第35話・ごぶさた殿下
「お昼休みは楽しそうだったわね」
『ええ、とっても』
しれっと言ってのけたら、お嬢さまは何故か悔しそうだった。ていうかあなた見てたんですか。
「うるさいわね。ネアス・トリーネなんかに尻尾を振る下僕は必要無いわ!」
『あ、じゃあわたしは今日からネアスん家でお世話に…むぎゅ』
浮かびながら回れ右したら、尻尾を掴まれた。相変わらずだなもー。
『……お嬢さま。何度も言ってますけど、わたしを捕まえるのに尻尾掴むのはやめてくださいってば』
「そんなの初耳よ。掴まれるのが嫌ならわたくしの側から離れるのはやめなさい」
初耳?そんなわけないんだけど。
『お付きのペットにもプライバシーってものがー』
「ぷらいばしー?聞いたことのない言葉ね。なんなの、それ?」
『スミマセン、失言でした』
「ちょっと、気になるじゃないの。怒らないから説明なさいな」
説明が面倒だったので素直に謝ったら、妙に食いつかれた。尻尾を掴まれたままだったので、ざっくりプライバシーの概念を説いたら、少し申し訳なさそうな顔になって「ごめんなさい。今度から気をつけるわ」だって。
逆にしおらしくされるのもお嬢さまらしくなくって、お嬢さまはそーゆーのは気にしなくてもいいんですよ、と言ったら「あなたはわたくしを何だと思っているの」と不満そうだった。
『どーすればいいんですか、わたし』
「わたくしのいないところでネアスなどに会うのはおやめなさい」
『じゃあお嬢さまもご一緒ならいいんですね?』
「っ?!……そ、そういうことでは……まあいいわ。その件については後日話し合いましょう。着いたわよ」
なんだかお嬢さまの新鮮な態度にちょっと感動してるうちに、目的の場所にやってきた。
やってきた、というか学内の管理棟の一室なんだけど、普通は学生が出入りするところじゃない。ぶっちゃけていうと校長室、ってヤツだ。校長というか学園長というか。
「失礼します。アイナハッフェ・フィン・ブリガーナです」
「ああ、入りなさい」
そのドアの前に立ち、お嬢さまは控え目に声をかける。ノック無し、は貴族の作法としては正しい。そーいうのは取り次ぎにさせるもので、貴族は自分ではノックなどしないものらしい。
……だったらわたしにノックさせればいいんじゃないかな。
「失礼いたしま……します」
と思ったので、お嬢さまが自分でドアを開けようとしたところを横取りして、わたしが開けてあげた。
まあこれくらいはね、と得意げにお嬢さまの顔を見上げたら、なんか変な顔をしていた。こう、もやもやしたものがあるみたいな感じに。なんなの。
「久しいな、アイナハッフェ」
中に入ると、応接セットのソファに座っていた人影が立ち上がり、こちらに歩み寄る。それが見覚えのある誰なのか…も何も、言わずと知れた。
「殿下……お久しぶりですわ。この度のご帰国と、当学園への編入、お喜び申し上げます」
「ああ。一別以来長く経ったが、無事息災であったか」
「お陰様で、家族も元気ですわ。殿下もよりご立派になられまして」
「ああ」
バッフェル殿下だった。
……だった、んだけど、何か他人行儀だなー。三周目の時は年齢に似合わない愁嘆場を見せつけてくれたものなんだけど。
まあ人前で恋人同士が懐旧を喜ぶ、ってわけにもいかないか。
「積もる話もあるのだがな。まずはブリガーナ伯爵への挨拶を済ませたい。ブロンヴィードも元気か?」
「はい。やんちゃだったあの子も、いつの間にか一端の口を利くようになりました。殿下には身分あるものの振る舞いというものを弟に教えて頂きたいものですわ」
「俺もまだ若僧の身だ。他家の子弟に口幅ったい真似を出来るものではないさ。それより今は…」
と、苦笑混じりだった殿下は表情を真剣に改め、お嬢さまと並んで……いや、お嬢さまに引っ張られて何故かわたしが殿下とお嬢さまの間に挟まれる。窮屈。
それで、殿下と一緒にお嬢さまを待っていたこの部屋の主に向き直ると、いかにも好々爺じみた声が、かけられた。
「ほっほっほ。若人にとって数年は老人の十年をも越えよう。若い婚約者同士の久方の逢瀬を邪魔するのも野暮というものじゃが、ここは爺にお節介を焼かせておくれでないかのう、アイナよ」
「………お祖父様。お立場を悪用して孫娘とその婚約者を転がそうという意図でしたら承知しませんことよ」
………お祖父様?
「だな。マイヨール・フィン・ブリガーナ前伯爵。あなたのその気質は厭うところではないが、自分に向けられるというのであれば面白くはない。せめて学内では学園長としての立場を守って頂きたい」
………学園長?
マイヨール・フィン・ブリガーナ前伯爵。
えーと、お嬢さまのお祖父さんで、ブリガーナ伯爵家現当主ボステガル伯の、舅だよね…?
それが、帝国高等学校の、学園長…?
………そんな設定、聞いたことがないんだけど。どゆこと?




