第215話・帝都の空駆ける竜(暗素界流華麗なる尋問)
帝都北部の廃城……といってもそれはいくつもある。
今でこそ拓けた土地に都市を作り上げてはいるものの、戦乱の時代にはこの一帯はいくつもの城を結んで強固な防備を誇っていたのだ。
青銅帝国の覇権が確立した後は、都市機能を最優先して北部の城は打ち捨てられたり解体されて都市建築の材料にされたりしたんだけれど、それでも今でも城塞としての機能を持ち得る建築物は少なくない。
その中で第二師団が籠もっていると目される廃城が分かったのは、規模や城としての機能が条件に合うという理由もあったけれど。
「野郎共!ここで手柄を立てれば俺たちゃ大臣お貴族様だ!出世と金儲けの道は目の前だぁ!!」
中庭みたいなところで、こんなシュプレヒコール上げて喜んでるアホどもがいるお城があったからだ。
…それにしても、下っ品極まり無い煽りに応じる「おー!」とかいうかけ声もお下劣なことこの上ない。こんなことして喜んでいるむっさい男どももどんなツラしてんだか、と、空に浮かびながら遠目にドラゴンアイを凝らして見るけど、まあどいつもこいつもきたねー顔して、第二師団のお上品なエリートとはえらい違いだ。よくもまあこんなのと手を結ぶつもりになったわよね、あのクソヒゲも。
……イヤ待て。一応、見た目は麗しい美少女のナリしてるパレットが、いくら自分から向かったとかいってもこんな連中に捕まってたらどんな目に遭わされるのか……想像してゾッとする。
イヤ待て(二度目)。そういえば割かし余裕ありそうな手紙とか書いてたんだし、実はこの中にいなくてわたしがノコノコやってくるのを近くで隠れて待ってるんじゃない?とか思ってみたりもする。うーむ。
まあアイツも、空を飛ぶ以外にどんな力あんのかよくわかんねーし、バカとはいってもけっこービビりだし逃げ足は速いから滅多なことはないだろうなあ、と思いつつ、陛下を助ける作戦を練る。
いやまあ、一応は作戦を授けられてはいるんだけどさ。その為にも廃城の構造を頭に叩き込んでおかねば。
ということで、カバンの中から廃城の見取り図の束を取り出す。
写しで簡単なものではあるけれど、この辺の廃城で第二師団がこもるのに適していそうな施設の図面をもらってきたのだ。確かこの城だと地図のこの辺だから、と取り出した地図を眺めながら城の名前を確認。「白い薔薇城」だってさ。なんのこっちゃ。
となると次は該当する城の見取り図を……ごそごそ、と。うんあったあった。これ、だと思う……あっ。
びゅうっ。
突然吹いた風に、持っていた地図は飛ばされてどっかにしってしまった……やべぇ。中が分からないと作戦の立てようがない。うーむ、困った。追いかけて拾うしかないか、と思ってカバンに手をやると、地図を取り出した時にはみ出たのか、わたしのおべんとがカバンからずり落ちかけていた。
『え?え、えっ、ちょっ、待って待って?!』
ずり落ち駆けてた、というか落っこちていった。地面に向かって。
『ちょーっ?!わたしのおべんと──────っ!!』
ヤバいヤバいヤバいっ!これ無くしたらわたしが死ぬっ!
慌てて落としたおべんと追いかけて急降下。一度追い越してしまって急減速。あかん、掴み損ねたっ。ええい、だったらもう一度加速っ!……よし、並んだ。手を伸ばして掴めばぶべぇっ?!
