第34話・再会、攻略対象よ!
お昼休みの学園の食堂は、隣接する大学の食堂も兼ねているから利用する人の数はとても多い。そんな中でネアスはお母さんが作ってくれたというお弁当を一人で食べていて、わたしはその隣にいる。
まあ食堂でもわたしが悪目立ちするのは変わり無いから、ネアスにはちょっと悪いことをしてる気もするんだけど、ネアスは特に気にもとめないで、わたしとは気の置けない会話をしていた。
「わたし、高等学校に入るのは初めてだったんだけど、コルセアはどう?アイナ様のお供で入ったことあったりしない?」
『お嬢さまだって初めて……だと思うけど。でも広くて面白そうじゃない?』
「そうだね。どこに何があるのか把握するだけで三年間過ぎてしまいそう」
『あはは。勉強だけじゃなくって、ちゃんと学校生活も楽しみなよー』
…みたいな。
ただ、アイナお嬢さまにいつも引っ付いているはずのわたしに対して、そういう風に特に屈託もない様子っていうのは、なんだか不思議な感じがする。
悪役ルートだと、基本わたしはお嬢さまのちょい後ろに浮かんでて、ネアスに何かと意地悪をするところをお嬢さまの後ろから見下ろしてただけだしなー。なんか悪役ルートのわたしも、イメージ最悪じゃね?
なので、いろいろと聞いてみたくはあるのだ。
『ネアスはさー、うちのお嬢さまが怖かったりしないの?』
「アイナ様を?どうして?」
『どうしてと言われても。いろいろ難癖つけられてるじゃない?何かと目の敵にされてるし』
「うーん……」
サンドイッチを入れてあった籐の入れものを片付けつつ、ネアスは思案顔。やっぱり思うところはあるんだろうか。
「わたし、小さい頃からお父さんとお母さんと一緒に、アイナ様のお家にお世話になってるんだけど…」
『……そうだね』
「そのご縁でアイナ様とは近しいお付き合いがあって、いろいろいじわるもされたの」
悪役ルートなら、そうなるわよね。ただ、悪役ルートだとトリーネ家とはそんなに縁は無いはずなんだけどなあ。
「でもね、アイナ様って根はお優しいし、わたしが本当に嫌なことはされないもの。厳しいことは言われちゃうけど、わたしのことを認めた上で言ってくれることだから、そんなに困ったりはしないかな」
『そっかー』
お嬢さまは根は優しい、っていうのは分からないでもない。
例えば今朝の登校場面だって、本当に悪役令嬢張っているなら御者のおじさんにもっと当たりはキツいし、ネアスに会うなり「庶民の分際で!」みたいなこと言ってただろーし。
だから、本当に悪役ルートなのかなあ、って気はしてる。
でもなあ……三周目の、高等学校初日のイベントとかを思い出すと、やっぱりお嬢さまはネアスを煙たがっているっていうか、意識してはいるんだよねー……。そこのところ、どうなっているのかがまだよく分かんない。
何故か今回に限って、幼少期ルートをすっ飛ばして始まっている、ってのにも何か理由があるんだろうし。
ダメだ、やっぱりあの紐パン女神を捕まえて聞き出さないと。
「それにね、コルセア」
『ふぇ?』
気がつくと、片付けを終えたネアスがイタズラっぽい笑顔で隣の席のわたしの喉元に指を伸ばしてくる。
「こーんなかわいいドラゴンが側にいるのに、わたしがアイナ様を避ける理由なんかないかな。アイナ様から遠ざかったら、コルセアをこうすることも出来ないもの。えいえい……どう?」
そして、片頬杖つきながら反対側の手でわたしの喉をかいぐりかいぐり。うう、気持ちいーけど……やっぱりね。
『んふふ。気持ちいいけど、こればっかりはお嬢さまの方が上よね。ネアス、もっと修行しないと』
「ざんねん。アイナ様にはまだ勝てないかあ」
ふふっ、ていう年頃の少女の気持ちよい笑みと、ぐふふ、というトカゲの気色悪い笑い声が被ったところでそろそろ昼休みも……まだ時間はあるのか。どーしよ。お嬢さまのところに戻るか、このままネアスと遊んでいよーか、と思った時だった。
「ネアス・トリーネ!」
「え?」
『んあ?』
不粋な少年が乱入する声。テーブルの正面に立ち、そんな声をかけてきたのは。
「久しぶり!去年の合同授業以来だな」
「バナードくん…!」
ネアスと同じ黒髪の、第二の攻略対象、バナード・ラッシュだったりした。そういえば同じ学校に入って、本格的にネアスとの仲が深まったり深まらなかったりするんだっけ。まあ前回と違って今度は深まったらわたし的にはちょっと困ることになるんだけど。
その点、肝心のネアスの反応は、となると…。
「約束通り、俺も帝国高等学校に入学出来たから。これから一緒にがんばろーぜ!」
「うん!良かったね、一緒にがんばろ?」
をや?なんか満更でもなさそーな……。頬を赤らめてこそいないけど、喜んでいるのは本気っぽいかも。うーむ。
「……で、そこのトカゲ。お前のところのお嬢さまは相変わらずネアスにいじわるしてんじゃないだろうな?」
そして一転して、わたしの方には胡乱げな視線を向ける。トカゲ言うなや。自分で言うならいいけど他人に言われるとムカつくんだい。
『わたし?まあいじわるかどーかはネアスが決めることだし。それよりうちのお嬢さまに無体なこと言ったら囓るぞ。がおがお』
伸び上がって歯を鳴らしたら、ビビりもせず「へっ、やるのかこの野郎!」と挑発してきた。まあ怒ってるとかじゃなくて、不敵な笑み、って感じだったから、お互いじゃれ合いみたいなものだろう。それが分からない関係でもないだろうから、わたしは大人しく席を外して、二人にさせておくことにした。
「あれ、コルセア?行っちゃうの?」
『邪魔しちゃ悪そうだしね。ネアスはお友達と旧交を温めているといいよ』
「うん、ありがと。アイナ様によろしくね」
『はぁい』
「これからは俺がネアスの側にいるからな!伯爵令嬢ったって勝手な真似はさせないぞ、って言っておけよ、コルセア!」
『はいはい』
「ラインファメルの乙女たち」の攻略対象は、熱血少年みたいなことを言いながらわたしをしっしと追い払った。ネアスに窘められていたのはざまぁみろー、と思わないでもないけど、なんかややこしそうな人間関係に、わたしは頭痛がする思いだった。




