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第31話・長い幸せの終わりと女神の企み 後編

 「何百年ぶりかしらね、あなたに会うのは」


 見覚えのある、紐パンを穿いた女神がそこにいた。


 「紐パンを強調すなっ!……ったく、あたしのことを思い出すより先にそっちが思い浮かぶってどういうことなのよ」


 だってあんた、そっちの印象のが強いし。


 「花の女神パレットよ!いい加減覚えなさいっ!!……って、まあいいわ。それよりあなた、随分お寂しい最期を迎えているものね。悪い方に見違えたわ」


 うっさいな。あとは消えて無くなるだけの竜に、一体何の用よ。


 「用も何も。あのさあ、あたしあなたに言ったわよね。この世界に送り込んだのは、多くのひとの望みをかなえるため、って。覚えてる?」


 不本意ながら、覚えてる。この体、年とっても物忘れが酷くなるってことが無くて。

 まあお陰で、昔のいいことを思い出してればまあまあ平穏に暮らせてたわよ。


 「だーら!あなたの老後のために転生させたわけじゃねーっつーのよ!!……あのさあ、あなたの大事なお嬢さまとお友達なんだけど、本当に幸せだったと思うワケ?」


 ………。


 「お嬢さまの方はまだいいわよ。一応、人並みの幸せは手に入れたみたいだし。でもね、ネアスちゃんの方は……どうだったか、知ってるの?」


 有名な研究をしたんでしょ。幸せだったかは分かんないけど、わたしにはどうも出来なかったわよ。


 「そうね。そこで『きっと幸せだった』とか言ってたら女神の罰を与えてたトコよ。結局ね、あの子は……望まない立場に祭り上げられて、働き通しで、倒れてそのまま死んじゃったわ。あなたたちと別れて十年も経たないうちにね」


 ………。


 「その間、何かを忘れるように研究に没頭して、誰も寄せ付けないように仕事をして、それでそのままよ。誰かさんには心当たりのある最期だったんじゃないの?」


 パレットは、吐き捨てるように言ってわたしから目を背けた。

 わたしの伏せた顔の先に立っているけど、そのまま鼻を蹴り上げそうな勢いだった。昔と違って、わたしの頭部だけでもコイツより大っきいんだけど。


 「あたしはね、あなたがそこそこ上手くやってるみたいだからそのままにしておいた。でも、結局ダメだった。もう手遅れだったから、あなたの失敗をあなたが思い知るまでほっとこうって思った。それで、あなたのいまわの際にやって来て、こうしてる。どう?少しくらい後悔はしたくなった?」


 ………。


 「何よ、その目は。耄碌したあなたなんかもうこわかないわよ。どうせ火を吹いたってゾンビの屁みたいなもんしか吐けなあちゃちゃちゃちゃぁっ?!」


 サイズの違いを舐めんな。ゾンビの屁でもあんたを剥いて紐パン露出させるくらいは出来んのよ。


 「あ、あ、あなたねぇぇぇぇぇ……女神にこーまでしてくれてどうなるか分かってんでしょうねぇっ?!」


 知らない。どうせわたしなんか、失敗したことを教えられて後悔したまま消えてくだけだもの。

 あんたはそこでパンツ丸出しのまま、わたしが消えるのを眺めてろ。


 「……ネアスちゃんにあんな最期を辿らせて、そのままで?」


 ………。


 「やり直せるってことくらい、知ってんでしょ?四周目、いってみない?」


 ………いやだ。


 「……なんで?」


 ………なんで、もなにもない。

 わたしは、自分で頑張ってこうなった。ネアスのことは気の毒だと思うけど、どうにもならないことをやり直したりしたら、それは自分のやったこともお嬢さまやネアスと一緒に過ごした時間も、全部無かったことにしてしまう。

 そんなのは、イヤだ。

 わたしだけが覚えていたって、お嬢さまやネアスが覚えていないんじゃ……そんなの、意味が無い。

 だから、わたしはもういい。これでいい。

 ネアスが辛い最期を迎えてしまったことの罰なら、わたしがこの数百年を一人で過ごしたことで、充分受けたでしょう?


