第208話・帝都の空駆ける竜(説明お〇さんの面目躍如)
「……つまりね。コルセアちゃんの体は、暗素界にいる本体の有り様に大きく作用されるわけ。分かった?」
『分かるか、ぼけぇ。わたしやお嬢さまも知ってる揺動効果の説明を一通りした上で「つまりね」もヘッタクレもあるかっ』
思ってたよりパレットが使い物にならなかった。期待してなかったといえばウソになるが、こうもあからさまに何も分かんないと腹が立つのよっ。
「まあお待ちなさいな、コルセア。あなたが今、死んでる状態と生きてる状態の間にあるということは分かったわ。死にかけているのに、死んでいない。生きているのに、死んでいる。けれどそれは、暗素界の状態がそのまま反映しているから。そういうことなのでしょう?パレットさん」
「アイナちゃん、かしこい」
いや、そりゃわたしだって分かるけどさあ。
要するに、今のわたしの肉体は、現界で死んだ瞬間に暗素界にいる本体の状態に切り替わった、言うなれば落雷して停電した瞬間、無停電装置に電源が切り替わった端末みたいなものだ……ちょっと違うか?
現界に存在する竜は、コンピューターに例えればサーバーたる暗素界の本体から情報を引き出している端末に相当する。そして本来であれば端末の存在自体は重要じゃない。サーバーが生き残っていればシステムは存続する。
ただし、システム全体が道具として役に立ち続けるためには、端末が重要であることに違いはない。だから、サーバーである暗素界の本体は端末であるわたしの維持に力を貸す。必要に応じて、だけど。
なので、寿命が尽きたのならともかく、不慮の死で本体側が必要と判断したら、自分の状態と直結して生きている状況を維持するのだ。言うなれば仮死状態ならぬ、仮生状態とでもいうのか。
『じゃあさ、わたしの血が溶岩のごとき有様になって帝国を滅ぼす、って話はどーいうことなのさ……なんでお嬢さまがビクッとしてるので』
「い、いえ。なんでもありませんわ」
なんでもないってこたーないと思うんだけど。相変わらず横たわったままでいるわたしの枕元にあったお嬢さまの姿を見上げると、目が合って気まずそうに逸らされた。うーん。
「えーと、それはね。……これ、アイナちゃんに言ってもいいことなのかなあ。まあいいや」
いいんかい。ていうか、この場にはお嬢さま以外の人の耳とかもあるんだけどな。そこで転がって「むーむー!」言うてるおっちゃんとか。いまだに呆けてるマージェルおねーさんはいいとして、あとは……ビデル殿下の亡骸とか。
「聞いてる?」
『え?あ、ああ、聞いてるわよ。ていうか相変わらず傷がずくずく痛むから手短にね』
「はいな、お任せて。えーとね、アイナちゃん。コルセアちゃんはループと呼ばれる状態にあったの」
「るーぷ……ですか?」
「うん。まあ詳しいことは置いとくとして、コルセアちゃんには呪いがかけられていたのよ」
「……それは暗素界の竜にかけられるもの、なのですか?」
「いえ、こっちはコルセアちゃん個人に対して、ね。性格の悪い創造主のせいで。で、これまた創造主の都合なんだけど、コルセアちゃんにかけられた呪いというのは、このループをいかに効率良く回すか、ってことに関係しているのよ」
お嬢さま、首を傾げて何のことやら、みたいな。
でもわたしには分かる。パレットとわたしをこのループに叩き込んだクソったれは、わたしに危害が及ぶと、全てをご破算にしてやり直しをさっさと始められるよう、血が溶岩のようになって辺り一帯どころかヘタしたら世界の果てまで火の海にしてしまうよーな仕組みにしたのだ。
「とにかく、コルセアちゃんが殺されると世界が滅ぶ。そういうことなの……って、アイナちゃん顔色悪いけど。どしたの?」
「い、いえ。なんでもありませんわ。それで、その呪いというものが実在するとして、何故今回はそのような恐ろしいことならなかったのでしょう?」
うん。それはわたしも気になった。そういえばちょっと前に鼻血を出した時も、溶岩にならなくて不思議に思ったなあ。そのときに「呪い」って単語がふと浮かんだのだけれど、大体合ってたとはわたしもなかなかやるじゃなーい。
「うん、それには二つ理由があってね。一つには、ループを繰り返す必要がなくなったので、コルセアちゃんの死をきっかけに世界を滅ぼす理由も同時に無くなったこと。なのでコルセアちゃんはもうその類の呪いからは解放されたの」
お優しいお嬢さまは、事情を完璧に理解したわけじゃないだろうけれど、わたしのことを思ってかホッとした様子だった。ああんお嬢さまぁ、やっぱり愛してますぅ。
