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第213話・帝都の空駆ける竜(悪役令嬢転じて謀略令嬢とそのシモベたち)

 「結局、陛下が幽閉されている場所、というのはまだ判明していないのですわね」

 「はい。それに、第二師団の人たちがいるという場所も、ですね」

 『ビデル殿下の話だと結構な人数がいるっぽいですからね……もう分散して潜伏してる理由も無いんじゃないですか?それに、陛下の身柄が手に入っちゃったんならきっと強気になってコソコソしたりしなくなると思うんです』


 お嬢さまのお部屋で額付き合わせて策謀会議ちゅー……にしては良い匂いが立ち込めている。お昼ごはん食べながらなんだから当然だけど。しかもわたし所望のシクロ肉のクレープで!流石に山葵ソースは無かったのでベリーソースだけど、これまたブリガーナ家の厨房がいつものように良い仕事してくれて……うん、まあそれでころじゃないか。


 「それについては協力してくださっている高等学校の皆の情報が裏付けになりますわね。見るからに術兵らしき雰囲気の外国人が多数出歩いている、と。行き先も、細かい場所はともかくおおよそ方角めいたものは掴めておりますわ」


 ナプキンで口元を拭ったお嬢さまの言葉にネアスが頷くと、帝都周辺の地図をテーブルの上に広げた。わたしはまだ自分の分の料理の載ってるお皿と、二人の空になったお皿を除ける。


 「……目撃例は何件かありますが、多くは帝都の北部郊外に向かっているもの、というものが目立ちますわね」


 おめーいつまで食ってんだ、という非難がましい視線には気付かないフリをしつつ咀嚼続行。だってこのベリーソースがね。甘味は程よく、お肉の下味の塩気も抑えめでそもそものシクロ肉の素材の良さを際立たせてね?


 「あなたいつまでもぐもぐしてるんですの。話が進まないから早く食べておしまいなさい」

 『ふい』


 気がついてないフリを見破られて実際にツッコまれてしまった。お嬢さま容赦ないです。


 「それで帝都の北部郊外と言っても狭くはありませんわね。目星はついているんですの?」

 「そこまではまだ。ただ、アイラッドさんと仲間の子たちがそちらに向かっているようですし、ある程度絞り込めるかもしれません」


 時間が許せばですけど、と若干気まずくなることを言ってくれる。いやそりゃまー確かに丸一日以上ゴロゴロしてたけど、マージェルおねーさんの情報とか全面的に協力してくれることになったビデル殿下の助言とか、いろいろまとめられるの待ってたんだしぃ。

 ただ、こうしているうちに潰すべき相手が一箇所にまとまってくれてるのはこっちとしては面倒が無い。相変わらずの政治的配慮とやらで、四裔兵団に第一の手柄獲らせるわけにいかないけど、敵が強大になるほど彼らも及び腰になるんだしね。いくら猛者揃いの四裔といえども、十分な数を揃えた理力兵団を相手に大規模戦闘するわけにいかないのよ。

 そこでわたしの出番となる。郊外に集まってるんなら多少派手にやっても問題無いからね。


 「……となると、やはり彼らからの連絡を待つ他ありませんか。本音を言えば、協力してくれたとはいえ敵対国の傭兵と、わたくしよりも幼い子供に頼るのも本意ではないのですが……」

 『アイラッドのことなら大丈夫じゃないですかね。アイツ、落ち着く先が欲しいみたいですし、ここで目一杯働きを見せればブリガーナの歓心買えるってマジ顔でゆってましたもん。あと、アイツにくっついてる子たちもそれなりにしたたかですし、アイラッドだって何だかんだ言ってあの子たちを無下にはしてませんから、そんな心配ないですよ』

 「そうです、アイナ様。ああ見えてあの子たち結構頼もしいですからねっ」


 コブシ握ってなんか力説するネアスの心の琴線に、あの子たちの何が触れたのかは分かんない。けど、どーにもネアスっぽくない興奮した様子はわたしとお嬢さまをちょっと引かせるには十分だったりする。


