第227話・帝都の空駆ける竜(はいはい、どうせわたしが悪いんですぅ)
『必殺!』
「いきなりっ?!」
戦力の出し惜しみは三流のすることよ!真の強者は初手から全力全開!
身構えたマイマザーに相対したわたしは頭を前に倒して水平になり、そのまま手足をピンと突っぱって突進を開始する。
『ドラゴォォォォォン………昇龍拳!!』
「え、えとえと!それ頭突きだしドラゴンと龍が被ってるし前に進んでるだけで昇ってないしあと格闘ゲームの技からパクるの止めた方がってツッコミが終わる前にコルセアちゃんやられちゃったっ?!」
『………きゅう』
命中はしたものの、特にダメージを与えることもなくただマイマザーのボディに貼り付いたところを、【ふん!】と指で弾かれてあっさり撃退されてしまう。
指で弾かれて、というても今のサイズ差考えてみ?わたしの体、ヤツの親指サイズなんよ?人間に換算するとドラム缶でぶん殴られたよーなもんよ。ドラム缶で殴られる、ってどんな経験なのかは知らんけど。
【無様ね。隙を突いたつもりでしょうけれど、底が浅いのよあなたの我が侭は】
うっせいや。何か言い返したいけど体に力が入らず、どうにか落下速度を緩めることだけはしつつも地面に向かって落下していくわたし。
そうしてパレットの悲痛な叫び声が聞こえる中、無様にも鼻先から不時着……。
「コルセアっ!何がありましたのっ?!」
するかと思ったら、落下の勢いが大したことなかったせいか、お嬢さまにナイスキャッチされていた。
「え?ちょ、ちょっとコルセア……どさくさにまぎれて何をするんですの?!」
あふん。至福の感触ぅ。
お嬢さまの豊かなぼでーに顔を埋めてぐりぐり。ああ、この手触り顔触り、大好きなのにどうして久しぶりなんだろう……。
「コルセア……?それはダメって、わたし言ったよね?アイナ様から離れて」
『はい承知してます今すぐにっ!!』
……そうでした。ネアスが怖くて出来なくなったのだった。ちぇ。
「なにかいった?」
『いえなにも。それよりどうしてみんなこんなところにいるの?まだ何も解決してなくて危ないのに!』
お嬢さまから引っ剥がされてネアスに抱っこされながら、今まで流してた疑問を口にする。
第三師団が籠もるこの廃城の案件は、何があるのか分からないからまずわたしに任せて、ってことでやってきたのだ。お嬢さまや殿下もそれは納得してたはずなのに、今こうして……ええと、四裔兵団の割と言うこと聞いてくれる、帝都に駐在してた訓練兵たちまで巻き込んでここにいる。なんで?
「何で、ではない。騒ぎを大きくし過ぎたお前は。第一と四裔の一部が首を突っ込んだとなっては俺が構えて待っているだけ、とはいかぬだろうが」
「で、俺たちゃ殿下の護衛、ってわけさ」
……そりゃ分かったけど、なんでお嬢さまとネアスまで連れてくんのよ。ケガしたらどーしてくれるの。
「どうも嫌な予感がしたのですわ。またあなたが余計なことをしでかして大事にしているのではないかとね」
『ちょ、オオゴトってなんですかオオゴトって。わたしちゃんと穏便に収めようと頑張ったじゃないですか』
「じゃあコルセア。あれは、なんなの?」
わたしのアタマの上で、ネアスが空を仰ぐ気配。
それが何を指し示してのことかくらい、見なくてもわかる。わたしはそっと目を逸らし、一方一同は未だ天空にてこちらを睥睨する白銀の竜を見上げていた。
「……コルセア。何か申し開きは?」
『誤解ですお嬢さまっ』
こちらにすぐ手出しをする様子はないけれど、どう見ても平和で友好的な交渉をしましょう、って雰囲気じゃないのは皆にも分かったのか、かなりトゲのある口調でお嬢さまが糾弾してくださる。いや糾弾てわたしが悪いこと確定か。そうじゃない。ずぇんぶあのクソったれなマイマザーが悪いのだ。
……と、釈明しようとした時だった。
「心配しなくてもいーよ、アイナちゃん。アレ、親子喧嘩みたいなものだから」
と、上空からのんびり降りてきたパレットが、至極のんきな口調でとんでもないことを言い出した。
いつもの杖を両手で横向きに携え、なんかこお、見る度に剥きたくなるスカートをハタハタとなびかせながら着地したパレットを見たご一同は、一様に口をあんぐりと開けて……あ、そういえばこいつがこーゆー真似出来るってこと知らなかったんだっけ。
「あ、あの………パレット…さん?あなた今飛んで………きてませんわよね。ええ、わたくしの見間違いに決まっていますわ。人間が空を飛ぶだなんてそんなことあるわけがありませんもの」
「え?何ゆってんのアイナちゃん。あたし女神だから空飛ぶくらいはわけないケド」
「めが……………………み?」
そして空気読むつもりナッシングなきょとん顔で一切躊躇なく正体をバラすパレット。いや確かに言い含めてもなかったし今さらだけどさあ……もう少しタイミングとかそういうのを……。
「そうなの?コルセア」
『あー、うん。まあなんというか、丸きりのウソではないけど。ただ女神とかいうのはアレなのであまり本気にしないで、ちょっと変わった特技のある変な女ってことでいいと思う。うん』
わたしを抱えたままのネアスがこちらを見下ろしつつ確かめてきたので、わたしは割と本心からそう言った。わたしにしては毒気もない素直な言葉だったと思ったんだけど。
