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第205話・帝都の空駆ける竜(みきわめの時)

 『あー、ひでぇ目に遭った』


 このぷりちーなお口が伸びきったら謝罪と賠償だけじゃ済まさないわよ、と言おうとして止めたのは、なんとなく「いいわよー。好きにして。どうぞ」とか言って目を瞑りそうだったからだ。わたしに妙に入れ込むこの自称女神に迂闊なことを言ったら、生涯に渡って生涯を捧げられそうで困る。何言ってんだか我ながら分からんけど。


 『……ま、とにかくこれでマジメな話は出来そうね。お嬢さまと陛下がいないって、どゆことよ。ていうか陛下はまだいーわよ。お嬢さまについてはそっちの方から居場所を教えるみたいなことゆっといて、この対応は無いんじゃない?』


 ひとしきり頬をぐにぐにして元の形に戻してから、腰に手を当ててビデル殿下と目の高さを合わせる。

 長身の偉丈夫と目線を合わせるとか大変眼福でありますけれどっ、どーゆーわけだか先方は目を伏せてこちらと目を合わせようとはしなかった。何か後ろめたいことでもあんのかしら。


 「そーよそーよ。話的にはそろそろ大詰めでアイナちゃん助け出していろいろ片付いてめでたくあたしとコルセアちゃんは永遠の契りを結んでハッピーエンドにしないといい加減ダレて飽きられちゃ痛あっ?!」


 メタ発言やめい。後ろ斜めにいるパレットの顔面に振り回した尻尾でツッコミ入れといて、わたしはチロリと炎を吐く。

 別にこんなところでぶっ放すつもりなんかないけれど、脅しくらいにはなるだろーと思ってのことだ。でも第二皇子さまはさしたる反応も見せない。


 『陛下についてはいくらか手がかりもある。けどお嬢さまについては何も分からない。ま、正直なとこ焦っているのは確かよ。だから教えてくれ、とは言わない。無理矢理にでも吐かしてやるから、今のウチに喋っておいた方がケガせずに済むと思うわよ?』


 なので更に、言葉でも恫喝してみた。わたしを暗素界の紅竜と知ってのことなら少しくらいは怯むと思ったんだけれど。


 「全く。貴様は聞いていた通りのヤツだな。大したものだ、その忠誠心も」


 第二皇子は薄笑いを…といっても人をバカにしたようなソレでなく、仕方なく笑ったらそんな顔になった、みたいな笑みを浮かべて、異な事を言う。

 聞いていた?誰に?……って聞くまでもないか。わたしのことをそういう風に言って、この皇子と接触があるとしたらウチのお嬢さまくらいのもんだ。

 ただ、忠誠心というのとはちょっと違う。わたしがそうしたのは、このクソったれなループから抜け出すためだったことに始まって、やがてお嬢さまの……お嬢さまと、ネアスの側にいることがとても大事になったからだ。

 八十五万回のループの果てに得たのは、この二人が結ばれた世界。そうさせるため「だけ」にわたしはいた。

 そしてそうなったら、あとは勝手にしていいと言われた。だったらそーするしかないじゃない。わたしの、大切な友だちのためにこの力の全てを使ったって、いいじゃない。

 それだけだ。わたしがしたいことなんか、それだけのことだ。分からない、っていうんなら分からなくたっていい。分かってもらおうとも思わない。笑いたけりゃ笑えばいい。

 そう思ったから、第二皇子の揶揄するような言葉と共に見せた笑顔を見ても、バカにされたようには思わなかったんだろうと思う。


 「……もう一度言う。父の……皇帝の居所も、弟の婚約者の居所も知らぬ。貴様に教えられることなど何も無い。そう聞いてもなんとも思わぬのか?」

 『知っていそーなら確かに無理矢理吐かせますケドね。でもほんとーに知らなそうだし。どんなつもりでわたしを呼び出すよーな真似したかは分からないけれど……せめてそれくらいは、教えてもらえない?』


