期待しているわよ」


 ………イヤな予感、的中。

 バスカールせんせえ。ウチのお嬢さまは先生の薫陶篤く、よけーなことを考える残念な学生になりおおせました。なんてこったい。

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