ちゅどかーん。
なんかそんな感じの大きな音と共に、わたし地面に激突。完全に不覚。一度手間取った分完全に目測を誤った。けどお陰でおべんとは無事確……ほ…………。
『………なんでよ』
無残だった。
わたしに全てを与えてくれるはずだった存在は、包みはへしゃげ、まだ見ることのなかった中身は原型を留めていない。
わたしの口腔に入りて至福を与えてくれるはずだっただろう存在は、その豊かな肉汁を既に失い、ただ血液のように流れ出るままに。
『どうして……どうして……っ……わたしが一体、何をしたっていうのよーっ!!』
最早取り戻すことの出来ない失敗は、ただわたしに絶望と後悔を突き付けるのみなのだ……。
「そこに誰かいるのか!!」
あ、やべ。廃城からそこそこ離れてるから大丈夫かと思ったけれど、人数に余裕のある組織なもんだから思ってたより勤勉だったわ。
わたしは最早口に入れることも適わないおべんとに別れを告げ、声のした方から逃げるように……いやちょっと待ちなさいよ。なんでわたしがコソコソ逃げたり隠れたりしないといけないワケ?大体こんな悲しみを味わう羽目になったのだってあそこにこもってる連中のせいでしょーがっ。
だったら。
「……?なんだ、誰もいな……何だこれは?」
わたしが激突してクレーター状になっている地面を見て訝しむ、多分第二師団の正規兵。
この辺は岩山ででこぼこしてるところに、キレーにすり鉢状にヘコんだ部分があったらそりゃ目につくわね。ああもう、こんなキレイな激突跡を作ってしまう自分のギャグ漫画体質が恨めしいっ!
「何か落ちてきたのか?いやそれにしては何かがある気配も無いが……」
ただ、何かが落っこちてきたとしてもそれが生き物でまだ息があるとは思わなかったっぽい師団兵(わりと若かった)は、特に警戒することもなく好奇心の赴くままにクレーターの中心部に降り、しゃがみ込んで妙に滑らかに仕上がったわたしの激突跡を手で撫でたり、どれだけ固いのかを確かめるように槍の尻で突いてみたりしていた。
つまり、岩陰に潜んだわたしに気がつくこともなく呑気に遊んでいるっちゅーわけだ。
これ幸いとわたしは宙に浮かんだまま忍び足の態でその背中に取り付くと。
『こぉんばんわぁ。暗素界の紅竜でぇす!』
「ひいっ?!」
あー楽し。これ何度やってもおもしれーわ。
まあ実はこんばんは、じゃなくてまだおはようございますな時間なんだけど細かいこたーどうでもいい。
すっかり腰を抜かし、へたり込んだ師団兵の兄ちゃんを羽交い締めにすると、暴れる兄ちゃんの耳元でこう囁くのだ。
『暴れない方がいいわよん。わたしの吐く炎の威力くらい知ってんでしょお?ドロドロに融けた骨でお葬式をあげないといけない家族の気持ち、考えてみるぅ?』
「ひっ、ひいっ!!たっ、助け、助けてくれっ……」
『うん。わたしだって無駄な殺生したくないからぁ、こちらの聞きたいことを教えてくれたら……ちゃぁんと原形留めた死体で葬式あげさせてあげるわよん♪』
兄ちゃん、コクコクガクガクと頷いてんだか震えてんだか分からないような首の上下運動。ま、承諾したってことでしょ。……よく考えたらどっちにしてもコロシテヤルって言われてんだけど、まさかホントにするわけにもいかねーし。
さて。
『じゃあね。わたしがここに来た目的は分かってるだろうけど……陛下はあんたたちが捕らえてるんでしょ?あのお城のどこにいる?』
「しっ、知らない……いやほんとだ知らない!師団長が全部握っているが俺たちのような下っ端になんざ何も知らせちゃくれないんだ!」
『ふぅん、あんのクソ髭、相変わらず陰険な真似してるわねえ……あんたもそう思わない?』
「そ、そうだな!俺もそう思うよ!」
もっかいコクコクと激しく頷く兄ちゃん。まあわたしだってこれで陛下の居場所が分かったりはしないと思ってたので、これは単なるアンケートだ。あのクソ髭が兵団の中で人望があるのかどうか、の。
で、まあ脅されて言わされた以上の反応があったので、あんまり忠誠心集めてるタイプではない、ってことよね。多分、だけれど。あれで案外部下に信望ある、ってことも考えられないわけじゃなかったから、これならつけいる隙はあるか、なんて計算をしながらわたしはもう一つ尋ねる。