 ビデル殿下は、わたしが仕方なさそーにそう言うと、ただ一言ぽつりと言った。見極めるためだ、と。見極め。なに?わたし見極め、って単語にはひどくトラウマがあんだけど。何せ体を動かすことについてはほんとーに物覚えが悪く、日本で人間やってた頃に何度自動車学校のみきわめで落とされたことかっ。補習の授業料、とーとー親に泣きつこうかと思ったわよ。あのろくでもねー親にっ!!……いやまあ、それはいいわ。


 「コルセアちゃん、大丈夫?」


 トカゲにそんなもんがあるのかはいまだに分かんないけれど、顔色が悪いのを察したのか、パレットが心配そうな声をかけてきた。大丈夫、別に怖がる必要なんかねーから。なにせわたしは、暗素界に生まれを得た紅き竜。この現界で最強の力をもつ生物なんだから。


 『で、も一度聞くわね。ビデル殿下。お嬢さまをエサにわたしを呼び出して、こんなしちめんどーくさい真似をしてまでやろうとした、みきわめ、っていうのはなんなの?わたしに何をさせたいの?』

 「それを聞いて何とする。我が大望を果たしてくれるというのか?」

 『んなわけねーでしょーが。殿下。あなたがその出生に鑑みて帝国の来し方を憎み行く末を呪う気持ちは……まあ分からないでもない』

 「貴様に何が分かる」

 『直接教えてもらったわけじゃないからね。ずぇんぶ、わたしたちが集めた材料からの推測に過ぎない』

 「ほう。話してみろ」


 挑発的な物言い。それが本心からのものなのか、それは分からないけれど……でも、わたしたちが見て聞いて知った物事が、この人を突き動かすものの正体を掴むことに役立つのは間違いないと思うから、わたしは『逃げるんじゃねーわよ』とにっこり笑い、それで怯んだビデル殿下の顔を正面に捉えて言った。


 『帝国に簒奪された王朝に、正義があったかどうかは分からない。けれどコラーダ侯国として残された存在は、滅ぼされた国に拠っていた人々を慰めるためのものだったとは思うのよ。あるいは帝国の自己満足に過ぎないのかもしれないけれど……』

 「………続けろ」


 言葉を呑み込んだのは、意に添わない言い分を見かけデッカいトカゲに過ぎないわたしからされて面白くないんじゃないかと思ってのことだった。

 でも、憎悪じゃなく幾何かの憐憫めいたものを眼の間に湛えたビデル殿下の表情は、わたしの抱いた危惧っぽいものをなんとなく晴らしてくれたような気がする。

 安心、というのともちょっと違うけど、なんか「この人は大丈夫」なんだと心のどこかで思えた。


 「コルセアちゃん…」


 わたしの肩に置いた手にもそんな感じに伝わったのか、背中のパレットは何だかホッとしたような気分を出し……いやだからそこでシナつくって体重預けてくるんじゃねーっての!


 「えー。コルセアちゃんのいけずぅ」

 『うっさいわ。ほら、ビデル殿下も呆れてるから後にしなさい、後に』

 「あとになったら……」

 『あーもー、何でもしてあげるから今は大人しくしてなさいっての。いまマジメな場面なんだから』

 「はぁい」


 ……んとに、いつぞやぶっちゃけてからすっかり子どもみたいになってやんの。わたしこいつの面倒生涯見なけりゃならないのかしら。


 『……というわけで、しつれーしました、殿下。話の続きいいですか?』

 「先ほども尋ねたが、その女性とはどんな関係なのか」

 『頭腐るから聞かないほーがいいです、って言いたいトコですけど、実際のトコなんなんでしょね。わたしにもよく分かりませんけど、一つだけ言えるなら、居るとうっとうしいけど居ないとなんか寂しく思うヤツ、ですかね』

 「そうか」


 ………なんだろ?そう言ったビデル殿下の表情に、なんだか見慣れた、というよりどこか懐かしさを覚える眼差しが宿っていた……ような気がした。でもそう思った次の瞬間にはそれは霧散して、何かを嘲るような切ない顔に改まって、わたしにただ「続けろ」と告げたのだった。

