第207話・帝都の空駆ける竜(ひとまず一件落着っ)
「取り戻すつもりなどない。俺はただ、奪った者に奪われる苦しみを与えたいだけだ!」
お嬢さまがわたしの名前を叫び呼ぶ。
わたしはその焦りっぷりに、お嬢さまを庇って受けた傷が、本当のことなのだと知った。
すなわちそれは、ビデル殿下の投げつけた剣が、わたしの胸元に刺さったということ。
「コルセア!!コルセアぁっ………なんてことを……血が、血がこんなに……」
血?わたし血を流してる?え?あ、あれ………ま、まず、まずい……わたしが死ぬほど血を流したら、この場だけじゃなくて帝国ぜんぶが溶岩に飲まれちゃう……お嬢さま、にげ、て……にげないと……いたい、いたいよぉ………。あ、あれ……痛い?痛……かったっけ?おかしいなあ、前に死んだ時は痛いとか全然感じないで、ただ「ざまあみろ」くらいしか思わなかったのに。なんでだろ。なんで?
「ビデル・クルト・ロディソン!よくもわたくしの大切な友だちを!」
『ひぷっ?!』
お嬢さま、わたしのお腹に突き立ってた剣を抜く。あ、あの……痛いんですけど。割とマジで。ていうかそんなもの持って何をしよーと……。
「これ以上罪を重ねるというのなら、コルセアに代わってあなたを討ち果たし、以て帝国貴族の義務を果たしましょう!」
あああ、やっぱりぃ……ちょっとお嬢さま、あなた剣の練習なんか一度もしたことないじゃないですかぁ……そんな文字通り付け焼き刃で大の男に立ち向かったって……お願い、やめて……。
わたしの血に濡れた剣を振りまわし、構えもなんもない有様で殿下に襲いかかるお嬢さま。
でも、それを迎え撃つはずのビデル殿下は特に構えもせずに、待ち受けるだけ。なんでよ。お嬢さま、あんな素人丸出しじゃないの。なんで避けようともしな……え?
「もうお止めください!!」
「え?」
無茶苦茶に振り回された剣の軌道が、殿下の頭上に届くかに見えたとき、ビデル殿下の胸に突如盛り上がったものが出て、それが背中の方から刺された剣だと気付くより先に、貫通した剣先から鮮血が溢れだしていた。
誰?誰がビデル殿下を…?
「このようなことを望んで果たされても、失われたものは取り戻せません!!もうお止めください、お止め下さい!」
「貴様ァ!!」
一瞬時間が止まったように思えたけれど、殿下を刺した相手がそう叫んだ瞬間、周りにいた兵士が我を取り戻し刺客に襲いかかる。その刺客の正体は……。
「クロッスス……貴様の先祖とて、侯国の最後に巻き込まれた身であろうが……」
陛下のお付きで、わたしをここに連れてきてくれたマージェルおねーさんだったのだ。
「っ!……だから、だからせめて、殿下に殉じます!この場で私も殺されることで……っ、祖への詫びといたしますっ!!」
「小難しいことを……考えるものだ……」
多分、心臓への一突き。
ビデル殿下は最後に苦笑を浮かべてマージェルおねーさんを見やり、泣きじゃくる彼女の頭を一度撫でてから、ドウという大仰な音と共に、地に倒れ伏したのだった。
「殿下!」
「なんという……なんということを……っ!貴様ら、生きてはここから逃さぬぞッ!!」
途端に色めき立つ兵士たち。
いや、ていうかこっちは完全な被害者であんたたちの首領を殺したのそっちの人でしょーが、なんて言っても仕方無いんだけど、それ以前にわたし口を利く元気もなぁい……うう、お嬢さまぁ……なんとかあなただけでも逃がしてあげたい……わたしの血で、あなたの生を購えるように、誰か手を貸して……。
「コルセア!コルセアぁっ……死んではなりません、死んではだめ………お願い死なないでぇっ!!」
あー……なんか気が遠くなってきた。これわたしの体から流れる血が、溶岩……じゃないわよね、なんでだろう……いや、それより今はお嬢さまを、お嬢さまを助けないと……お願い、誰か。誰か、わたしを抱き上げて泣き止まないこのひとを助けて……わたし、そのためなら、何だってするから…………ん?
「呼ばれてないけど飛び出てじゃじゃじゃ────ン!!………てい」
どっかーん。
全然空気を読まない能天気なかけ声と共に乱入してきたどっかのドアホが飛び込んでくるなり何かを放り投げると、次の瞬間、目の潰れそうな閃光と共に大音響が起こり、わたしを含むこの場にいた全員が多分………失神した、っぽいのだった。
……あんた何やってんのよ、パレット。
・・・・・
目が覚めた時、周りにいたのは猿ぐつわをはめられて手足を縛られた格好で転がされてる男が七人ほど。
あとは、茫然自失の態で呆けてるマージェルおねーさん。目を覚ましたわたしの手を握って泣きはらしてるお嬢さま。それから。
「あ、コルセアちゃん目を覚ましたわねー。よかったよかった」
『ちっともよくねーわっ!……あてて、な、なんかまだ傷が塞がってな……血っ?!血が出てる!お嬢さま離れて、ヤケドしちゃ……』
「しないわよ。大丈夫。けど重傷なことに違いはないから落ち着いて。アイナちゃんも」
「コルセアぁ……死なないでください……お願い……」
死にませんて、と慰めたいところだったけれど、正直自信は無かった。
暗素界の竜は、現界では驚く程に脆弱だ。剣で突かれても傷の負い処が悪ければ意外なほどあっさりと死んでしまう。
今度の傷はどうなんだろう?当たり所が悪ければ即死級なんだけど。
「あ、コルセアちゃん実は心臓やられてるから」
『ちょ──────っ?!』
いきなりとんでもない事実を暴露すんじゃねーわよっ!驚いて死ぬところだったわ!!……え?心臓貫かれてなんでわたし死んでないの?
「それはこれから説明するから。んふふ、あたしの見せ所ってやつよねー。コルセアちゃんが知らない暗素界のひみつ、教えてあげるわよん」
「『…………』」
お嬢さまと揃ってパレットを見上げてた。とてつもなく胡散臭いものを見る目で。
一体何が始まるんだか。