第229話・帝都の空駆ける竜(ディア・マイ・マザー)
例えればビグ〇ムに吹っ飛ばされるジ〇やボー〇だろうか。
そ、そんな……とかいう呟きを残して光に呑まれていく白銀の竜を見てわたしは、ぼんやりとそんなことを思った。
絶望の未来を思い、力を希って受け取り放たれたものは、あっとー的にシャレにならない火力だった。そりゃあもう、放った自分が思わずドン引きするくらいの威力の。
記憶に残る、ループしていた時に放ったどんな火球よりも大きく熱いモノがおっきく開いた口から出てった時、わたしは「そうなる」はずが無いことを確信していたというのに、なぜか意外だとも思わず、むしろホッとしていたような気がする。
でも、なんでだろう。
長い残響が絶え、目も眩むような光のかき消えた空からは、なんかボロボロになったでっかい爬虫類が落ちていく。
それはわたしのおかんを名乗る、白銀の竜。
わたしが現在と未来においてわたしでいるために縁を絶ちきり、それはもう過去のものになったハズなのに、未来においてはやっぱり繋がったままだと知って、困ったような驚いたような、なんだか不思議な感覚が胸の中に渦巻いて……。
「コルセアちゃんっ!お母さま助けないと!!」
『へ?……あ、いやあんた今まで何してた……いやそれより助ける必要ないっていうかよく考えたらやっつけたからこれでお終いなんじゃ……』
「お母さまっ!!」
誰が誰のお母さまやねん、と思わないでもないけれど、実のところ想定していた結果と違って戸惑っているのも事実だったから、ウルトラマンスタイルでおかんの所に突っ込んでいくパレットを、わたしも仕方なしに追いかけた。
白銀の竜の巨体は、地面に真っ逆さまにではなく重力に逆らうように、巨体を支えるには少し物足りないサイズの翼をはためかせ、次第に落下速度を減じていっていた。一応意識はあるんだろうか。であれば、のこのこと近付いていくとまた手酷い反撃を食らいそうでヤダなあ。
「お母さまお母さまお母さま!しっかりしてっ!!」
……などというわたしの逡巡なんか知ったことかとばかりに、ヒューからフワフワくらいに落下速度の緩まった白銀の竜の体に、パレットはしがみついていた。ていうかそろそろ芝居がかってうっとうしいからその辺にしとけっての。
【……つよく……なりましたね、千那……】
『だからそーゆー小芝居はえーから。どういうことか説明しなさいよ』
ダメージはキッチリ与えたとはいえ、どーいう仕組みか既にウロコの傷も再生によってか無かったことになりつつある。今際の際、みたいな顔なんかされてもイラッとするだけだっつーの。
【どういうも何も、あなたがよく分かっているでしょうに。降りて話しましょうか】
最初っからそーいう態度でいてくれりゃあ、もう少し話がややこしくならずに済んだんだけどなあ。
体勢を整えて足下から下降していくおかん。何が楽しいのかその背中にしがみつくパレット。
そんな二人を見下ろしながら、わたしはふかぁいため息を一つついて、その後に続いていった。
『…結局さあ、未来に力を寄越せと要求しても言うこときいてきたってことは、あんたとわたしって縁が切れてない、ってことじゃない』
要するに、そういうことなのだ。
廃城を遠目に眺める崖の上で(廃城で何やってるのかは知らないけど、やけに静かになってはいた)そうぼやいたら、おかんの方も心底心外だとでもいう風に、その巨体に相応しい弩級のため息をついていた。
【……千那がそうしたのは分かったけれど、そんなことをしたら現界での力を全て失うとばかり思っていたのに。私の方こそどうしてこうなったか理解に苦しむわ】
肩が凝るくらいの角度で見上げる。
こっちは元のサイズに戻ってるし、あっちは暗素界からずうっとこのサイズのまま。なんだってこのウェイト差をカバー出来るとか考えてたんだろ、わたし。
「ねー、コルセアちゃあん」
『ええい、しなだれかかるなうっとうしい!あとこのドラゴンをお母さま呼ばわりはいい加減にしろ!』
