第206話・帝都の空駆ける竜(シリアス!シリアス!)
『わたしFPSって割と好きだったんですよ』
えふぴーえす?と何のことか分からない様子の同行者に説明するのも面倒になってその旨伝えたら、後頭部の角のところに、だったら最初っから話振るなや、という非難の視線が突き刺さる。
まあそれはそれとして、闇夜よりなお暗い路地裏を進むわたしと一緒にいるのは、道案内にとついてきたマージェルおねーさん。いじょ……いやだってさ、四裔兵団に手柄立てさせるといろいろよろしくない、って理由でこーゆー組み合わせになったんだもん。
実はブリガーナ家の家人を何人かつけようか、って話もあったんだけど、不慣れな人を増やすと陛下の身柄に危険が及ぶ心配がある、ってことと、あまり多人数で赴ける場所ではない、ってマージェルおねーさんの助言があったものだから。
……それにしたって、得体の知れないトカゲに帝国の皇帝の命運預けていいのか、って話にはなるよねえ。自分で言うなって?でもさあ、やっぱ気にはなるじゃん…………ちゃんと陛下を救出したら恩賞もらえるのか、って!!
あーもー、成功報酬はシクロ肉食べ放題とかどーだろう。シクロ肉のサブスクリプション。食べたい時に食べたい部位を好きなだけ食べさせてくれる。ステーキもローストもサンドイッチもバーベキューもお好み次第。うう、ヨダレが出てきた。ぐじゅり。
「紅竜殿。鼻息が荒いようですが敵の姿でも?」
『……あーいえ、そういうんじゃないです。ただ妄想が過ぎて。ハイ』
「何があったのかは問いませんが、真面目にいきましょう。この先です。少し暗いですが右に角があります。そこを曲がって先に進んでください」
『あ、はいはい』
言われた通りに進む。
わたしは宙に浮いてるから足音とかはしないけど、マージェルおねーさんは足下に転がってるアレやコレやを踏んづけてその度に何か音を出しながら進む。……いや、潜入工作なんだからもう少し慎重にいきなさいって。
そう言おうと思った時、暗闇でも割とよく見えるドラゴンアイに捉えられるものがあった。
『えーと、わたしのつぶらなお目々にはなんか先の方に扉から洩れる灯りとか見えますけど。しっかし昼間でもこの暗いのってどーなってんでしょ。陛下を幽閉して好き勝手成そうとかいう連中ですからお似合いってもんでしょうけど、廃鉱になった触媒採取の鉱山とかもう少しマシなとこに潜めばいーのに。ホントにこんなとこに陛下いるんですか?』
「進みましょう。すぐに分かります」
そりゃそーだろうけど。
にしても、この人なんでそんなに焦ってるんだろ。いやまあ確かに、急がないと陛下も他の場所に移される可能性あるし、わたしのワガママでビデル殿下からの呼び出し優先させたせいで救出活動が遅れてるから何も言えないんだけどさー。
あとせっかくのボケをスルーはちょっと悲しい……と思いながら、光の漏れる扉の前に立つ。
廃鉱の、それほど奥ってわけじゃないけど、まあ迷うほど深くもないけど外から見咎められるほど浅くもない、って辺りだ。そういや前回のループで、廃鉱じゃなくて鍾乳洞に迷い込んだことあったっけ。
その時はもういい加減体も大きくなってた時期だから、天井の高いトコまでしか入れなくて、でも外から差し込む明かりが水面に反射してたり「わーキレー……」ってすごく感動したっけ。
で、廃鉱の入り組んだこの辺にはそんな情緒は欠片もない。ただただ暗くてクサいだけだ。こんなところに至尊の皇帝陛下をねえ……。早いとこ助けた方がいいわね。
『こんばんわぁ。皇帝陛下を助けに参りましたぁ』
「え。ちょ、ちょっ、紅竜殿?!」
あ。しまった、いきなり扉開けて呼ばわってしまった。いやだって一刻も早くと焦るわたしの陛下への忠誠心が溢れかえってこのような行動をとらせたのです。何か問題あるでしょうか?…………って。
『…………なんであなたがいるんです?』
探し求めてやってきたのは皇帝陛下のため。
だのに、ランプに設置された触媒のもたらす灯りの照らし出すのは、皇帝陛下じゃなくてさっき別れたばかりの、ビデル殿下だったのだ。
「久しいな。一別以来だ」
『いやあなたなんでこんなところに。あれ?陛下の居場所なんか知らないみたいなこと言ってたくせに今ここにいるってどゆことです?ウソ?嘘ついたんですか?わたしに嘘ついた悪い人ですか?炙られたいんですか?海は死にますか?山は崩れますか?』
「落ち着いてください紅竜殿!………どういうことですか、これは」
「なに。予定通りにこの紅竜を連れてきてくれたのだから、君には感謝しよう。マージェル・フィン・クロッスス」
え。あれ、もしかしてマージェルおねーさん、はめられた?はめられた人にはめられて、わたしもはめられた?ていうか皇帝陛下は……?
