第27話・お嬢さま、はぴばすで!
初等部最終学年といいつつ、特に目立ったイベントも無かった一年、でもこれだけは、っていう出来事があった。
「アイナハッフェ様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます、ブーフェン侯爵。贈り物も早速部屋に飾らせて頂きましたわ」
「これは久しくお目に掛かっていなかったが、実に美しく育たれた。留学中のバッフェル獅子弟殿下にも良き知らせが出来ましょう」
「それがお世辞でないことを願いますわ、ティモンジュ公爵閣下。殿下からも今朝方祝いの手紙が届きましたので、返事には閣下からお褒めの言葉を頂戴したことを添えさせて頂こうと思います」
……ブリガーナ伯爵家の大広間で繰り広げられてるお嬢さまの誕生パーティーの様子を、物陰からしばしボケーっと見てから、わたしはお嬢さまの部屋に戻った。
本来、貴族の子弟の誕生パーティなどというものは、社交界にデビューと同時に華々しく催されるものなんだけど、うちのお嬢さまの場合第三皇子殿下の許婚、という立場もあって、慣例より一年早いデビューと相成ったわけだ。
まあそれであれだけの如才なさとゆーかソトヅラの構築っぷりというか、とても小学校六年生の児童と同じ歳とは思えない。そういう教育されてるってのは分かるんだけど……。
「あ、おかえりコルセア。アイナ様、辛そうじゃなかった?」
『ん、今のところは大丈夫みたい。……やっぱり心配?』
部屋に入ると、来客用のソファーに腰掛けていたネアスが立ち上がって駆け寄ってきた。ていうか、「駆け寄る」なんて表現が出来る部屋って一体何なの。
「うん……だって、いくらなんでも十二歳になったばかりで大人の人たちにかこまれて、うれしくもないお世辞に返事しないといけないんだよ?わたしだったら逃げ出しちゃう……」
『まあそうなんだけど、貴族ってのはそーゆーものだしなあ……』
ブリガーナ家は、建国の元勲以外に与えられる爵位としては最上位の伯爵位を持っていて、しかも何かと事業が上手くいってて金回りのいい家だ。当然、それに取り入ろうとするうぞーむぞーには事欠かない。幼年期ルートでお嬢さまがとんでもなく捻くれて育って悪役令嬢になってしまうのも、そーいう事情がある…とは「ラインファメルの乙女たち」の中では大きく取り上げられてはいなかったけど、なんとなくそう思わせられる描写があった気がする、のはお嬢さまヒイキのわたしの思い込みなんだろうか。
『とにかくね、ネアス。わたしたちはお嬢さまが戻ってきたときに安心出来るよう、この部屋で待ってよ?』
「……うん、そうだね。わたしたちに出来ることなんか、それくらいしかないものね」
『そこまで卑下したもんじゃないと思うけどね…』
ネアスは、トリーネ家がどんなに伯爵家から厚遇されているといっても自分自身は貴族じゃない。だから、お嬢さまの誕生日パーティに潜り込んでお嬢さまをサポートすることも出来ない。
分かっていても何も出来ないのがもどかしくて、ネアスはクッションを抱いてソファの上で横になるしか、やれることが無さそうなのだった。
それから二時間ほどして、お嬢さまが戻ってきた。子供はもう寝る時間、ってことなのかもしれない。きっとパーティ会場では伯爵さまがまだ疲れた笑顔を浮かべてることだろう。おつかれさま。
「……ん~~~、大変だったわ…。ネアス、待っててくれてありがとう。あとコルセア。どうせなら一騒ぎ起こしてくれても良かったのに。気が利かないわね」
『いつもと言ってることが違いませんか、お嬢さま』
「あはは。おつかれさまです、アイナ様。今お茶を持ってきますね」
「お願いね……さ、着替えるからコルセアは手伝ってちょうだい」
『はいはい』
社交界デビューを果たした、と言ってもドレスコードは子供向けのものだから、特に背中や肩がずろんと露出したドレスでもない。でも一人で脱ぐのは大変みたいで、わたしは前脚の爪の先を器用に操って、お嬢さまのお着替えを手伝った。
『にしてもお嬢さま。だいぶ身体のあちこちがいー感じに出たり引っ込んだりしてきましたね』
「な、なによそのいかがわしい言い方。わたくしだって成長はするわよ」
高等部以後の姿ならイベントスチルでたっぷり堪能したことのあるお嬢さまのないすばでーは、十二歳の今でも既に将来性豊かに見える。って、なにゆってんのわたし。
『そういえば殿下は今どうなさってるんでしょうねー。手紙、届いていたんでしょ?』
「そうね。遠くにいても、殿下のお優しさは変わってないわ」
ふふ、と手紙の内容を思い出してか、お嬢さまは上機嫌に含み笑いなんかしてた。わたしはそれで、ふと自分の胸の内に沸いた不安の黒雲めいたものも霧散して、パーティに列席してたお客の悪口なんかを言い合いながら着替えを済ませた。
「ありがとう、コルセア。これで落ち着けそうね」
『はい。お疲れさまでした、お嬢さま。ドレスはどうします?』
「あとで誰かが取りにくるでしょう。その辺にかけておけばいいわ」
「遅くなりましたぁっ!」
タイミングよくネアスが戻ってくる。お茶の他に焼き菓子なんかを山ほど乗せたお盆を持ってる。片方の手は扉の開け閉めに使ってたから大分危なっかしくて、わたしはお盆の方の援軍に回った。あ、ネアスのお母さんのお菓子だ。
「その、そこで母が持たせてくれたもので。アイナ様はお疲れでしょうから、甘いものを召し上がっていただきたいと」
「ありがとう。今日一番うれしいプレゼントね、それは」
「まあ、そんな…」
ここからは子どもの時間。今からは、自分たちだけでお嬢さまの誕生日をお祝い出来る。わたしとネアスにとって、そういう時間だ。