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第25話・伏線というのは分かってもらえなければ意味が無い

 新学年が始まってから数日経ったとある日の夜。わたしは最近日課にしている夜の散歩をしていた。

 帝国首都の地域は年間通じて気温の変動が少ない穏やかな気候を誇る。流石に暖かい時期と寒い時期の差くらいはあるけどね。

 で、多分新学期の季節感とか演出の都合上だと思うんだけど、新学期というのはこれから温かくなりますよー、っていう散月期の始まりと同時に開始されるのだ。

 この際だからこの世界の暦についても説明しておくと、一年は四つの季節に分けられて、一年の始まりから散月期、揺星期、芳麦期、青颯期とそれぞれ呼ばれている。

 それぞれどうしてそんな呼び方になっているのか、っていうと、例えば散月期についてはこの季節は大気の影響で月が朧のように霞んでいるから、なのだそうだ。天候や気象に由来するものがいずれも季節の名称になっている辺り、日本人的には馴染みやすい。ていうか日本のゲームだった。


 で、そんな薄ぼんやりとした月を見ながら首都上空をふよふよと飛んでいると、なんとなくここまでの道のりなんかに思いを致してしまうわけだ。

 そうねー……これがループの三周目、と気付いた時はどーすりゃいいのよ、と思ったわけなんだけど、生まれ変わったのが悪役令嬢でその没落と一緒にわたしもろくでもねー最後を迎えるっていうんなら、そーならないようにするのが理の当然、ってわけで。それにループしてるってんならいつまでもそれを繰り返すわけにもいかないのよね。

 そういえば二周目の最後の記憶って、お嬢さまが断罪された時のことなのに、その後ネアスやわたし自身がどーなったのかって覚えがないのよねー。そのまま三周目になった、としか実感が無い。一体あのパレットとかいう名前の自称女神はわたしをどーしたいんだか。


 ……ま、いっか。どうせ考えても仕方ないしね。考えるなら楽しいことを考えた方が健康にいいもの。

 そして楽しいこと、といえばもう最近のお嬢さまとネアスのことだ。

 知る限り、「ラインファメルの乙女たち」の親友ルートも及ばないくらいに二人は仲良くなっている。

 普通、成金のお貴族さま、なんてーものは悪役でなくても気位が高かったり、職人の娘なんか見下して当然ってもんでしょーに、ネアスのお父さんが腕の良い職人で貴族さまに大変気に入られてるといっても、その娘まで我が子と同じように扱ってくれる貴族なんてなかなかいないだろう。

 伯爵さまはもとより、奥方のミュレンティンさままで、お嬢さまと区別なく叱り飛ばす時は叱り飛ばすし、伯爵夫人とゆーよりオカンそのもの。家付きの伯爵令嬢転じて婿取りした夫人とは思えないくらい、サバサバしたお人だ。わたしのことも、娘のペットというより家族みたいに扱ってくれるし。

 で、そんな両親のもとで育ったお嬢さまも、お金持ちで貴族の娘、なんつーあからさまな立場に似合わず、優しく真っ直ぐに成長している。これについてはわたしの努力も寄与してると思いたいところだ。でなけりゃ、いろいろ動いた甲斐がないもの。もしわたしが何もしてなかったら、ここまでネアスと仲良くなってたりはしないだろーなー。


 そして、そんなお嬢さまの親友たるネアスのことだ。

 これはもー設定上仕方ないことだろーけど、乙女ゲーの主人公らしく恋愛には鈍感なコだから、既に三人の攻略対象との出会いは済ませてあるのに、一向に進展する気配が無い……いや一人目とは進展されたら困るんだけどさ。うちのお嬢さま的には。

 ネアスはきっとキレーな女の子になるだろーし才能もあるから、もしそうなったら攻略対象だけじゃなくモブの男どもにもいずれきゃーきゃー言われる立場になるだろう。それで本人が喜ぶかどーかはともかく、なんでもいいから、バスカール先生なりバナードなり、目が合っただけで何か意識してしまうくらいの態度は見せて欲しいんだけどなあ、って心配をしてしまうのも、ね……。

 わたしの気のせいならいいんだけど、新学年になってからこっち、生徒会のお仕事で一緒にいるトコとかを見ると、なんかわたしがいてもいなくても妙に通じ合ったとこを見せつけられてるっていうか、なんか二人の世界に浸っているよーに見えるとゆーかー。

