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第209話・帝都の空駆ける竜(自分探しの短い旅)

 とりあえずお嬢さまを撥ね除けた罪は後々問うとして、マージェルおねーさんは横たわるわたしの隣に膝をつけて手をとると、涙も流さんばかりの必死な形相でこう訴えた。


 「紅竜殿……あなたの寛恕かんじょすがる他は無いのです……どうか、どうかビデル殿下をお救い頂けないでしょうか……っ……」


 え。

 あの、ちょ……救うも何も殿下をアレしたのあなたじゃないですか。ていうかいくらケガする前の状態に戻すとか戻さないとか言うてもわたし自分のことしか出来ませんって。むしろそれすら出来る保証無いってのに……てなことを言おうと思ったら、お嬢さまがとりあえず落ち着けとばかりに、マージェルおねーさんの肩を抱いて宥めていた。


 「クロッスス男爵令嬢。まずはお静かに」

 「アイナハッフェ様……」


 男装の麗人の趣きもあるマージェルおねーさんが、泣き崩れながらお嬢さまに抱きしめられてる姿は、なんかビミョーに背徳感が……とか思ってたら、なんか脳内ネアスがむくれてた。そりゃまあそうか。


 『あのー、お嬢さま?お優しいのは大変結構なのですが、お相手は選ばないと恋人が嫉妬しますよ?』

 「あなたこんな時に何を言うの……それよりバージェル様。ビデル殿下のなさりようとあなたのお立場にはいろいろ不審な点もあるので、おたずねしたいこともあるのですが……落ち着いてからの方が良いのでしょう。今はまず、ここから出ることを考えませんと」

 『そのためにわたし復活した方がいいと思うんですが。どーしましょう』

 「コルセアちゃん」


 ……なんかいろいろしっちゃかめっちゃかというか整理もつかねー事態が積み重なっていく中、相っ変わらず空気読む能力の皆無な紐パン女神能天気な声をあげていた。何だってのよ、もう……。


 『あによ、紐パン女』

 「それはもーいいってば。なんなら見てみる?とっても扇情的なのはいてるわよー。ちらっ」

 『やめんか!今シリアスな場面なんだから真面目にやんなさい、真面目に』

 「はいはい。えーとね、とりあえずでいいから、コルセアちゃんは自分の復活を最優先して。多分それで全部解決するんじゃないかなあ」


 またテキトー極まるアドバイスだった。

 ていうかさ、パレットの言う「全部」ってどこまでを含むんだ、って話しなワケよ。わたしの肉体が元に戻るまでを全部、って言うんじゃ次にやってくるのはとんでも愁嘆場になるんじゃない?


 「ままま、悪いよーにはしないから。大体、コルセアちゃんだって復活するにしても簡単に出来るものじゃないでしょ?やり方わかる?」

 『分かんない』

 「そんな……っ」


 これはマージェルおねーさんの絶望的な悲嘆の声。

 そりゃまあ、ビデル殿下を救いたいとかそーいう向きをわたしの復活に掛けるしかないのであれば、わたしがどーすりゃいいのか分かんない、なんて話は受け入れ難いんだろうけど。なあんか、それだけじゃないって気もしてきた。下世話な方向の想像だからあまりツッコまない方が良いだろうけど。

 …ま、いいか。目の前のやることがシンプル、っていうのはわたしの性格には合っている。余計なことを考えるのはお嬢さまとかパレットに任せよう。わたしは自分とみんなのために、まずは復活しないと。


 『細かいやり方は分かんないけど、まず何をしなければいけないかは分かる。とりあえずそれをやって、あとは出たトコ勝負でなんとかしてみるわ』

 「んふふ、コルセアちゃんらしくていーわよ。がんばって」

 『わたしらしい、ってのはどういう意味だおい。自覚があるだけに言い返しにくいっての』


 ぶつぶつ言ったところで、パレットのなんか信頼していますぅ、みたいなほにゃっとした笑顔は崩れなかった。言っても無駄な気がしていろいろ諦める。

 さて、暗素界のあのヤローにアクセスするってのは、今までも何回かやってる。コミュニケーションが成立したためしがない、っていうのが不安材料だけど、ま、なんとかなるでしょ。何せあっちにしてみれば、わたしを切り捨てて得があるわけじゃないんだし。

 とりあえず、みんなには「んじゃ行ってくるわ。おやすみー」とだけ言って再び横になる。目を瞑ると、割とすんなり「そういう状態」になった。




 『……で、やっては来たんだけど……うーん』


 そういう状態、というのがどういう状態か、っていうとだね。

 まず、暗素界の本体のヤローとは繋がっているということは、感覚的に分かってる。

 なので普段はその繋がっているものを頼りにこっちの要求を伝えているのだ。ちなみに向こうから何かしろとか言われることは無い。その代わり、こっちの呼びかけに必ず応じてくるとも限らない。

