第26話・ガールズ、ビー・アンビバレントと言ったとか言わなかったとか
初等部最後の年、といっても実際はそれほどイベントが豊富、ってこともなくて、一年が淡々と過ぎていった。
対気物理学の授業も本格化し、ネアスはもちろんお嬢さまも自分なりの「型」っていうものを見つけたみたいで、ネアスには及ばないとしてもめきめき力を付けて、対気物理学の成績でも四十人ほどの五年生たちの中でも上位に君臨するように、なっていた。
それ以外の勉強の成績も極めて優秀。いずれ帝室に入ると目されていることもあってか、語学の勉強には特に熱心で、外国からのお客様が来た時など通訳を任されるほどになっていたくらいだ。
故に、総合的な成績は間違い無く学年トップ。
その親友のネアスは、というと、貴族子弟向けの礼儀作法などは四苦八苦してるみたいだけど、もともとの性格が勤勉で、お嬢さまに負けじと頑張るものだから、かなり肉薄はしている。
礼儀作法の他には語学がお嬢さまには及ばないということで、対気物理学の成績を含めても総合トップには並べていないけど、それでも二人居並ぶ様は初等部の下級生から素直に憧憬の目を向けられているのだ。
まこと、お嬢さまのペットにしてネアスの親友としては鼻高々であーる。
ちなみにわたしは、対気物理学の講師としてバスカール先生の講義に招かれたりもしたけれど、たっぷりケレン味を利かせた講義は生徒たちにはともかく先生には不評だったようで、数回勤めたあとお役御免になってしまった。
やっぱり対気物理の原理としてドッヂボールを教えたのはマズかったのだろうか。その後生徒たちの間でブームになってたから、失敗したとは思わないんだけどなあ。
「どうしてあれが原理の説明になるのか、ぜんぜん分かりませんわよ」
『でもでもお嬢さまー、力を投げかけることと、それが還ってくることの意味は説明できてるはずだと思うんですよー』
「あはは…対気の作用にコルセアが火を吹いて代用したりしてなければよかったと思うよ?」
「そうね。そのおかげで運動場が焼けこげたり大穴あいたりしてなければ、ね」
お嬢さままでひどい言い草だ。空いた穴はちゃんとその夜埋めといたのに。
「まあ熱心なのは悪いことではないわよ。あなたの場合、常識というものがないだけなんだから。さて、ここね」
旧校舎の、もう使われていない一画の、これまたいかにも誰も寄りつきません、といった風体の部屋の前に立つ。
わたしたち三人は、バスカール先生に頼まれて古い触媒の見本を取りに来ていた。ていうかいくら古くて使えないものだからって、こんな倉庫以下の場所に片付けなくてもいいと思う。取りに行かせられるこっちの身にもなって欲しい。
「ネアス、カギを開けてちょうだい」
「はい、アイナ様。……開かないですね」
開かない、というかそもそもカギが錠前にささらなかった。カギ間違えてるんじゃないの?
「ううん、これでまちがいないと思う。さびちゃってカギ穴に入らないみたい。どうしよう…?」
『わたしにまかせて。えい』
バキ。
カギと負けず劣らず錆塗れだった錠前が、爪の一撃で崩壊した。脆い。カギの意味ないんじゃない?これ。
「ちょっと、何やってるのよ。壊してしまったら閉めるときどうするの」
『なんか代わりのカギもらってきます。お嬢さまとネアスは先に探しててくださいな』
「……まったく。竜だからって力まかせもほどほどになさいな」
『はぁい』
お嬢さまの呆れ声を背に受けて、またふよふよと飛んで行く。そういえば最近すっかり脚で歩くこと減ったなー。
運動不足のせいか、こないだもネアスに「おなか、ぽっくりしてきたね」と、下腹を感心したようにナデナデされてしまったし。ぽっくりじゃなくてぷっくりだい、とその時は言い返したけど、よく考えたらそういう問題じゃない。
…しゃーない。せっかくだから降りて歩いていこ。
それで時間はかかってしまうけど、お嬢さまとネアスのことをほっとくことになるのも気にせず、わたしはバスカール先生のところに向かったのだった。
そして、慌てた先生が右往左往して代わりのカギを探していた分更に余計に時間がかかってしまい、ダイエットの決心なんかすっかり忘れて暗くなりかけた旧校舎に飛んで戻った。
『やばっ…急がないと真っ暗になっちゃう』
バスカール先生に借りたランプを手に、火が消えない程度に急いで戻る。あの二人は灯りなんか持ってなかったから、捜し物といっても難儀するだろう。それとももう見つけ終わって「コルセア!遅いですわ!」とかって叱られるんだろうか……っていう心配は必要なかった。倉庫部屋に戻ってきたとき、扉はまだ閉ざされていて、中から話し声が聞こえてきたからだ。何話してるんだろ。
立てるとも無く聞き耳を立て、漂うようにして部屋に近付く。やば、ちょっと楽しくなってきた。わたしがいないときってあの二人どんな話してるんだろ。
「……めです、ネアス。わたくしには…」
「でも、わたしほんとうにわからなくて……」
「わたくしだって……わからないことは…」
「……アイナ様は、わたしよりもこの…をご存じのはず……」
「……ネアス……わたくし…」
…授業の相談でもしてるのかな?二人とも勉強熱心だなー。
わたしは少し安堵して、部屋の扉を開けた。
『おそくなりましたー!これこの通り灯りも持ってきたので帰り道も安心ですよー!……って、なにしてたんです?二人とも』
「あ」
「え?」
真面目に捜し物をしてるのかと思ったら、お嬢さまはお尻をぺたんと降ろし、そして後ずさるよーに両手を床につけていた。
ネアスの方は、背中を反らしたお嬢さまの顔を心配でもするかのよーに、真正面からのぞき込んでる。見ようによっては迫ってるように見えなくもない。
で、闖入した(なんでこの表現になるんだろう?)わたしに揃って顔を向けると、二人は我に返ったように急に慌て始める。
『……あのー』
「……おっ、遅かったじゃないのコルセア何してたのよ!もうさがし物は終わったわ!さ、さあ帰りましょうか!」
「はっ、はいっ!……あの、アイナ様…?」
「知りません!」
『……?』
なんか立ち上がってプリプリしてるお嬢さまと、そのお嬢さまの顔を下から覗き込んでいるネアスが、なんだかこれまでにないくらい緊張しつつもえらく楽しそうでもあり。
…なんか、わたしとしては除け者とゆーか邪魔者にされたみたいな空気を感じ取って、帰り道は一言も話せなかったり、したのだった。