「そしてもう一つは、コルセアちゃんを殺そうとした動機によるものね。もっともこれは、意地の悪い創造主の仕業ではなくて暗素界にいるコルセアちゃんの本体の方の仕業だけど」
え。そうなの?そんな仕組みがいつの間に。
「憎悪をもって暗素界の竜を害する者は、相応の報いを受ける。またなんともあいまいな定義なんだけど、コルセアちゃんほどに人間に混ざって生活する竜は他にいないからね。まず発動する機会の無い呪いと言えるのよ。でもほらこのコはさ、アイナちゃんのこと大好きじゃない」
「ええ」
「なので、こうして人間から憎しみを受けることもあるワケよ。今までも、コルセアちゃん以外の竜が殺められて呪いを発動したことがあったかというと……まああるんじゃないかしらねえ。あたしは知らないけど」
そこまで語ったパレットは、喉でも渇いたのかお嬢さまの隣に腰を下ろし、きょろきょろと辺りを見回したのだけど、欲しいモノが見つからなかったのか、ガッカリして肩を落としていた。
『……えーと、パレット。水が欲しいならそこらの鞄の中に水筒でも入ってるかも。探してくれない?』
出来たらお嬢さまの分も探してあげてくれる?とお願いするとパレットは素直に荷物を漁り(あんま見たくない姿だった…)、まだたまにモガモガ言うてる兵士の鞄の中から水筒を引きずり出していた。
全部で二本取り出すと、それぞれを両手に持ってお嬢さま、わたし、自分の手元の間で視線を往き来させた後、断腸の思いで、みたいな顔になってわたしとお嬢さまに一本ずつ差し出す。
『わたしはいーわよ。別に喉渇いてないし。あんたとお嬢さまで分けなさいな』
「わーい。コルセアちゃん大好きぃ」
『だからしがみつくなっつーの。傷が塞がってないんだから汚れるわよ。あとまだ若干痛い』
「あ。ごめんね。はい、アイナちゃん」
「ありがとうございます。コルセア、本当に良いの?」
『多分飲んだら傷口からぴゅーって吹き出すと思うんで。あ、見たいなら飲んでみせますけどー』
「またそんな強がりを言って、もう……」
傷はまだ痛むの?と問われて、まだちょっと、と答えたら、早く屋敷に帰って手当をしましょう、と痛ましげに言われてしまった。お嬢さまのそんなトコを見たくなくて、だいじょーぶですって水も出ますけど火も吹けますほらっほらっ、と細く火を吹いたら、二人揃ってくすくす笑っていた。和むー。
そんでしばらくの間は、何があったのかを話し合った。
聞き耳立ててる縛り上げた兵士と、自身が殺めた殿下の亡骸の側でまだ一言も口を利けないマージェルおねーさんはやや遠ざけておいて。
そんで、時々挙動の怪しかったお嬢さまが懺悔のように言ったのは、わたしが傷を負ったときに溶岩の如き血が流れ出るというのをビデル殿下に教えてしまったことだった。
ビデル殿下は、当初暗素界の紅竜たるわたしを帝都で暴れさせるためにお嬢さまを人質として利用しようとして、バッフェル殿下の立場と陛下の安全を材料にお嬢さまを巧みに連れ出した。
そして、わたしが目的なのだと知ったビデル殿下を止めようと、「何故か」知っていた、わたしに血を流させることがとても危険なことを伝えると、却ってわたしを害することで帝国を破滅させようと考えたらしいのだ……それって自分もろとも?ってことになるんだが。
「……わたくしが言うべきことではないのかもしれませんが、あるいはビデル殿下の絶望と帝国への復讐の念はそれほど根深いものだったのかもしれません。コルセア……ごめんなさい。あなたを危険に陥れるような真似を、わたくしはしてしまったのですね……」
『あーいえ。お嬢さまに謝られるよーなことでは。ていうか結果的に上手くいったんだからいーじゃないですか』
わたしに謝って悄げるお嬢さまというのもなかなか見られない図ではある。でも見たい図かっちゅーとそんなことは全く無いので、それはそれとしてわたし復活のための話ってものを進めねば。パレット、先進めて。
「……えー。ここまで話したんだから、何かご褒美くらいあってもいいんじゃない?それにあたし、コルセアちゃんとアイナちゃんの危機を救った恩人よん?お・ん・じ・ん」
『そこまで押しつけがましく言われると意地でも無視したくなるわっ!』
「えー。もう、コルセアちゃんたらツンデレさんなんだからっ」
『うるせーわ。そんなこの世界にない概念勝手に持ち込むなっつーの。ていうか本家ツンデレはうちのお嬢さ……あのー、お嬢さま?どしました?』