と、焦るわたし。おかしい。なんか変だ。思っていたのと違う展開……ではあるけれど、それだけじゃない妙なニオイがする。ドラゴンの鼻をなめんな。シクロ肉の新鮮さを屠殺されてから半日単位で嗅ぎ分けられるんだぞじゃなくてそんな能力今何の役に立つってーのよ。
「くくく……先ほどはどうやっても見られなかった、紅竜の焦った顔をこうして見ることが出来る。それだけでもこれを企てた甲斐があったというものだ」
『ちょ、あなた性格悪いってよく言われるでしょ。そんなんだから弟君があなた差し置いて立太子とかされるんですよ。その辺理解してます?』
「ふん。この帝国の皇帝位なぞ、性格が悪い方が相応しいというものだろうよ。その意味では奴の方が似つかわしいと衆目の一致したところと言うものさ」
『殿下をあんたと一緒にすんじゃねーわよ!それよりいいから陛下を出しなさい!火だるまにされたくなかったらね!!』
「父か?既に第二師団の連中に引き渡してあるさ」
「約束が違う!」
へ?なんでマージェルおねーさんがここで口挟む?どゆこと?
「………済まない、紅竜殿。私は、あなたをここに連れてくれば陛下を無事に引き渡すともちかけられ……陛下の守り刀たる私にはそれに縋る意外に出来ることがなかったのだ……っ」
あー、それでなんか焦ってたのか。いや別に大丈夫でしょ、それは。そんな膝ついて四つん這いになって後悔せんでも。わりーのは目の前の皇子なんだし。
『……何を企んでんだか分かんないけどね。今からアンタをボコって陛下の居場所を吐かせてやるわ!』
「威勢が良いのは結構だがな。そもそも貴様がここに来た時点で俺の目的はほぼ達成しているのだよ。……連れて来い」
ビデル皇子が軽く右手を掲げる。
それを合図にして、物陰から完全武装の兵士が飛び出してきた。
もちろん存在は嗅ぎ取っていたけれど、ようやく見えたそいつらはとても理力兵団の兵士には見えない。理力の兵士は普通、エリート様だけあってかなり態度がチャラい。ムカつくくらいに。
けど、ビデル殿下の配下と思われる彼らは、主のと同じくらいに……仄暗い炎めいたものを、その瞳にたたえている。
不意に、復讐者、という単語が頭をよぎった。これはもしかして。
『コラーダ侯国の関係者?あるいは末裔?そんなとこかしら。この人たち』
「察しがいいな、紅竜。やはり貴様は使い捨てるより配下にしておきたかった」
『ごめんこうむりまぁす。あんたなんかに厚遇されるよりお嬢さまの愛玩動物やってる方がずっと楽しいんで……いや待て。使い捨て?あんたわたしに何させよーってのよ。ていうかわたしに言うこと聞かせるなんて真似出来ると思ってるの?なんなら今すぐこの場にいる全員、火だるまにしたっていいのよ?』
「それはこれを見れば、従わざるを得なくなるさ」
大して楽しくもなさそうに掲げてた右手を下ろす。それを合図に……ではなかったけれど、洞窟めいた暗がりの奥の方からは、誰かの下っ品にわめく声が……いやちょっと待て。この聞き慣れた声ってば……。
「……くっ、離しなさい!このわたくしを誰だと思っているのですっ!」
こ、この……いかにも悪役令嬢的な台詞は……っ。
「彼女が我が手にあるうちはいかな紅竜とて逆らえま……うっ?!」
『おん嬢さまぁぁぁぁぁぁぁぁんんン────っっっ!!』
なんか邪魔なモンがあったけど、跳ね飛ばして我が主のもとに駆け付ける、忠勇なるわ・た・し。
突貫する紅き竜に怖れをなしたのか、わたしの行く手を阻むものは何一つなく、二人の兵士に両腕を掴まれてこちらに向かって来たお嬢さまの胸に、わたしは躊躇なく飛び込んだのだった。