「ええー、いいじゃなあい。ねえお母さま。あたしとコルセアちゃんの結婚……認めてくださいますよね?」
【…………………】
無言だった。
呆れたというよりはツッコミどころが多すぎてどこから話したらいいか迷ってる、みたいな雰囲気だったけれど。
パレットは、へたれ込むように地面にお尻をつけてるわたしの隣で正座をしながらワクワクしてる。おかんが【よくってよ】とでも言ったら早速三つ指ついて「ふつつか者ですがよろしくお願いいたします」とでも言いだしそうだった。
【…………………】
ところがおかんの方ときたら、相変わらず無言・無表情を貫いてじーっとパレットを見下ろしているもんだから、特に威嚇的なものは無いというのに次第にパレットも萎縮して、隣のわたしをチラチラと見つつ、「ど、どうしよう……お母さまのご機嫌損ねちゃった……」とか半泣きになっていた。
『ご機嫌損ねた、というより【このあーぱー娘どう食べたら美味しいかしら】とでも考えてんでしょ。煮ても焼いてもあんたは食えないけど、唐揚げか天ぷらなら美味しくいただけそうだしね』
「えー。食べられるならコルセアちゃんがいいなあ、あたし」
『もうあんたをパクッといくつもりなんかねーわよ』
「そうじゃなくて、夜の意味……で。ぽっ」
『頬を染めるなうっとうしい。がぷり』
アタマからかじり付いたけど、パレットにしてみれば甘噛みされたくらいにしか感じないのか、きゃーきゃーと何故か喜んでいた。
そしてしばらく追いかけ回したり逃げ回ったりしてたけれど、おかんのことを忘れていたことに思い至り、相変わらずシラけた顔を見上げながら並んで正座するわたしたちだった。
【………つまり千那は女の子が好きだったと。いつまで経っても結婚出来なかった理由がようやく分かったわ】
『おい待て。わたしが結婚出来なかったのは事実だが理由を歪めてんじゃねえよ』
「出来なかったの?なんで?」
『そんな期待を込めた目で見てもサービスする気なんかねーわよ。ただ単にわたしの性格が悪くて、って何を言わせる』
「えー。そこは、『お前と出会うのを待っていたんだよ』とかいってあたしを喜ばせる場面じゃない」
『だからサービスなんかしないと……いやもう茶番はえーっつーの。で、おかんよ。未来においてあんたがわたしを拒否してないのは分かった。過去も今も拒否しまくりんぐだっていうのに、未来においてはどーいう風の吹き回しになるっていうのさ。納得出来るように説明しやがれ』
【ケンカを売っているのかしら】
『わたしは昔っからこのまんまだっつーの』
がるるる、と小唸りして睨み合うドラゴンが二匹。サイズは全然違うけど。
でも正直なところ、答えというものは分かってはいるつもりだ。
暗素界にいる竜に対して力を寄越すよう問う、という行為は、基本的には現界にいる竜の勝手な真似だ。それに対して要求された通りの力を与える義理なんか暗素界の本体側にあるわけじゃない。
数少ない現界に存在する竜がそれを出来るのは、暗素界の側からすれば現界からの要求なんて取るに足りないからだ。わざわざ拒否するほどの価値なんかあるわけがない。
それでもなお、暗素界にいる本体の竜が端末に過ぎない現界の竜の要求を拒否するというのは、現界の竜が取るに足りない存在なんかじゃないから、ということに他ならない……少しフクザツな気分。
そして、そんな関係を経て未来においてわたしという現界の竜からの要求に応えるということの意味を考えると。
「えーとつまり、未来においてはコルセアちゃんとお母さまは和解している、っていうことなの?」
……っていう結論にならざるを得ないんだよなあ。
もちろん一般的な意味合いとしては、未来は定まっているものなんかじゃない。
けれど暗素界と現界、その間にある気界という三界の関係においては、過去・現在・未来の在り方は、揺動効果の時間軸作用という形で顕れるゆらぎ以上の変化は無いのだ。