 「それではバナードたちにはもう少し引くように伝えておきましょう。あと、アイラッドたちとの連絡をもう少し密に……」


 大人たちの働きとは別にわたしたちはわたしたちでアレコレと動いてる。というか、どっちかってゆーと大人たちの動きをカモフラージュにして実はわたしたちの方が本命なのかもしんない。わたしという切り札があるんだからね。

 何はともあれ、わたしたちはわたしたちに出来ることをいっしょけんめいやるのみ。

 ふっふっふ。最後の見せ場はずぇんぶわたしがかっさらってやるからねっ!


 「……コルセア。あまり無理をしてはいけませんわよ」

 「そうだよ?コルセアがケガしたりしたら、大変なことになるんだから。でもそれ以上に、普通にケガしたりするのだって、わたしたちは望んでいないんだからね」

 『………あー、うん。わかってる。気をつけるよネアス。それから、お嬢さま。心配してくださってありがとーございます。ぺこり』

 「べっ、べつにあなたの心配などしてはおりませんわっ!」


 いかにもテンプレな反応を見せるお嬢さまを目の当たりにし、わたしとネアスは顔を見合わせてくすくすと笑う。


 ね?言ったでしょ、これがツンデレ、っていうものだよ。

 うん。アイナ様お可愛いよねっ!

 

 ……まあ訳せばこんなとこだろうか。


 「あ~な~た~た~ち~?」


 そしてそれだけで察してしまえるのも、お嬢さまなのだ。

 まこと、地獄耳とはウチのお嬢さまのためにある言葉………


 「コルセアっ!!」

 『はひっ!……いえあの、わたし別にお嬢さまのコトはいつも常日頃尊敬もーしあげてますよ?』

 「いつもと常が被っておりますわよ。あなたまた失礼なことを考えてましたわね?」


 宙に浮かびながら直立不動のわたしを鬼ババ……もとい鬼の形相で睨め上げるお嬢さま。ああ麗しき様式美。お約束とはわたしたちのためにある言葉……あれ?


 『…あのお嬢さま。なんか誰かが息せき切ってこっちにやってくるようでうすけど』

 「誤魔化すつもりなのかしら、この口の達者なトカゲは。そのようなことでこのわたくしが誤魔化されるとでも……」


 「大変だおめーらっ!!」


 ノックもせずに入って来たバナードの顔を、わたしはだから言ったじゃないですかと、お嬢さまはバツの悪い様子で、それぞれ見ていたのだけれど、なんか部屋の雰囲気に気圧されて「な、なんだよ」と腰の引けてるバナードに、「バナードくん……女の子の部屋に入ってくるのにはちょっと不躾だよ」というネアスの言葉が一番のド正論だと、気を取り直すわたしとお嬢さまだった。




 『第二師団の声明が伝えられた、ですってぇ?あのクソヒゲ何を言い出したのよ』


 バナードが駆け込んできた理由。それは、陛下の身柄を手中にし、なんか言いたい放題出来る立場を手に入れたあのヒゲ野郎のやらかしを伝えるためだった。

 そんな話がどこから誰に来たのか、っちゅーと、第二師団の正式な使者が臨時に太子府の置かれているブリガーナ家屋敷にやってきて、太子府の主たるバッフェル殿下に伝えてきた、ってことだ。聞いてみれば当たり前の話だけれど。


 「おめーにかかると現在帝国を揺るがしている叛乱の首魁もとんだ小物扱いだな。いや俺もいろいろ調べているうちに同じ感想になってるけどよ」

 『だったら勿体ぶってないで、あのクソヒゲがどんな大それた要求してんのか聞かせてみなさいよ。きっと今年一番面白い冗談だろーから、思いっきり笑い飛ばしてやんだわよ』

 「そんな呑気な話なんかねえ、これ……ええと、まず第一に……」


 ただ、立ち話も何だからとお嬢さまの部屋の、机のある方に移動して(いきなり寝室の方に飛び込んできやがったのだ、こいつは)腰を下ろしてバナードに話させたところによると。