 覚悟を決めないといけないのかも。何についての覚悟かはよく分かんないけれど。


 それからわたしは、蕩々と語る。

 帝国に先んじてこの地を支配していた天錫帝国のこと。それに圧迫された、今はもう名前も忘れ去られた小さな王国のこと。

 青銅帝国はその王国を保護し、大義名分として利用した上で天錫帝国を滅ぼした。


 『そして天錫に圧迫され、青銅帝国に祭り上げられた王国は元の権威を取り戻すことは無かった。コラーダという帝国の一侯国に封じられ、それで終わったはずだった。でもね、わたしに言わせれば、ティクロン侯爵家が滅ぼされたのだって、自業自得ってものよ。帝国は利用しただけで捨てたのではなく、曲がりなりにも過去の権威を尊重する姿勢は見せたんでしょう?それを裏切ったのはコラーダ侯国の方じゃない。ヘンにそそのかされて、帝国の支配を壊そうとしたんじゃない。そりゃあ帝国の方だって腹が立つわよ、そんなの』

 「…………」

 『……ごめんね。わたしの言ってることに間違いがあったら言って。それで、滅ぼされたティクロン侯爵家は気の毒だけれど、ベディメイエ今上帝だって気の毒に思って、ビデル殿下の母上とその家族を保護したんでしょう?それを恨んで帝国を滅ぼすなんて逆恨みもいいとこ……』

 「黙れ!」

 『………』


 そろそろ言われると思ったから、大人しくした。

 本当は、わたしが聞いたこの話がでたらめだったり帝国の方の一方的な作り話だったりしてもいいんだ。裏にもっと奥深い陰謀とかそーゆー感じのものがあって、本当のワルがわたしみたいな存在を嘲笑ってる、なんて安っぽい展開があったっておかしくはないんだ。

 でも問題は、そのために帝国に住む人々を巻き込む権利は、ビデル殿下やその後ろにいる人たちにあるわけがない、ってことだ。

 隣国の軍隊を引き込んで帝国をボロボロにする?それで苦しむ人たちはどうなるってのよ。過去にどんな酷い目に遭ったのか知らないけどさ、それに何も関与してない人たちの命を奪ったりしていいことにはならないじゃない。

 そしてわたし個人として、アイナハッフェ・フィン・ブリガーナという女性とその家族、それから彼女とわたしにとってとても大切なひとである、ネアス・トリーネ。彼女に連なるひとたち。わたしとお嬢さまとネアスが一緒に過ごした中でできた、大切な人たち。

 自分でも知らない長い年月を経て、わたしはこうしている。ようやく、自分で身の振り方を決められるようになった。だから、絶対に失いたくない。そのためなら何だって敵に回しても構わない。


 ビデル殿下。

 あなたに、それと同じくらいの覚悟は、ある?

 あるというのなら、突き合わせても構わない。あなたはあなたの後ろにあるものを、わたしはわたしの後ろにあるものを、それぞれ守るために戦おう。

 わたしは不死身でもなんでもない。最強だと目されても死ぬ時は死ぬ。だから、やれるもんならやってみろ。わたしだって、わたしのためにあなたを殺すことくらい、やってやる……なるべくならそうなりたくは、ないけどね。


 「………………」


 わたしを怒鳴りつけたあと、ビデル殿下は長いこと黙りこくってわたしを睨み付けていた。そこに何があったのかは、正直言って分からない。分からないし、分かる必要もない。

 わたしにとって大事なことは、今はお嬢さまを救うこと。わたしたちの大切な人とコトを守ること。


 「…………アイナハッフェは、いない。父も、ここにはいない」

 『なら、わたしがここにいる必要はないわね。わたしはわたしの成すべきことをやるために、戻るわ』

 「…………」


 踵を返し、入って来た入り口に向かってから一度振り向いた。

 なんだか脱力した風のビデル殿下は、わたしと目が合っても何も言おうとしなかった。

 だからこれから何をするつもりなのかも、分からなかった。


 「いいの?」

 『ん。まあ、どうでもいいといえばどうでもいいし、ね』


 短く言葉を交わしたパレットも、なんだかスッキリした顔をしていたのだった。

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