第220話・帝都の空駆ける竜(わたしの逆鱗)
「あわ、あわわわ……ど、どどどうしようコルセアちゃんっ?!」
『ええい、あんたが慌ててどーすんのっ!とにかく直接ナシつけにいくわよっ!!どりゃっ!!』
「ひいぃぃぃっ!」
ウルト〇マンのポーズで麓側の城門に飛び込む。既に逃げてった連中が開け放っていたのか、城門を間にした攻防、なんて段階はとっくに過ぎていて、四裔兵団の連中がなだれ込んできてる最中だった。
その中で指揮官らしきヤツを探すと、城門の内側で剣を振り回して後続に指示をしてる人がいたので、すぐ近くに着地。
「うわっ!なんで竜がこんなところに……!待避、待避ーッ!!」
『待ちなさいよわたしよコルセアよっ!唄って踊れるお茶目な暗素界の紅竜、コルセアちゃんよっ!見間違えんじゃねーっての!!』
「コ、コルセア殿?その姿は一体……」
『んなこたー後でいいわよ!このバカ騒ぎは一体何!?あんたらを呼んだ覚えねーわよ!!』
一応はお屋敷で顔見知りだったので遠慮無く怒鳴りつけたけれど、なんだか不満げに眉をひそめる。
『こっちにも段取りってもんがあんのよ、いいからこの乱痴気騒ぎ収めてとっとと撤収しなさい!後のことはこっちに任せて!』
「あなたにそのようなことを言われる覚えは無い!これは帝国の危機であり、危機に際して初動を担うのが我ら四裔の役割であり矜持でもある!叛乱を鎮圧し、陛下をお救いして帝国を救う働きを示すために動いて、何が悪い!!」
『本音は?』
「せっかく大功をあげて出世する機会だというのにそれを見逃すわけにはいかんのです」
まったく。
四裔のこーいうガツガツしたところは決して嫌いじゃないけど、収まりつつある事態をひっかき回されて見逃すわけにもいかんのよ。
『残念だけど、この騒ぎの首魁はこの通り、もうとっ捕まえたわ。ほれ』
まだ気絶してるヒゲ男爵のえり首を、爪の二本で挟んでぶら下げ見せる。
その顔は知っていたのか、だらしなく気を失った様子を見て四裔の隊長はなんか残念そうな顔になる。露骨過ぎんでしょ。
「……陛下は?陛下の身柄は?」
『それも助け出してあるわ。あとは合流すればお終いね』
「それは大変だ!まだ陛下の安全は確保されていないということではないですか!よし行くぞ皆の者!陛下を保護奉り、凱旋の御徴となって頂くのだっ!!」
『え、ちょ……わたしそーゆーつもりで言ったわけじゃ……』
「続けェェェェッ!!」
侵入してきた四裔の兵を煽るようだった隊長は、身軽なのをいいことに全速で駆け出して四裔の先頭に立っていってしまった。なんかまだ手柄が残っていると知って、余計にやる気になってしまったような……。
「……どーするの?」
『手柄と出世で頭に血が上った連中を宥めようとしても無駄でしょ。アレの相手させられる師団はお気の毒さまだけど、とりあえず第一師団の方説得に回ってみるわ……ていうか、ミドウのじーさんは何やってんのよ。アレを抑えとくって約束したじゃん、もう』
把握してる限り、ほぼ全員と思われる三百人くらいの四裔の一団を見送ったあと、わたしは力無く山側の城門に向かっていった。
せめて話くらい通じるといいんだけど。
「断る」
にべもなかった。
第一師団は、まだ開いていない山側の城門でこれから逃げだそうとしていた第三師団の正規兵と寄せ集め連中の混成軍とガタガタやっていたから、まだ侵入はしていなかったんだけれど。
それでもわたしがやって来て、文字通り前門には第一師団、後門には暗素界の竜、ってな具合になった城側は総崩れ。
難なく入城出来てしまった第一師団には一応感謝されたということで、その隊長に話くらいは聞いてもらえたのだ。
ところが事情を話して撤収するように依頼したところ、返事は斯くの如しだった、というわけだ。
「大体だな、紅竜よ。貴様らで手柄を独占というのが気に食わぬ。戦後それを笠に着て何を企てているというのだ。バッフェル殿下のなさりようもまた我らの信を得るには足りぬ、と師団の一致した見解なのだぞ」