 わたしとしてはちょっと寂しくて構って欲しい態度なんかとっちゃったりすると、それに気付いた二人は慌てて気をつかってはくれるんだけどね。


 …ま、いいか。仲良きことは美しき哉。わたしはお嬢さまのペットドラゴンとして忠誠を尽くしたい。その親友のネアスとも良き友人であり続けたい。

 その関係に不安なんか一切ないのだし……。


 『……って、順風満帆なのに、なんであんたが出てくるのよこの紐パン女神』

 「紐パン……っ?!」


 だって事実でしょーが、と夜空に漂うわたしを見上げてた、鼻の女神を自称する怪しい女に毒づく。


 「いや、花の女神だってばっ!誰が鼻よ、誰がっ!」


 いちいち細かいことを気にするんじゃねーわよと、パレットが座ってた、誰のだか分からない家の屋根に着地する。


 「まったく……折角あなたを望みの世界に連れてきてあげたってのに、この扱いはどーなのよ。……それにしても、結構おっきくなったわね、あなた」

 『おかげさまでねー。いつも可愛いコルセアちゃんは伯爵家の方々にも大人気ですよー、っての』


 大きくなった、といってもお嬢さまが抱えるときに「よっこいしょ」とか言い出すほどじゃない。まあ、大分抱きかかえられる機会は減った気がするけど。


 『で、何の用?あんたに思わせぶりなこと言われる度に、わたしの犬歯がうずくから、早いとこ済ませた方が身のためよ?』

 「だから囓る気満々で迫らないでちょうだい。わたしだってこんなことになってなけりゃ姿見せるつもりなんか無いんだから」

 『どーいう意味よ。そういえばあんた、わたしに何かさせたいみたいなこと言ってたわね。言っとくけど、あんたの思惑なんか知ったこっちゃねーからね。わたしはわたしで好きなようにやらせてもらうから』


 がるるる、と唸ったら座った姿勢のまま横に一メートルくらいずれた。器用な真似をするものだ。


 「……基本的にはそれで結構よ。ちゃんとやってくれてるみたいだし」

 『あんたの思惑なんか知ったこっちゃねー、って言ってるでしょーが。そんな思わせぶりがしたいわけ?最近覚えた照り焼き、いっちょいってみる?タレが無いのが残念だけど』

 「ぼーりょくはんたーい!」


 死んだ人間をトカゲに憑依させてゲームの世界に転生させるあんたの暴力の方がよっぽど洒落にならんわ。


 「なんで?あんたの望むようになってるでしょ?」

 『わたしはこーなった以上前向きに生きようとしてるだけよ。今更元の世界に戻して生き返らせろとか言うつもりもないし』

 「そ。じゃあわたしの目的とあなたの願いがズレないことを期待してるわね」


 相変わらずの思わせぶりな物言いにイラッとする。

 これはアレだ。ポーカーであっとー的に有利な手札を持ってることが分かってて相手を見下す態度だ。心底ムカつく。

 そろそろ火を吐いた方がいい気がして、喉の奥の調子を確認していると、その気配を察したヤツは立ち上がって逃げ腰になった。


 「わ、分かったわよ!ここしばらくずーっとあなたのことを見てたら多少なりとも情は移ってきたわ。もし何かあってもバックアップはしてあげるから、今は思う通りにやりなさい。いい?」

 『あんたの目的とやらを説明する気はないわけね』

 「以前みたいに茶化した真似をする気も無いけどね。まあ別にそれで世界が滅んだりするわけじゃないし、人によってはあまりにも馬鹿馬鹿しい事情だから、あんまり気負わないでやってちょうだい」


 串刺しにされて帝国を滅ぼした覚えならあるんだけど。

 まあ今のままならそんなことにはならないだろーし、これ以上この自称女神に振り回されるのもご免こうむるから、とりあえずは引き下がっておく。

 それにしても、人によっては馬鹿馬鹿しい事情、か。なんとなく、その「人によって」の中に自分も含まれるよーな気はする。


 「納得してくれたみたいで嬉しいわ」

 『別に納得なんかしてない。けどまあ、繰り返したところでわざわざ違うルート選ぶつもりもねーわよ。そんだけ』


 うそぶいてみたら、自称女神はなんだか生暖かい目でこっちを見ていた。ムカついたけれど、一先ず今日のところは見逃しておいた。

 まあ考えることは、ある。

 でも、わたしは真っ直ぐに育ったお嬢さまと、その親友であるネアスのことが大好きなんだ。それを無下にしないのであれば、少しくらいはヤツの思惑通りに動いてもいいかも。


 今回は紐パンを披露することもなく飛び去った女神の消えた先を見上げて、なんとなくそう思うわたしだった。

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