第212話・帝都の空駆ける竜(あやうくタイトル変更の危機)
『あ、お嬢さまそこです。そこそこ……ん~、ちょい右……お嬢さまから見てじゃなくてわたしから見て。あ、そうそうそこ。う~ん……しあわせぇ………。ネアスぅ?だめだよ、わたしのお腹なでなでするのさぼったら。のどのとこかいぐりかいぐりはお嬢さまに譲るけど、ネアスの手でやさしく撫でられると、わたしのお腹はしあわせで満腹になるんだからね?』
「…………」
「…………」
なんか視線がイタイ気がするけど気のせいだ。気のせいだったら気のせいだっ。
だってネアスの膝に後ろ頭を預け、その手でお腹を撫でさすられながら一方お嬢さまの魅惑の指使いであごの下をぐりぐりされるのは、第二師団のクーデター勃発以来働き通しだったわたしへのささやかなご褒美なんだからっ!
……ええ。思い起こせばホントーに大変な日々でした。叛乱の起こったその場に居合わせたわたしは、その後の全ての騒動の渦中にあり、襲い来る本邦の危機に一人東へ赴き全てを解決したのです……それから帝都にとって返すと、休む間もなく叛乱の一方の首魁、第二皇子ビデル殿下の捕縛に向かい、その人質となっていたお嬢さまの救出にも成功…………ああ、ああっ!自分の功績が巨大すぎて……恩賞がどれほどのものになるのか、考えるだけで、コワイ……っ!!
『あ、お嬢さま?わたしお昼ごはんはシクロ肉のローストに山葵のソース奮発して欲しいです。出来れば焼きたてのそば粉のガレットで包むのを是非所望……』
「……ねえ、コルセア?そろそろ起き上がって動き出した方がいいと思うよ?もう二日もこうしてるじゃない。伯爵様やブロンヴィード様もいい加減呆れていらっしゃるよ……」
いー感じにぽんぽこしたお腹を変わらず撫でさすりながら、ネアスはなんとも受け入れ難い苦言を呈してきた。そんなことゆってもー、わたし一度死んで復活した身だしぃ。しばらくは休息も必要だもん。あー、際限なく甘えさせてくれるネアスマジ天使。ごろごろ~。
「…………」
『お嬢さま。なに見てるんですか。手が止まってますよ?ほらほら、ネアスの膝枕とお嬢さまの人差し指は揃ってこそわたしに至福をもたらす。言うなれば幸せの両輪、比翼の連理。若干意味違ってるかもしれませんけど、まあお嬢さまとネアスの関係も意味すると思えばモウマンタイ。さささ、ゆっくり嫋やかに、緩まず急がず、この喉の下を掻いぐるのですぅ~ごろごろ~……ああん、とってもいい感じ~』
なんか指がぷるぷる震えてる感じなのが気になるけれど、お嬢さまはわたしの言った通りにやさしく喉の下からアゴの下にかけて「つつつ」とやさしく指を往復させる。この際ぷるぷるしてるのもいー感じにこそばい。
まったく。ハーレムとはまさに今のわたしのためにある言葉よね。もう悪役令嬢もの返上してスローライフものに変えてしまおうかしら。「異世界でドラゴンとして生まれ変わったOLだけど貴族令嬢と才能豊かな美少女に愛されてわたし幸せですっ!」とか。
「…………」
「………#」
『あのちょっと二人とも?わたし黙ってるからって寝たわけじゃ無いんだからサボったらダメですよー?特にお嬢さま。さっきネアスに邪魔されましたけど、お昼ごはんのこと忘れたわけじゃないですからね?ほらほらちゃんとわたし渾身のオーダーであるところのローストシクロ肉のクレープを…………ぷぎ?』
「い・い・か・げ・ん・に・しなさいこのダメトカゲが────────っっっ!!」
『ぷぎっ?!ぷぎぎぎっ?!』
無表情でわたしの喉を撫でてたお嬢さまの指は、しばし動きを止めたかと思うといきなり手がばっと開かれて、そして反対側の左手が上から挟み込むよーに、両の手でもってわたしの口を上下から抑え込んだ。
それからそのまんま上下に揺さぶってわたしをシェイク!シェイク!シェイク!
