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第44話・殿下、おいたはいけません

 その日の夕食の席でのこと。

 お嬢さまの父君たるボステガル・フィン・ブリガーナ伯爵は事も無げに、こう言った。


 「うん。その話はこちらでも聞いているよ。ブリガーナ家は帝国を滅ぼす最強の兵器を隠し持っている、とね」

 「お父様っ?!」

 『伯爵さまっ?!』


 えーと。

 お気楽に考えてたよりもずっと話が大きくなっていた。

 どーもわたしの存在は本格的に帝国の存亡を揺るがすモノになっているみたい…と、焦ってはみたものの。


 「……なんて話もあるけれどね。まあ気にしなくてもいいよ。当家に恨みのある家が言ってるだけだから、対処のしようはあるというものさ」


 伯爵さまは事も無げにそう言って、食後のお茶をたっぷり楽しむよーに、カップを傾けていた。

 なんてーかこの人も「ラインファメルの乙女たち」の印象と違って随分図太いっちゅーか居直り気味とゆーか。三周目の時でも、人は良いけど敵の多い伯爵家の御当主としてはちょいとどーなのよ、って気弱さがあったものだけど。


 「大丈夫だよ、アイナ。コルセアは君の大切なペットであると同時に、うちの家族でもあり、我が家の守り神でもあるんだ。滅多なことにならないようにはするよ。その代わり、コルセア?」


 なんでしょ、とお嬢さまの足下からふわりと浮き上がり、上席の伯爵さまを見る。


 「アイナの子供の頃のように、君も彼女を守ってやって欲しい。父親としてはそれが一番気がかりだからね。代わりに、帝国の中での君の立場は当家が守るよ」

 『はぁい。お嬢さまのことなら任せてくださぁい』


 子供扱いしないでくださいませ、とお嬢さまは口を尖らせていたけれど、弟のブロンヴィードくんが隣の席で「姉上」と話しかけてきたせいか、文句の続きは中断されたのだった。


 「何かしら、ブロン。あなたももうすぐ十歳になるのでしょう?食事時にして良い話題と悪い話題くらい選別をつけるべきですわ」


 分別くさく弟君に説教じみたものを垂れるお嬢さまだけど、お嬢さまがブロンくんと同じ年頃は……。


 「……何が言いたいのかしら、コルセア」

 『いえ、お嬢さまも健やかにお育ちになられたなー、と』

 「……後で覚えてらっしゃい」


 うへぇ。

 わたしの生暖かい視線を見咎められ、長い首をすくめる。言っちゃなんだけど、ネアスと敵対する対立ルート、お嬢さまが悪役令嬢として本領発揮するルートではブロンくんは存在しなかったものだから、こーして悪役然としてる姿で弟と接している姿というのはなかなか馴染みが無いというか、新鮮でもある。


 ……そーいやなあー。パレットに渡された「思い出の卵」だけど。

 悪役令嬢ルートなのに人間関係がソレの設定に準じてないのって、あの紐パン女神の手首ごとぱくっといったアレのせいなんじゃないかなあ。

 そのうち顔出すだろーと思って気にしないことにしてたけど、勝手に悪役令嬢ルートに放りこまれたわたしが復讐の機会をうかがっていることに勘付いているのか、そんな気配も無い。

 だったら自分で調べてみるのも手かな、と思って、今日はお嬢さまと離れて一日過ごす許可をもらうことにした。


 「ネアスにくっついていたら承知しませんことよ」


 そう釘を刺されてしまったけれど。別にネアスに乗り換えよーなんて思っちゃいませんて。




 翌日、わたしは学校でお見知りおきあるやんごとなき方に、会いに行った。


 「なんだ、コルセア。二年生の教室棟になど現れてどうした」


 いやねー、お嬢さまとの関係において三周目と一番違いがあるのってこのひとのよーな気がして。学校の中で見かけたところによれば、ネアスともなんだかんだいって親しげではあるし。


 『いえ、わたしも悪名轟くよーになったので、この際校内で番を張ろうかと思いまして。がおがお』

 「悪名?主の危難を救おうと奔走した忠実な竜、としか聞いていないぞ」


 なんと。所変われば評判も変わるものだなあ。貴族さまの間じゃあブリガーナ家を引きずり下ろすネタにされてるってーのに。


 「ああ、その話なら聞いている。伯爵には宜しく伝えてくれ。父も気に掛けていたとな」

 『皇帝陛下が?わたしのことをご存じと?』

 「当たり前だろう。ブリガーナ家に留め置かれているからお前は好き勝手出来るのだ。そうでなければとっくに理力兵団辺りに接収されているところだぞ?」


 接収て。危険物扱いですか、わたし。

 不満そうに軽くむくれていたら、殿下はそんなわたしの不興にも気付かない様子で声を潜め、こんなことを言ってきた。ご丁寧に顔を寄せて来るに辺り、その精悍なお顔にわたし密かにどきどき。いやトカゲにどきどきされても困るだろーけど。


 「コルセア、時間はあるか?少し話したいことがある」


 おや、お嬢さまに隠れて密か事ですか。いーですよー、なんて軽口を叩ける雰囲気でもない。深刻な話かな?まあでも好都合ではあるのでわたしには特に文句もない。


 『いーですよ。天気もいいので日向ぼっこついでにお話しましょーか?』

 「一応帝国の皇子なのだがな、俺も。その話を日向ぼっこのついで扱いにするとはいい度胸だ」


 エヘン、それほどでも。

 …と胸を張ったのは殿下の口振りが一転して冗談めかしてたからなんだけど。そういえば留学前って割と堅苦しくてこんな冗談口にする様子なかったのにね。


 『ていうか、殿下は授業の方はよろしいのですか?』

 「お前とてアイナハッフェの傍を離れているだろうが。付かず離れず、を伯爵より仰せつかったのではないのか?」

 『いくらなんでも学校の中で騒ぎなんか起こさないでしょ。それにわたしが狙われているならお嬢さまの傍に居ない方がいいと思いますし』

 「俺なら大丈夫だと言うのか?」

 『めっそーもございません。わたしに手を出しても殿下に手を出すよーな不届きな帝国貴族などいやしませんでしょ』

 「そうでもないのだがな。まあいい」

 『?』


 なんか一瞬不穏?な空気が……って考えるより早く、殿下は踵を返して歩き出す。

 わたしの姿を見慣れていない二年生(中には初等学校のセンパイさんもいたけど)の注目を集める中、わたしを従えてどこぞに向かい闊歩する殿下は、まあなるほど帝室の血筋とゆーのはやっぱり迫力あるものだなあ、と呑気なわたしでも感心せざるを得ないわけで。

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