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第29話・中等部時代の紅竜的ゆるゆるな日常

 芳麦期終わり頃のお嬢さまの誕生日からしばらくして、お嬢さまとネアスは初等学校を卒業した。

 といって、一年前の殿下の卒業と同じく、学校としてそれほどドラマチックな展開があったわけじゃないし、実のところこれから迎える中等部の三年間も、「ラインファメルの乙女たち」においては中略されたり回想シーンで語られたりするだけで、目立って何か変化があるわけでもない。

 ので、わたしとしてもお嬢さまのペットドラゴンとして、ネアスの友人…友ドラゴンとして日々過ごしていければそれでいーんだけれど。




 それは、中等部三年の、間も無くお嬢さまの誕生日も近い日のことだった。

 最近寒い日が続いていて、トカゲの仲間としてはしばらく冬眠でもした方がいいのかしら、と思う中、わたしは暖を求めてお嬢さまの部屋に入った。

 休日の午後、特にお出かけもせず勉学に勤しむお嬢さまを眺めながら、日当たりのいい部屋でお嬢さまのベッドの上でゴロゴロしてよーという魂胆からだ。


 『お嬢さまー、寒いのでお昼寝させてくださー……おや?』


 ノックをした上で声もかけて入った部屋の主は、机に向かってなんとも物憂げな顔つきになっていた。

 今更な気もするけど、現在のお嬢さまのお部屋を描写すると、広さはテニスコート半分くらいを誇り、装飾の豪華な書棚に応接セット、隅の方には天蓋付きベッドとかゆーものもある。

 その他、どっかの社長さんの机みたいな立派なものが据え付けられてあり、それは日本の学生の部屋みたく壁に向いているのではなく、部屋に入った真正面に、広い窓枠を背中に部屋の入り口と対面するようにして据え付けられている。

 ちなみに前伯爵さまが現役当時に使っていた部屋だとかで、それをお嬢さまに譲って使わせるとか、まああの無軌道なじーさまの孫可愛がりも大概だと思う。


 『お嬢さまー?珍しく乙女っぽいため息なんかついてどしました?』

 「珍しく、とはごあいさつね。わたくしだって、遠くから届いた婚約者の手紙で物思いにふけることくらいあるわ」


 勉強してる様子もなく悩ましげだったのはそれが理由ですか。

 側に寄ってって、手紙の中身が殿下からの時候の挨拶とお嬢さまへ向けた愛の言葉であることを確認。

 そしてわたしは惚気られても困るとばかりに曖昧な笑顔を浮かべると、厨房におやつでももらいにいこうかとその場を去り…。


 『むぎゅ。……お嬢さま、わたしを引き留めるのに尻尾掴むのはやめてください、と何度も言ってるじゃないですかー』

 「いいじゃない。ちょうどいい場所にあるんだから」


 家の中、ということで解いた髪を優雅な手付きで梳きながらイタズラっぽく笑うお嬢さま。まー、割とこのひとのこーいう表情に、わたしは逆らえないんだよなー。

 …ってことで、大人しくでっかい机の上に鎮座。そろそろ柴犬サイズになってるわたしが乗っかってもまだまだ広さに余裕はある。


 『……で、何を悩んでらしたんです?』

 「……悩んでるように見えるの?」

 『少なくとも愛しい婚約者から手紙が届いて浮かれてるよーには見えませんでしたけどねー。ただ、悩みの内容は割と色っぽいよーにお見受けしましたケド』

 「……十四の小娘に向かって言う台詞じゃないわね」

 『小娘を自覚出来るなら、一人前になれるのもそう遠い話じゃないですよー』


 机の上でごろんと寝転がり、お嬢さまを見上げると、茶化したことを言われた割にお嬢さまは苦笑もせず、また悩みとの対決に戻ったみたく真剣な顔になっていた。


 『……実際、どーしました?わたしで聞ける話なら聞きますけど』

 「まあ、あなたにも無関係とも言えないのだけれどね……コルセア、あなた最近ネアスとは、どう?」

 『どう、と言われましても。いつも通り仲良くやってます。変わったこととか言いますとー…』


 多少、はしゃいでる風に見える時はあるんだけどね。

 なんでも、バナードの帝国高等学校への編入が決まったとかで、対気物理学のライバルが同じ学校にやってくるー、って。

 まあこれは「ラインファメルの乙女たち」のシナリオ通りの展開だから別に驚くことでもなくて、ちょっと意外とゆーか「あれ?」とわたしが思っているのは、小さい頃からバナードへの態度があんま変わってないよなー、って感じることだったりする。

 攻略対象との仲が深まっているのなら、わたし的に「ああんネアスかわいいよぉ…」って萌えるよーな場面があってもおかしくないと思うんだけど。


 『……あんまり変わってませんねー。ネアスは昔からずっと、元気で才能豊かな女の子のままですよー』


 なので、わたしとしてはいつも通りだよ、って意味でそんな風に言った。ていうかそう言う他無かった。

 そしたらお嬢さま、今度は苦笑しながら横になったわたしのお腹をかいぐりかいぐり。あー、気持ちえー。ごろごろ。


 「あなたそうしてたら竜というより完全に猫よね」

 『お嬢さまの指先が魔法みたいなんですよー。わたしの喉をこうも唸らせる手腕についてはネアスよりも完全に上です。わたしが保証します』

 「ありがとう。褒められたと思っておくことにするわ」


 苦笑転じて本当のにっこり。元悪役令嬢がよーもまあこんなに愛らしい娘さんに育っちゃって。

 ごろごろ、だけじゃなくてきゅーきゅー鳴いて、お嬢さまに更なる撫で撫でを催促。はしたないペットのおねだりにお嬢さまも興が乗ったのか、その後しばらく伯爵家のお嬢さまと竜の幼生のいちゃいちゃは続き、結果、わたしはお嬢さまの悩みとやらを忘れてしまったのだった。不覚。

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