『あんたらも四裔と一緒で出世が大事なクチか』
「あのような下賎且つ帝国への忠義の足りない輩と同じに見られるのは心外だ」
殿下があんたらの信を得る、っていやあ聞こえはいいけど、要は自分らの歓心を買えるだけの餌がまだ用意されてない、ってだけでしょーが。これだからエリート様はよぅ……まだゴリゴリしてるトコを隠さない四裔の方がまだマシだわ。
『言ってることもやってることも四裔とあんたたちじゃ大差無いわ。気取らない分まだあっちの方が好感持てるってーのよ』
「なんだと?!このトカゲ風情が……」
『けっ、出やがったわね本音ってヤツが。あんたらも所詮は第二師団と同じで、選民思想に乗っかった腐れ野郎共、ってことよ』
「ふん、あのような落ちこぼれと一緒にするとは、暗素界の竜とやらは暗黒に生じたが故に目も曇って陽の光の下では何も見えぬものらしい」
『言葉はキレイに着飾っても腐った性根は隠しようもないもんだわ。あんたの吐いた息から腐臭がするわよ。面倒だから丸ごと焼き払ってあげようかしら』
「やれるものならやってみるがよかろう」
一触即発。
後に引けない罵り合いの末、竜と人間が口角つり上げて対峙するとゆー、なんともシュールな光景になっていた。ええい、このオッサン煽り耐性高いなっ!第二師団とはえらい違いだわ。
……とはいえ、ほんとーに焼き払うわけにはいかないのよね。一応は味方っていう態なのだし。それが分かっているからこそ第一師団もわたし相手に突っぱってるんだろうし。
仕方ない。一つ手柄を譲っておくか。
『……ねえ、ちょっと相談なんだけど』
「交渉か。よかろう、話してみろ」
『この第二の団長あんたたちに引き渡すから、これを手柄にしてここは引いてくんない?』
まだ(本当に、「まだ」である。いつまで寝転けてんだかこのクソ髭は)わたしの手の中で白目剥いてるおっさんを見せる。生きてることだけは確認したあと、第一師団の隊長はわたしを鼻で笑って言った。
「このような小物、貴様の好きにすればいいだろう。我らは皇帝陛下と青銅帝国のためにある。邪魔立てするとあれば、暗素界の竜とて帝国の敵とみなすことに躊躇はせぬぞ」
『あんたねえ、いくら人望の無い第二師団団長とはいえ、同僚なんだからもう少し優しく接してあげたら?』
「帝国に反旗を翻し、陛下の御身を危険に陥れた輩など、同僚として「元」を付けることすらおぞましい。どけ。先ほど四裔の木っ端共が侵入するのを見かけた。彼奴らより先に陛下の御身を救わねばならん」
『あっそ。じゃあこっちも好きにさせてもらうわ』
「そうはいくか。そのバカを引き渡してもらおう」
『……要らないんじゃないの?』
「この騒ぎの首魁の一人であろう?なれば取り調べの必要がある。どうせ貴様の手には余るであろうが」
『一応、太子府に引き渡すつもりだったんだけど』
「あのような若僧」
せせら笑った。うちの殿下のことを。
「手札の使い方も理解出来ぬバカ殿よ。ことの責任を解きほぐすことも出来ない無能に預けるのはもったいなうわちゃちゃちゃぁっ?!」
突然発火したかのように思えた頭髪を、慌てて転げ回って鎮火した後にはチリチリの髪があるだけだった。
「貴様、何をするか!!」
『……あんたらに、バカにされるような人じゃないわよ。殿下は』
「何だと?」
多少なりとも話をしやすいように屈んでいた身を起こす。
ようやくわたしの威容の全貌に気がついたみたいに、第一師団の連中が後ずさる。
「あのー、コルセアちゃん?殺人だけは、ダメだからね?」
『うるさい』
たしなめるように言ったパレットを黙らせる。わたしの角の間でため息ついて、肩をすくめていた。悪いけど、あんたにだってこんな奴らの言ったことをわたしに許させたりは、出来ないわよ。
『殿下は、何も分かってないあんたたちに勝手なことを言われるような人じゃないって言ってんのよ』
だって、わたしが、茅梛千那が大好きな人だったのだから。