 今は、その繋がりというものを直接辿って暗素界にやってきている、というわけだ。

 ちなみに暗素界がどういうもの、っていわれても描写は難しい。現界に特化したわたしの感覚では、現界で「見る」という情報入手手段では、同じように目で見たものを伝えてはこないからなのだ。

 例えば目で見たものが音として感じられるとか、そういう感じ。まあそんな分かりやすいものではないけれど。


 『……おーい、来てやったから顔くらい出しなさいよう』


 なので、見えない聞こえない、こっちの喋ったことが伝わっているのかも分からない。分からないけどまあ、どっかの誰かが都合良く変換してくれないかなあ、と思ってそう呼んでみたんだけれど。


 『だめかー。まったく、こっちが現界から伝えた時は伝わったか伝わってないかくらいは分かるってのに』


 暗闇としてわたしには認知出来ている世界において、浮遊感半端ない感覚に身を委ねると、話に聞く宇宙の泡構造の空洞の真ん中にでもいるのかしら、と思って……。


 『……ちょちょちょっ、それあんまどころか全然シャレになんないんだけどっ?!』


 ゾッとする。いやなんだ、子供の頃に海で足が届かない場所まで行っちゃって、なんか急に慌ててしまった時の超絶遥かにスケールのおっきいドタバタみたいな……違うか。いやなんか、現界においては全能の、とまではいかないにしても結構大きな力を持ってる、って自覚出来るからさ。こうして自分で知覚出来る「暗素界」ってのに来てみると、わたしの持ってる力なんてほんっとちっぽけなものに過ぎないんだなあ、って思い知らされるわけよ。その落差が凄まじい。

 そんで、心細くなる。なんか生き返るとかどうでもよくなって、ゾンビみたいなままでもいいからお嬢さまとネアスの間にいれればそれでいいかなあ、なんて思っちゃう。いやそれだとパレットが気の毒か。あいつもいていいかな、って最近思いつつあるから、わたしの後ろにいるくらいや許してやろう。そんでずーっと、みんなでいられたらいいかな。

 ………ウン、そうだ。帰ろう。帰ってお嬢さまに甘やかしてもらおうそうしよう。そうと決まれば早速ウルトラマンが飛び去るポーズでぇ……。


 {¥$’~*<!?&{+_|」}


 ………ふぇっ?


 L$=@PQX`~¥”!!」}


 ……な、なんだ?何か聞こえる……?いや、わたしの感覚的に「聞こえる」ってことは声とか音じゃなくてなんか他のもの、って可能性があるんだけど……。


 !!9MC@{?0^”!!


 『……えー、ちょっと。何が言いたいのか知らないけど、わたしの理解出来る言葉で喋んなさいよっ!ていうかさっきから誰もいねーしそろそろ帰ろうと思ってたトコなんだからもうほっといて!……え、なに?なにが………ひぎぃっ?!』


 何だコレ。

 さっぱり要領を得ない呼び声に業を煮やして喚いたわたしに、何かが注ぎ込まれた。

 ナニか。何、って、情報だ。五感の全ては言うに及ばず、存在するかしないか分からない第六感とかなんじゃ、って思わざるを得ないものも含めて、とにかく情報が脳に直接届いた。

 眩しい。黄色い。苦い。うるさい。心地よい。塩っぱい。青と赤のまだらが光ったりクサかったりかゆかったり。視覚嗅覚味覚触覚聴覚。それに加えて人間には理解出来ないというか理解したらいけない類のぴしりぴしりした何かとしか表現しようのない感覚が、区別なく脳内に注ぎ込まれる。というか押しつけられる。もう入らないってゆってんのにお構いなしに次から次へと押し寄せる。どの感覚なのか整理する間もなく、次から次へと。

 処理しきれないなら一先ず忘れればいいのに、それすら許されない。これは明るいこれはいい匂いこれはくすぐったいこれは美味しいこれは……って、どの感覚のものなのか、一つ分けるともう千を超える次の感覚が積み重なってる。しかも、六つ以上の感覚が綯い交ぜになったものが、だ。それをどれ一つだって後回しにさせてくれない。だめだ。脳の処理が追いつかない。意味があるのか無いかも分からない処理に忙殺されて今自分が何をしているのか今何が必要なのか今何をしたいのかとか、自分の意志みたいなモンがどんどん薄れてく……あ、あかん……わたし、こわれる………………………たすけて……おじょうさま…ねあす……ぱれっと……………………………………………………おかあ、さん……………。

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