「コルセアちゃんひどい!あたしと未来永劫を共に過ごしてくれるって言ったのはうそだったのっ?!あたしにコルセアちゃんの子供を産ませてくれるって冗談で言ったのっ?!このバカ!女たらし!ドンファン!」
『人聞きわりーことを大声で叫ぶんじゃねーわよ!みんなドン引きしてんじゃない!!』
ネアスの腕の中から飛び出してパレットの頭にかじり付く。がぷり、と。
きゃあきゃあ言って逃げ惑うパレットだったけど、あまり嫌がってるように思えないのはコイツ、マゾっ気にでも目覚めたか。
「……コルセア。その女史のことは今はいい。だがあの巨大な竜を放置してこの事態の収拾が成った、とは言えまい。親子?あの竜はお前の親なのか?」
などと遊んでいる場合じゃない。
ゴホン、とわざとらしい咳払いと共に、答えにくいことを訊いてくる殿下だった。
まあ親子というか、暗素界の本体が実はわたしの転生する前に血縁関係のあった存在ですぅ、とか言ってもわけが分からんだろ。転生とかに至っちゃあおかしくなったと思われても無理あるまい。
『説明すると長くなりますけど、わたしの暗素界における本体?現界に力を降ろす源が、アレです。言っちゃなんですが、アレに逆らってたらわたし何の力も発揮出来ません』
そーいう設定なんです、と余計な一言を付け加えたら殿下とバナードが首をひねっていたけれど、対気砲術の使い手としての教育を受け、更に揺動効果の自主研究も重ねた面々だ。すぐにコトの仕組みを理解して……。
「……それ、どうしようもなくね?」
「……うむ」
と、身も蓋もないことを言い出していた。
「お前さあ、ケンカ売る相手くらい考えた方がいいんじゃねーの?自分が現界で大きなツラ出来る根拠を敵に回して何がしたいんだよ」
「ですわね。そもそもそんなことをしている場合ではないのではなくて?」
「コルセア……無事なのは良かったけれど、危ないことしちゃいけない、って出かける時に言ったよね?わたし」
「それより暗素界にいる竜が現界で顕現出来るものなのか?対気物理学のどの研究にもそのような実例は無かったと思うのだが」
そしてフルボッコだった。いや殿下お一人だけ、今気にすることでないこと気にしているような。
とにかく。
『ええい、ガタガタ言うてないで君たちは陛下のお身柄確保に走んなさい!あれはわたしが乗り越えないといけない壁。故にわたしは戦う!さあ、あとはわたしにまかせてあなたたちはあなたたちの成すべきことを……』
「陛下ならもうお救い申し上げましたわ」
「うん。コルセアにも礼を言っておいて欲しい、って仰ってたもの」
「俺みたいな学生にも気さくな方だよな。むしろ学生は国の宝だ、と言われて恐縮しちまったい」
『……成すべきことを…………いいです。別に』
お嬢さまにはしれっと。ネアスには不思議そうに。バナードにはなんか自慢げに。それぞれ言われてしまってわたしとしてはもう何も言い返せず、黙って後ろ向きにしゃがんで「の」の字を書く他無いのだった。
はちゅ雪や「の」の字「の」の字の雪の跡。どんな下駄だ。
「そう拗ねたものでもあるまい。お前が連中の気を引いてくれたお陰で父を救出することが出来たのだ。青銅帝国皇帝の名代として礼を述べる。よくやってくれたな、コルセア」
『殿下ぁぁぁぁぁっ!わたしのことを知ってくれるのは殿下だけですぅぅぅぅぅっ!!』
士は己を知る者のために死す。
ええい、わたしはやっぱり殿下のために永遠の愛と忠誠を誓ぶっ?!
「狼藉もそのくらいにしておきなさい、このおバカ。とにかく、陛下の救出という目的は達しているのです。あとはあなたの好きなようになさいな……危なくないのでしょうね?」
『危ない、危なくない、で言えば間違いなくあぶねーと思いますケド……いたた』
殿下に飛びつくのを妨害するためにお嬢さまがが打ってわたしをはたき落とした鼻先をさすりつつ、冷静に現状認識を述べる。
危ないと言うてもむしろニュアンス的にはアブナイ、の方で、あのひと相当アブナイわよ、というつもりで言ったんだけども、見た目がアレなことで文字通り取った四人は顔を互いに見合わせると、大きく頷く。
「コルセア。逃げましょう」
『へ?』
そしてお嬢さまはわたしを抱きかかえ、厳しい声でそう宣言する。
「うん。今のところ襲ってくる様子はないみたいだし……なんとか出来ると思うよ」
再びお嬢さまのわがままぼでーに抱きすくめられたわたしに嫉妬するかと思いきや、本気で心配してる声色のネアス。
あれ?もしかしてあのクソったれマザーがわたしを殺そうとしてる、とか思われてる?と、殿下にバナードの顔をうかがう。
「そうだな。何を仕出かすのか見当もつかぬが、帝国として放置していい問題ではないのだろう。お前一人に押しつけるつもりはない」
「わりぃことは言わねえから、大人しくしてた方がいんじゃねえの。暗素界に現存する竜の現出なんざ大事件じゃねーか」
二人とも真面目に真剣に、わたしの身を案じてる様子だった。
それだけじゃなく、殿下の意を汲んでか、ミドウのじーさんが指示して四裔兵団帝都駐留部隊の面々まで、なんかヘタしたら一戦交えてもいいくらいの意気軒昂な有様。
え。あの、ちょ……もしかしてあの洒落にならんクソったれを相手にする気……?