 一つ。帝権を無期限停止すること。

 一つ。理力兵団第二師団を新設の帝国近衛軍として再編し、全ての帝国正規軍の軍権を統括せしめること。

 一つ。バッフェル・クルト・ロディソン第三皇子の立太子を取り消し、当面の間太子位を空席とすること。

 一つ。今上帝の御在所については新設の近衛軍の専権事項とすること。


 ……などなど。

 まあ言うなれば見栄えのする権力や軍事力はみんな俺達が握るから!……ってだけのことだ。ブリガーナ家からすれば、こんなもん経済を握ってりゃどうにでもなる、という程度の内容だろう。それが分かっているのか、お嬢さまも一通り要求とやらを聞いた後でも鼻で笑っていた。ネアスとバナードは少し顔色悪くしてたけれど。


 「……ま、予想の範囲内ですわね。帝権の無期限停止、などと言い出して、行政をどうやってまともに執り行うのか、見てみたくはありますけれど」

 「アイナ様ぁ、そんな無茶な……」


 ただ、兵権を把握していれば暴力で経済をしっちゃかめっちゃかにすることは可能だ。それで帝国が混乱に陥れば、今は大人しくしている周辺国家がなだれ込んでくることは間違いない。

 ビデル殿下の復讐のためであるならばそれも目的には叶うのだろうけど、帝国の勢威を更に押し広げ、その実権を握りたい、などとゆー俗物の極みみたいな目的が、こんな雑なやり方で果たせるとは思えない。


 『ま、破滅するのがあのクソヒゲだけなら手を叩いて喜んでりゃいーですけど、巻き込まれる方はたまったもんじゃないですって。お嬢さま、こんなもの見逃すわけにはいかないでしょ?』

 「そうですわね。ブリガーナ家としても、経済という血液の環流無くして繁栄はあり得ませんもの。政治と軍事の安寧は我が家の栄光と飼ってるトカゲの奢った口を満足させるためにも必要ですからね」

 『お嬢さまぁっ、愛してま……しゅっ?!』


 お嬢さまに抱きつこうとしたら尻尾を掴まれて墜落した。一体だれだっ?!………って、ネアスじゃん。ネアスがわたしの尻尾を掴んで「しらー」っとした目でわたしを見てた。あ、あの……?


 「コルセア。だめだよ、アイナ様に愛を囁いたりしたら。それはわたし以外の誰にも許されないんだからね。わかった?」

 「…………う、うい」


 ヤンデレってた。ネアスが割とヤンデレだった。この娘、はっちゃけたらとんでもねー資質解放してやんの。どーすんですか、お嬢さま……と、そちらを見たら、なんでか知らないけれど顔を赤くしてそっぽを向いていた。あんたらお似合いかっ。


 「そ、それはそうとバナード、第二師団の潜伏場所については何か分かりましたの?」

 「お、おお、そっちの方なんだけど、わりぃ、どうも探ってる気配を察知されたのか、それっぽい連中を尾行しても撒かれてしまってさ……」


 危ない真似してるなあ。いくら帝国内でも優秀な学生が集ってる高等学校だけれど、本職が本気出したらかなわないんだから、そろそろそんな真似はやめさせた方がいいかも。


 「……ですわね。バナード、これまでの皆の協力には感謝しますが、そろそろ潮時ですわ」

 「だな。俺もそう思う。まあまだ首を突っ込みたがる連中はいるだろうけど、何とかして止めてやるさ」

 「お願いね、バナードくん。わたしたちだって、みんなにケガなんかさせたくないもの」

 『まあ仮にれんちゅーもこんだけ大胆な真似するなら、きっとバラけてないで一箇所に集まってるわよ。ほっといても居場所なんかすぐに分かるわ』

 「……悪いな。最後まで手伝えなくて」


 そうなのかな。今まで十分に力貸してくれたと思うけど。いや、そういう直接的な話じゃなくて、わたしが言いたいのはなんていうか、こお……お嬢さま?