 「…………」


 だから、四周目とかそんなのは、もうやめて。

 これはわたしからの、お願い。

 お嬢さまやネアスと一緒に過ごしたあの時間を汚すような真似だけは、絶対にしたくない。


 「…………はあ」


 パンツ丸出しの女神は、おっさんくさく胡座になってわたしの鼻先に腰を下ろした。

 なんだか疲れたというか呆れたというか、そんな様子だった。


 「………じゃあ、あたしの方もお願いするわ。あのね、あたしの目的っていうのを教えてあげる」


 聞きたくない。


 「いいから。あのね、あたしの…というより、あたしの受け取った多くの人の願いっていうのは……『ラインファメルの乙女たち』の主人公ネアス・トリーネと、悪役令嬢アイナハッフェ・フィン・ブリガーナの………カップリングなのよ」


 …………………………………………はい?


 「随分長かったわね。まあそういうことよ。彼の地にて、この二人のカップリングを強く望む願いが多くあった。あたしはそれを受け取った。それを成すことの出来る最適の人材として、あんたを選んだ。それが成し遂げられないうちは、あたしも諦めるわけにはいかない。おけ?」


 …………………いや、おけ、も何もあるかい。


 それじゃなにかい。わたしは「ラインファメルの乙女たち」の腐ったファンが抱いた二次創作めいてる妄想を形にするために、死んだ後もトカゲに憑依させられて数百年も一人で過ごさせられてた、ってわけかい?


 『冗談じゃね───────っ!!』


 「わっ」


 むくりと起き上がって思わず咆吼。ついでに久しぶりにド派手な火を吹いて、多分成層圏にまで達したかもしんない。いや成層圏なんてものがあるかどうかは知らないけど。


 『アホかぁぁぁっっっ!!大体乙女ゲーの主人公と悪役のカップリングなんか地雷もいーとこでしょうが!悪役令嬢は悪役らしく破滅することでゲーマーの溜飲を下げるのが役割なのよっ?!その大・原・則に逆らうよーな真似をどこのドアホが望むってのよ!今すぐここにそのアホを連れてこいっ!わたしのこの火炎で説教してくれるわっっっ!!』


 「うわー、元気出たじゃない。そうね、まあ原理主義者的にはそうかもしれないけど……こと『ラインファメルの乙女たち』に限ればそうでもなかったみたいなのよ」


 『どういうことよ』


 「あのゲームは、幼少期の展開によって主人公ネアス・トリーネと悪役令嬢アイナハッフェの関係性が違ってくる。悪役令嬢としての役割ももちろんあるけれど、ライバルにもなり得て、良き友人ともなり得る。だから、そんな二人の睦まじい姿を望む多くの声があっても……おかしくないんじゃない?」


 『…………』


 考えてみる。

 二人が最後に会ったその日、ネアスはお嬢さまに気持ちを残していく、みたいなことを言っていた。お嬢さまは、それに応えられないことを謝っていたようにも思える。

 じゃあ……。


 「んふ。心当たりあるみたいね。そうね、相思相愛…ってわけじゃないにしても、少なくとも互いに憎からず思ってはいたはずだわ。卒業式の日に、互いに縛られていたものを振り解く結末も期待してはいたんだけど、どうもそうはならなかった。だから、もう一回あなたにやってもらいたいのよ。どう?」


 ………。

 だから、どうも何もない。わたしは、どんな結末であっても、今までの時間を無かったことになんかしたくない。それだけなんだ。


 「それについても救済策はあるの。ね、バックアップはしてやる、って昔言ったでしょ?」


 『………何をする気?』


 「はい、これ」


 と、パレットはドレスの袖の中から卵サイズの白い球体……いやどう見ても卵だろコレ。


 「これはね、思い出の卵っていうの。これをあなたにあげる」


 ていうか実際卵だった。これで何が出来るっての。


 「あなた…っていうか、茅薙千那なら分かると思うんだけど、ループもののアドベンチャーゲームでさ、繰り返しプレイをすることでフラグが蓄積されて、新しい展開が生まれてく、ってヤツがあるんだけど」