『で、もひとつ質問があんだけどさ。あんたわたしと気が合うみたいだからしょーじきに答えてくれたら放してあげる。いい?』
「わ、わかった。なんでも答えてやるよ。あの陰険な髭野郎の弱みとかでもなんでも……」
『それは個人的に興味あるけど今はいいわ。あんさ、長い銀髪の若い女があの城に紛れ込んでない?自分からやってきたのでも捕らえられてきたのでもなんでもいいわ』
銀髪で若い女でしかも美人となると、まず間違いなく見たら忘れられまい。わたしの歓心を買おうと嘘つくにしても正解が分かんないんだからここは下手な嘘ついたいりはしないだろう。
ちうことで、どうなの?、と耳元でささやいたのだけど。
「銀髪の女……?いや、知らない……けど」
『知らない?どこにいるかとかじゃなくて、見たこともないの?ここ最近で』
「い、いや最近というのなら見たというより噂程度には聞いたことはあるけれど……」
『噂?どんな』
「なんでもあんたが東部国境でカルダナと小競り合いしている時に一緒にいたとかなんとか……」
事実じゃん。ていうかあの出来事がもうコイツらの耳に入ってるの?なかなか第二師団の情報網ってのも侮れないわね。
『それ以外には』
「いや、俺はただの歩兵だし術兵の連中みてえに中心部で何があるかなんて知らないよ。なあ、そろそろ放してくれないか?聞きたいことには全部答えただろ?」
『は?あんたを解放したらわたしが来てることご注進に走るでしょ。冗談じゃないわよ』
「お、おいっ?!話がちがっ……やめろ、頼む止めてくれ俺には結婚を間近に控えた妹がいて……」
『あん?あんた妹と結婚しようとかいう外道なワケ?だったらますます放すわけにはいかないわねえ……』
「そんなわけがあるかぁっ!俺とじゃなくて近所の幼馴染みで俺の弟分みたいなヤツで……な、なあ、あんたがこの辺うろついてることは絶対に言わねえから、頼む、頼む……っ!!」
ぱっ。
まあそんな感じで羽交い締めにしてた腕を緩めると、一目散に逃げ出すのかと思ったら確かにわたしを振り解きはしたけれど、逃げ出しもせずただ振り返って不思議そうな顔でこっちを見ていた。
『どしたの?逃げないの?』
「……なんで放した?」
『なんでも何も、約束守っただけでしょ。妹が結婚するってのもウソとも思えなかったからね。ただ、あそこに戻るのだけはお薦めしないわ』
「誰にも言わねえって言っただろ……」
『そうじゃなくって』
戸惑い気味に弁解する兄ちゃん。そんなにわたしって評判悪いんだろうか。別に第二師団に評判悪くてもなんとも思わないけど。
でも、それはともかくとして。
『今からわたしがあそこをぐっちゃんぐっちゃんのメッタメタにしてやるから。巻き添え食いたくなかったらさっさと逃げること。それともあのクソ髭に忠義立てしてわたしの敵に回る?ん?』
冗談じゃねえ、と引きつった顔でまたもやガクガクと首を縦に振ると、ほらさっさと行きんさい、と追い払う仕草をわたしがしたのをこれ幸いにと、ようやく脱兎の如く逃げ出したのだった。岩山から転げ落ちんばかりの勢いで。廃城と反対の方角に。ま、長生きしなさいな。妹さん夫婦のためにね。
『さぁて』
わたしは兄ちゃんの背中が見えなくなったのを確認して、廃城の方角に向き直り、左の手の平に拳に握った右手を叩き付ける。
なんでか知らないけれど、パレットはあそこにはいない可能性が高い。いるにしてもそれなりに丁重な扱いを受けているんだろう。どーやってアイラッドに手紙を預けたのかは知らないけど。
だったら陛下と同じようにそう簡単に害されたりはするまい。ていうかほぼほぼ自分から捕まりに行ったのだから、自己責任ということにしよう。
………あ、なんか考えていたら無性にムカついてきた。あんであいつのお遊びに付き合ってこんな危険な目に遭わなきゃなんないの、わたし。
もういい。
陛下を救い出すついでにあのアホのドタマを一発イわすつもりだったけど、下半身丸出しにしてあの紐パンを剥いてくれるわっ。陛下はそのついででいーわよ、もう!
冷静に考えると青銅帝国の皇帝陛下を紐パンの下に置くよーなことを言いながら、誰も聞いてないのをいいことに空に飛び上がると、右腕を上に突き上げ、左手を拳にして肩の辺りに置き、こう叫んだ。
『じょわっち!』
そして、わたしに出せる全速力で突貫を始めた。城に向かって。