 首を捻ってたわたしの頭を、お嬢さまが優しくひと撫で。思わず見上げると、「分かってますわ」とこれまた柔和な笑顔で言う。

 あのー、ネアス?お嬢さまにわたしこんなことされてもいーの?


 「気持ちは一緒だよ、コルセア。わたしだってね、学校のみんなと一緒に勉強したりした生活が大事だもの」

 「そう。バナード。わたくしたちがこうして頑張れる力の源は、今までの暮らしと、これから得られるだろう幸せを大切にするが故。だから、わたくしたちがこうなれた理由の一つである学校での生活を守るため、皆はこれからもそうあって欲しい。だから、あとはお任せなさいな」

 「………かっこつけんなよなあ。そういうのは男の役目だろ?」


 顔をクシャッと歪めたのは、なんか感動したのを隠したかったのだろうか。ありそうよね。コイツほんっとーに捻くれてるし。


 「ふふ、さてもう一つの懸念である、第二師団の居場所ですけれど……そろそろそれも分かる頃合いなのではなくて?コルセア」

 『ん、そーですね。また誰かがやってくる足音します。えーとこれは、ウチのひとですけど……』


 と、待つまでも無く、こちらは礼儀正しく扉をノックする音。

 わたしがなるべく勿体ぶってそちらの方にふよふよ漂っていき、用の向きを尋ねると予想に違わず「アイラッドからの遣いの者が」というお話。


 「構いません。入りなさい」


 これまた勿体ぶってお嬢さまに近付き、用件を伝えてわたしがまた扉を開けに行く……この一連のやりとりが意味無いとか言ってはいけない。貴族はこーゆー無意味な作法とかにこだわるのだ……って、アイラッドのとこの少年じゃん。どしたん?


 「隊長より預かってきました。こちらの二通を」

 『あ、はいはい。ごくろーさま。お嬢さまから、って伝えて厨房で何かいーもの食べさせてもらっていってね。ありがと』


 いーもの、ってところで一瞬ほにゃっとした少年の背中を微笑ましく見守ってから、二通の手紙を持って三人のもとへ。

 わたしが爪の先っちょで封を切り、わりかし格式ばった書式の方をお嬢さまに。

 中身を一読したお嬢さまは、「第二師団の居所に関する知らせですわ。見つかったようね」と、自分が見つけたわけでもないのにすんげーえらそーに言っていた。いや気持ちは分かるけど。

 そんでもう一通の方は……なんだこりゃ?イトミミズがのたくったような字で、かろうじてわたし宛てということが分かる。誰だこんなヘタクソな字を書くのは、ってパレットじゃん。なんでアイツがわたしに手紙なんかを……………………………おい。


 「コルセア、どうかしましたの?」

 「あれ、コルセア震えて……寒いの?何か温かいものでももらってこようか?」

 「なんだよ、おめーが静かになると薄気味がわりぃ……」


 『なんじゃこりゃ──────────っっっ!!』


 それほど難しいことが書いてあったわけじゃない。

 でもわたしは怒りに任せてついつい手紙を左右に引っ張って引き千切ってしまい、こう言うしかないだろ、って万人が思う叫びを上げていた。


 「ど、どうしたおいっ?!薄気味が悪いとか言って悪かったけどそこまで怒ることは………」

 『そうじゃねーわよっ!あの、あの紐パン女ぁぁぁぁぁ…………一体何考えてんじゃぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!』


 そう。

 わたしに宛てられたパレットからの手紙には、こう書かれていたのだ。


 『捕まっちゃった。助けに来てね、コルセアちゃん(はぁと)』

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