 遠い記憶だけれど、そんなものもあったような気がする。


 「これは、その集積されたフラグみたいなもの。あなたが二人と過ごした時間の影響っていうものが、全部この中に詰まってる。これを持って次の周回に行くことで、あなたは今までの時間を無駄にしなくて済むの。どう?」


 ……そんなこと言われても。


 ただ、癪に障るけれどわたしはグラついていた。

 卒業式の日に、ネアスがどんな気持ちでお嬢さまに取り縋っていたのか。

 お嬢さまがどんな思いでネアスを見送ったのか。

 それを考えると、悪魔と契約するよーな真似であっても、やってみたいと思えてしまう。


 『………』


 卵を見ていた視線を、パレットの顔に向ける。

 正直、胡散臭い笑顔でも浮かべていると思ってた。

 でも、ヤツはとても真剣な顔をしていた。

 だから、まあいいか、と思った。


 『……分かったわよ。これ、どうすればいいの?』


 「やってくれるのっ?!よっしゃこれで来期の女神査定も……イエナンデモナイデス」


 ……やっぱり断っておきゃよかったかな。


 ともかく、腹をくくったわたしは卵を受け取った。丸呑みすればいいと言われたから、ヤツの手ごと咥えた。卵を呑み込んで口を開いたら、袖口から先が丸ごと消えていた。


 「腕がぁぁぁぁぁっ、腕がぁぁぁぁぁっ?!」


 どうせ袖の中に隠すどっきりでしょ。流石に手までは囓ってないもの。


 「まあね。宴会芸としてはかなり迫力あると思うんだけど。どう?次の忘年会で一緒にやってみない?」


 一体どこの誰の忘年会だ。うっかり承諾したらとんでもない場所に連れていかれそうだ。

 にょきっと袖の中から何ともなってない手を出してご満悦のパレットを、やっぱりお焦げにしておけば良かったかも、と考えてたら、その気配を察したのかパレットは慌てて短い杖を取り出し、呪文みたいなものを唱え出す。


 「さ、さあー、そうと決めたら早いが吉!早速四周目、行ってみよーっ!」


 『まさか今度もダメだったら五周目行こう、とか言わないでしょうね』


 「あなたの気の済むまでやってあげるわよ。あたしとしては、あの二人がくっつけばそれでいいもの。その上で、あなたの納得するようにやんなさい!」


 振るわれた杖の軌跡に、光の粒が灯る。そこだけ見ればサマになっていただろうけど、いかんせんパレットはパンツ丸出しの下半身露出魔の姿だった。


 「やかましいっ!……ったく、それじゃ諸々頼んだわよっ!!」


 二度、三度と繰り返し杖が振られ、その度に光の粒がわたしの体を覆っていく。

 繭のようにわたしの体を取り巻く光が増えると、パレットの姿は見えなくなった。


 そういえば聞くのを忘れてたんだけど、今のわたしの記憶とか四周目が始まるタイミングとか、その辺どうなるんだろ。


 割と大事なことだったんだけど……と思いながらも目を閉ざす。

 次にそれを開けたら、数百年ぶりに見えたブリガーナ伯爵家の邸宅の懐かしき光景が目に入った。思わず涙が零れたように思う。




 ……けれど、それからしばらくして。

 事情を理解したわたしは………ヤツを炭にしなかったことを、心底後悔していた。 

※カップリングの可否については、あくまでも主人公の見解です。作者はアリだと思います。でなけりゃこんな話書いてませんて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここからが本番という感じですね。 非常に楽しみです。
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