「……コルセアちゃあん。どーするの?」
なんか悲壮感すら漂ってきそうな空気の中、事情を全て察したパレットが呆れたように声をかけてくる。
わたしは気付かれぬよう脂汗をだらだら流しながら、お嬢さまの腕の中で固まる。
そう、アレがこっちに来たのは完全にわたしのヘマ。煽っておいてケリもつけずに現界に逃げ出したらついてきやがったのだから。しかも、暗素界の竜の本体のクセして現界に顕現するという非常識のオマケ付き。
これでみんながケガしたりしたら完全にわたしのせいだし、それよりも何よりも、コレがずぇんぶわたしのドジの結果だと知られたら………ヤ、ヤバい。
「コルセア?どうかしたのかしら。怖いのならわたくしが……」
『お嬢さまっ!!』
正座は……この体で正座はイヤだ。正座させられてごはん抜きでお嬢さまに何時間も説教されるとか……ずぇぇったいに、イヤだっ。
「な、何かしら?なんだかあなた泣きそうな……」
『あれは、恐ろしく強大なものですっ。わたしが、わたしが………なんとかしますからっ、お嬢さまたちは陛下をお連れして先に戻ってくださいっっっ!!』
「え?いえ、けれどあの第三師団や四裔の方々のゴタゴタは……」
『それもわたしがなんとかしますっ!』
き、気のせいかわたしを見るお嬢さまの目が訝しげなものに……付き合い長いだけに、わたしの態度に何か不審なところがあると疑われれれ……。
「コルセア」
『ひゃぃっ?!』
突然横から殿下に声をかけられて宙に浮いたまま直立不動。
横目でそちらを見ると、なんか藪睨みな目付きになってるお嬢さまと違って、こちらは真剣なお顔付き。ああ、やっぱり殿下凜々しいッス……とか冗談こいてる場合じゃなくて。
「お前が担うのが、一番危険が少ないというのだな?」
『…………(こくり)』
なんかもー、どうしようもなくってただ頷くだけのわたし。
けどまあ、殿下にはそれでも良かったみたいで。
「分かった。ならば我々は被害が拡大しないよう備えよう。現状反目している第三師団とはいえ、彼らも帝国の人材だ。簡単に失うわけにはいかぬ。なんとか収容してこの場から引かせよう。それでいいか?」
『……………お願いします、殿下』
「よし」
一応形としては納得したのか、殿下はわたしの返事を信用してくれて、「よろしいのですか?」というお嬢さまの疑問にも、わたしを一瞥してから鷹揚に頷いていた。
そしてご自身のすべきことをするために、もうあとは任せたとばかりに忙しく立ち去って行った。
「………コルセア」
『………はい、お嬢さま』
となると、お嬢さまにも否も応も無いものなのか、若干疑わしげではあったけれどネアスとバナードを先に行かせて、わたしと相対する。
「どうもいくつか気になることはあるけれど……あなたが無事に帰って来るのならそれで構いません」
『………はい、お嬢さま。誓って無事に帰ります』
「ええ。待ってますわね」
にこり。
子供の頃から側に居て、そして少女から女性に成長していくところをかつて見たお嬢さまの、その真価みたいなものを覚える笑顔だった。
『じゃあ、行ってきますね、お嬢さま』
そんな感慨を胸に、わたしの向き合うべきものと対決するため、お嬢さまのもとから飛び立つ………。
「あともう一つ」
……前に、何だか楽しげでありながらどこか剣呑な口調で呼び止められた。
わたしは恐る恐る振り返る……度胸も無く、身を固くしてお嬢さまの次の言葉を待つ。
したら。
「帰ってきたら、あの竜について何もかも白状させてあげますわ」
『ななななんのことだかわたしにはしゃっぱりっ?!そいじゃ行ってきまぁぁぁぁぁぁすっっっ!!』
だから、無事に帰ってきなさいな、という続く言葉は、わたしの耳には入っていなかった。
後で教えてくれたパレットは、それを聞いてもにょもにょしてたわたしを見てとっても複雑な顔をしてたんだけれど。
「コルセアちゃん、行くの?」
ええ。やってやるわ、あのクソったれマザー。
あんたと決着をつけないと、わたしは帰るべき場所にも帰れやしないって、ハッキリと分かったんだからね!!