この辺説明すると長くなるから端折るけれど、とにかく竜にとって未来は、「決まっていない」なんてものじゃなく、「そこにそういう形で横たわってる」くらいのものなのだから。
そう考えると、「ラインファメルの乙女たち」のストーリーを越えたループに囚われていた、っていうのも、竜の存在にまつわる「時間軸の向こう側」という時間の概念に根差すものなのかもしれないなあ。ま、わたしの感想に過ぎないんだけれどね。例の設定資料集にそこまで記述があったかどうか、今となっては分かんないのだし。
【和解している、というよりは竜の本来の姿に戻っただけ、とも言えるわね。暗素界の竜にとっては些細な変化を経て、そうなっただけのことなのだし】
そして、この暗素界に根を張る白銀の竜と、現界に権限した紅竜のわたしの間にあるものがこの世界の竜にとって当たり前でない理由というのは、それが世界のソトから転生「させられた」二つの存在の間にあるから、なんだろう。
ヒトの願う欲望の形を掬うのが趣味みたいな存在がありました。
それを実行するために、ゲームの世界をまるごと再現しました。
目的を果たすために、そのゲームにハマっていた人間をぶち込みました。
努力の果てに、ヒトの願う欲望は掬われました。めでたしめでたし。
……めでたくねーわ。
よくよく考えたら、わたしが一番迷惑被ったヤローがまだピンピンしてんじゃねーか。
【千那?】
『その名で呼ぶな、って言ってんでしょ。今のわたしはコルセア。アイナハッフェお嬢さまに飼われるペットのドラゴンよ』
【……自覚の無い私が、それでも暗素界に根差す紅竜か、などと叱れる義理ではないのだけれど。でも、自分の娘を自分でつけた名前で呼ぶくらいは、許されて欲しいものね】
『ふん。ソコんとこはもうしばらく時間かけて議論する必要はあると思うんだけどね。で、クソったれのマイマザー』
【何かしら、私の可愛い千那】
ぷっ、と隣でパレットが吹き出していた。
どうにも調子が狂う。このおかんは、わたしを一体何だと思っているんだろう。人間だった頃にあったことを思い出してみても、ロクな思い出が無い。
生まれて物心ついた時よりずっと、ムカついて逆らってケンカして、最後の方はまともな会話すらしてなかったというのに……ま、まあ一人でごはんも食べられなかった時に飢え死にしない程度に世話された覚えはナイけど事実として成人はしてるんだからそーゆーことがあったと考えるのも吝かじゃないけれど。
『……近いうちにあんたとは決着をつける必要がありそうだけどね。それより、わたしには一つ、どーにもムカついていることがあんのよ』
【聞きましょう】
慈母の笑み、というよりは鮭の群れを見つけたヒグマみたいな顔になる。いやヒグマと竜のどっちが物騒かと言えば圧倒的に後者なんだけどさ。
「あの、コルセアちゃん?」
少し不安でも覚えたのか、パレットがおかんとわたしの顔を見比べて若干顔を引きつらせていた。
別にあんたに悪いことなんか起きやしねーわよ、と思うだけに留めて、わたしはとても大切な提案をする。
『事ここに至った責任をとらせてやんないといけない存在が一つ、あンだけどさ』
【……面白そうな話ね】
「……コルセアちゃん?お母さま?」
意図が通じ合ったことで、ますます「わけわからん」という状態に陥ったパレットを、わたしは優しく、ウチのおかんはもう少し見定めるような気色を込めて、それぞれに見やった。
そして。
『この子のためにも、一発カマしてやりたいと思ってんのよ。力、貸してくんない?』
【それは面白そうね。でもね、千那。いえ、私の可愛いコルセア。竜なら竜に相応しいやり方というものがあるでしょう?】
それもそうね。
わたしは、何千回、あるいは何万回も行った手順を、ここでまた繰り返す。
即ち、わたしの存在の根源たる、暗素界の竜にこう告げるのだ。
『力を寄越せ』
【分かったわ】
お嬢さまとネアスの元に帰る前に、ちょっとばかり寄り道することになりそうだった。