これはわたしへの苛立ちを表現する新技だ!
……けれど悲しいことに。
「……はあっ、はあっ、はあ、はあ………。わ、分かりましたかコルセアっ?!いつまでこんなおバカな遊びを続けてるつもりなのですかあなたはっ!」
「あの、アイナ様……お疲れのところ申し訳ないのですけれど……」
「はあ、はあ……な、何かしらネアス?」
「コルセア……喜んじゃってますけど」
「ええ?」
そうなのだ。
どうにもこの技は、お嬢さまが疲れる反面わたしが楽しくて、お仕置きとしての効果が皆無どころか振り回されて「きゃっきゃ」と喜ぶわたしを見たお嬢さまの徒労感が増すだけという、まったくもって逆効果しか無いのだった。
「あ、あなた首の構造がどうなってますの……」
そんなこと言われましても。子供が高い高ーいされて楽しいみたいなもんじゃないですかね。
さて、お嬢さまを無事に救出して、屋敷に戻ったお嬢さまはネアスや殿下との感動の再会を果たした。
それに引き続いていろんな後始末(ビデル殿下や付き従ってたコラーダ候国の面々の処遇含めて)がされている間、わたしは成し遂げた功績にふさわしー対応を求めたのだった。
すなわち、お嬢さまとネアスを並べて山盛り甘やかしてもらうとゆー、それはもう、この国においては他に誰もなし得ないご褒美じゃない?だからこれくらいは、これくらいは……と、二日ほどダラダラしてたのは流石に問題だったかしらん。
「こんな時に何を考えているんですの、あなたは」
『お嬢さまだって割とノリノリだったじゃないですか、最初のウチは』
「わたくしを助けに来たこと、カルダナを国境線の向こうに追いやったこと。一連の企てからビデル殿下の手を引かせたこと。それは功績に数えて構わないでしょうし、多少は甘やかしても、とくらいは思うものでしょう?それがあっという間に増長してこの有様……あなたには少しくらい厳しい方がちょうど良いと改めて思いましたわ」
『しょぼーん』
まあこんなやりとりだって、いつもの通りにネアスが「あはは……」とちょっと困ったように笑えば全部元通り。
「………(じとー)」
あれ。なんか今日に限ってはすんごい冷めた目で見られるだけ。わたし何か悪いことしたっけ。
「……コルセア。もうダメだからね?」
『え、なにが?わたし悪いこと何もしてないと思うんだけど……』
「そうじゃなくって、わたしの膝枕はアイナ様のものなんだから。今回頑張ったから特別にしてあげたけれど、コルセアだってアイナ様の許可も得ずにわたしが膝枕してあげられないんだから。いい?」
『う、うい………あの、お嬢さま?』
「……知りません」
あのネアスを、どんな風にすればこんな風にしてしまえるんですかあなた。しかもわたしには大分甘かったのに。ねーお嬢さま。ちょっと。
「分かりましたわよっ!……ネアス。申し訳ないのだけれど、コルセアがなんだか寂しそうなので、せがまれた時なそれくらいしてあげてちょうだいな」
「はい。アイナ様の仰ることでしたら!……というわけで、またそのうちね、コルセア」
『……あはは』
なんだかなあ。この場面に限ればネアスがお嬢さまをからかっただけみたい。てことはわたしはダシにされただけか。まあいいけど。
「……さて、遊びの時間はこれくらいにしましょう。陛下の救出と第二師団の問題をなんとか片付けないといけませんわね」
延び延びになってたお昼ごはんを持ち込み、お嬢さまの部屋で三人だけの作戦会議が始まった。
お嬢さまが救出されてから、実に三日目のことであった……その間ずっと何してたかって?わたしがこーしてお嬢さまとネアスに挟まれてたのはこの丸一日だけのことよっ!間の一日、実際にはお嬢さまとネアスってばさあ………いたいいたいっ?!
「……また何か不埒なことを考えていたようね、このトカゲは。といいますか、やっぱりあなたにはヘンに凝ったことをするよりこれが一番効くようね」
『あいぎゃんろうぶふのひゃふふぁいひゃんたーいっ!!』
「あ、あはは……」
ある意味こーしてお嬢さまにお口の端をむにゅーんてされるのも懐かしい感触ではある。