『お嬢さまお嬢さまお嬢さまっっっ!!お会いしたかった探してましたご無事ですかちょっとクサくなってますけどお嬢さまの匂いならなんでもいいですケガとかしてなければっっっ!!!…………ところでネアスをたっぷり可愛がっちゃったと聞きましたが。どでしたか?ぶっ?!』
「いきなり何をするんですのこのバカトカゲっ!あとどさくさに紛れてとんでもないことを言ってくれましたわねっ?!後で覚えておおきなさいっっっ!!!」
お、おおう……後ろ手に縛られてるもんだから胸にしがみついたわたしを渾身のヘッドバットで打ち落としてくれますた……あだだ……。
『お、お嬢さまひどいっ!助けにきたのに助けにきたのに助けにきたのにーっ!!』
でもその痛みも再会の喜びに比べればなんのことはない。夢にまで見たお嬢さまのお姿たまんなくなったわたしは、実はお嬢さまを助けにきたわけじゃない事実なんかぽーいっと遠くに放り投げて、褒めてくださいみたいなあざとい目線と地上に跪いた格好でお嬢さまを見上げる。ああ、お顔が土や埃で少し……だいぶ汚れてしまってるし、着替えやお風呂もしてないのか幾分……結構垢じみてきてるけれど、いつものお嬢さまだぶっ?!
「………あなた何か失礼なことを考えてない?」
『………かんがえてまふぇん』
なんでか知らないけど、顔を踏んづけられていた。踏んづけ、というか軽く足を乗せてるくらいなところにお嬢さまなりのお優しさがうかがえる、っていうかわたしも大概だなっ。
「まあいいわ。コルセア、この縛めを解いてちょうだいな。あなたが来てくれた以上、もうここを出て行けるのでしょう?」
『もちろんですっ。さ、お嬢さま。その美しいお手をこのような荒縄で縛っておくだなんて勿体のうございます。いそいそ、いそいそ……はい、解けましたっ』
「ありがとう……あなた大分性格変わってない?カルダナに向かったと聞いたのだけれど、何かあったのかしら」
『まあそれは追々。てことで、今すぐここを出ますよーっ。わたしたちの行く手を邪魔する奴は全員ハゲにしてやるわっ!がるるるるる!!』
お嬢さまを連れて来た二人の兵士はとっくに身を引き、わたしの脅しが利いたのか、殿下を守るようにしてた兵士たちはわたしとお嬢さまを遠巻きに取り囲むようにずぞぞぞと身を引いていた。必然的に出口に向かう道に立ち塞がるのはビデル殿下とマージェルおねーさんだけ。いや、立ち塞がる?
「そうは行かないな、紅竜。貴様をこの場に連れてくるのはあくまでも手段だ。本当の目的という奴は、これからなのだからな」
『んなもん知ったこっちゃねーわっ!マージェルさん、ちょっとそこの物わかりのわりぃ人縛り上げてくれません?邪魔なんで。あー、いっそ人質にしちゃいましょーか?お嬢さまに無体な真似してくれた報復ですっ!』
「おやめなさい、コルセア。帝国領土と臣民を危機に陥れたとはいえ、いまだ至尊に連なるお方。帝国貴族としては踏み越えてはならない線というものがあります」
『んなこと言われましても。あ、じゃあこのまま見逃してくれたら今回は大人しく帰りますよ?それで手を打ちません?』
何故か泣きそうな顔になってるマージェルおねーさん。そしてビデル殿下は、というと。
「……マージ。貴様も皇帝に飼われて情が移ったのか?」
「い、いえ、そのようなことは……ですが殿下!このようなことをして、失われたものが取り戻せるなどと……っ!」
「取り戻す?そんなつもりはない。俺は、ただな」
ん?なんでこの期に及んで妙なドラマ始まってんの?と首を傾げたわたしを他所に、ビデル殿下はマージェルおねーさんの握っていた剣を奪うと、大きく振りかぶって……。
『?!お嬢さまあぶないっ!!』
「コルセアっ?!」
あろうことか、お嬢さまに投げつけてきたのだった。
だから、わたしは当然………。