ふと見ると、お嬢さまがわたしとパレットのやり取りを見て、なんだか楽しそうに笑っていたのだった。
「……ふふ」
『え。なんですお嬢さま。そこで我が子を見守るみたいに微笑ましくするとか。あ、もしかしてわたしを養子にしてくださると?てことはわたし死ぬまで食べ放題……?』
「そんなわけないでしょう。子供だっていつかは独り立ちしなければならないもの。わたくしたちよりずっと長生きするあなたは……きっといつかは別れなければならないのだから」
まあそりゃそうでしょうけど。わたしだってきっと何万回もそんな別れを繰り返してきたんでしょうし……ああ、そういえば、パレットはそんな別れを全部覚えているんだよなあ、とそちらを見たら目が合って、そしたら「………ふへへ」と、笑った。だらしなく。なんなんだこいつはもー。
「わたくしが良いなと思ったのは、コルセアにもそういう人が出来たのね、ということですわ」
『え、ちょ。あのお嬢さま。コイツの「大好き」はお嬢さまとネアスの間にあるのとは違いますよ?大体女神とトカゲあわわ、えーと、人間とトカゲだどうにかなるわけないじゃないですか………お嬢さま?』
うかつな言い間違えを訂正して慌ててるわたしの手をお嬢さまは持ち、握りしめる。それだけじゃなく、ケガの様子を気にしながら体を起こし、きゅうっと抱きしめてくれた。お風呂も入ってないだろーから余計にお嬢さまのにおいがする。はふん。あーきもちえー。ちょっとケガのトコが痛いけど。
「………二つの存在の間にある『好き』に、違うも違わないもありませんわ。わたくしがあなたを好ましく思うのも、ネアスを愛しく思うのも、その奥底にあるものは変わらない、互いを大切に思い、慕う気持ちですもの」
『お嬢さま……』
なんだこれ。聖母か。わたしは悪役令嬢のペットに転生してると思ったら聖母のしもべに転生してたのか。思わず土下座なんかしちゃうぞ。
「こら、動くのはおやめなさい。抱きしめづらいですわよ」
『はふん』
思わずコーフンして鼻息荒くしてしまったけれど、お嬢さまはドン引きしたりもせず、一層強くわたしをぎゅっとしてくれるのだった。……ま、まあパレットがなんか睨んでる気がするけど気のせいってことにしておこう。
「……そろそろ気が済んだ?コルセアちゃん」
あんま気のせいでもないかもしんない。ていうかお嬢さまにヤキモチやくのは止めてよぅ。わたしお嬢さまは別腹なんだから。じゃあ本腹が何なのかって話になるけどさ。
「それで話の続きになるけど。そのコルセアちゃんのケガだけどね。治すこと出来るわよ」
『なぬ?』
「なんですって?」
おおう。無闇にヤキモチやくだけしか能の無い自称女神と思っていたけれどでかした。
お嬢さまは抱きしめたわたしを再びそっと横たえ、傷が開いていたりしないか確認してた。それよりお嬢さまのお召し物がわたしの血で汚れ…てはないわね。もう止まったのかしら。
いやそれよりケガが治せるって?どゆことよ。いや生き物ならケガは治るだろうけど、自分で言うのも何だがわたし通り一遍の生物じゃないし。
「うんとね。それは対気物理学の揺動効果について学んだアイナちゃんなら見当つくかもしれないけれど……揺動効果の時間軸作用において、得られる効果にこんなものがなかった?暗素界からの影響を先取りしたり、過去に戻したり出来る、って」
「え、ええ。それが対気物理学の大きな飛躍に繋がる理論だと、わたくしたちは色めき立ったものですけれど……それが何か?……いえ、コルセアは暗素界に存在を根差す竜、ということになると……もしや」
「そ。『ケガを負う前の状態に戻ることができる』ってコト。もちろんコルセアちゃん自身が、自分についてしか出来ないのだけれどね」
………あー。なるほど、そういうことか。
ただ、これまでのループでそういうことをした覚えがないからどうすりゃいいか分かんないけど………いや、待て。巻き戻すことは出来てないけど、成長した姿をとったことはあったな。その逆をすればいいんだから、ええと、確かー………。
「お待ちを!!」
……ぶつぶつ言い始めたわたしと、それを見守るお嬢さまにパレット、という図になっていたところだった。
突然大声を上げて、わたしたちの間に割り込んできた人が、いた。
他に人がいるとは思ってなかった……つぅか、マージェルおねーさんは相変わらず呆然としたままだと思ったから、なんか急に元気になったことに面食らったのだった。が。
「紅竜殿!」
え、わたし?