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第203話・帝都の空駆ける竜(おかえりなさい殿下…なんてやってる場合じゃなくってね)

 『でんかぁぁぁぁお会いしたかったですぅぅぅぅっ!!』

 「やめんか鬱陶しい!」

 『しょぼーん』


 せっかくお出迎えしたのに推しが冷たいです。

 ブリガーナ家の玄関で、帰ってきた殿下に飛びついて再会の喜びを分かち合おうとしたら、にべもなくたたき落とされてしょぼくれるわたし。もーちょっとこお、「はっはっは、こやつめ」みたいな展開があってもいーんじゃないでしょうか。


 「意味が分からんことを言ってないで、お前も伯爵の執務室に行け。話はそこでする。ああ、出来れば前伯爵も伴って欲しいが……なるべく四裔の者共には気取られぬように頼む」

 『はあ』


 意味は分からなかったけれど、朝まだ日の昇りきらないうちに、目立たないように従者も一人しかつけずに戻って来たのだから、あまり大っぴらに出来ない事情があるのは分かる。

 ともあれ言われた通りに、四裔の人たちが出入りしない場所を選んでいこうと殿下の後ろを漂っていった時だった。


 『あれ?マージェルさん?』


 目深にフードを被って、貴人の従者にしては珍しいナリだなー、と思ってどんな人か観察しようとしてたのが幸いして、顔が目立たないようにしていたその人が誰なのか、かえって分かってしまった。


 「……ご無沙汰しております、紅竜殿」

 『なんで殿下とご一緒にいるんで?』


 正体を隠そうとしていたのにあっさり見破られたせいか、両手で下ろされたフードの影から出てきたマージェルおねーさんの顔は大変バツが悪そうだった。理由とかはともかく、


 『あれ?あなた陛下のお付きでしたよね。どうしてこんなところに……』

 「コルセア」


 後先考えずに発した言葉で、更にバツの悪そうな色が濃くなる顔に「しまった」と思ったところで殿下から声がかかる。正直、助かった。


 『はい、殿下』

 「話は後にな。今は前伯爵と共に伯爵の執務室へ」

 『わかりましたぁ』


 こーいう空気の時は道化に徹するに限る。ふんよふんよと浮き上がって、けど敬礼は精一杯にしゃちほこばって、という態で右手を角の前で傾ける。

 そして空中で回れ右をし、伯爵様のお部屋とは反対側の、じーさまの部屋の方向へ向かい始めたわたしに、殿下は「コルセア」と声がかけてきたのだった。


 『……はい、なんでしょ』


 ワケも分からず緊張するわたし。それが分かってしまって「あ、なんかヤベー」と思ってしまったところに、一歩、二歩近付いてくる殿下。そのお顔は、というと、この人本来の気質であるだろう精悍さの中に、歳相応の青年へと移り変わりつつある少年っぽいほんわかした微笑みをたたえたもので、わたしはそれを見て目眩にとらわれてしまった。あー、尊い尊い……じゃなくて。


 『えーと、なんかわたし粗相をしたようでしたら謝っておきます。はい』

 「そうではない。一つ礼を言っておかねばなるまい、と思った」

 『礼?』


 そんで、穏やかな笑みを浮かべたまま、殿下は右手をわたしの頭の上にポンとのせ、こう仰ったのだ。


 「カルダナの撃退に功があったと聞いた。一つには帝権を担うべき者として、その礼を言いたい。それから、お前の友として、無事に戻って来たことを嬉しく思う。よくやってくれた。おかえり」

 『………どーしたしまして』

 「ああ」


 それ以外のことを言ったら涙がこぼれそうなことを、もしかして殿下は察してくれたのかも知れない。慌ててまた振り返ったわたしにそれ以上何かを投げかけることもなく、もう一度「早く頼むぞ」とだけ告げて、先に伯爵様の執務室へと向かって行ったのだ。




 『お待たせしましたぁ。朝が弱いじーさま、ただいまお連れしましたー』

 「要らんことはいわんでいいわい」


 普通年寄りは朝が早いってものだろうに、このじーさまは年甲斐も無く朝寝と朝風呂が趣味なのだ。小原庄助さんと違って身上潰したりしなかったのは幸いだけれど。

 ただし最近朝が弱いのは夜遅くまで悪だくみしているからであって、ただ深酒したり夜更かししてるからではない。


 「義父殿、おはようございます。朝食は運ばせましょうか?」

 「要らん。途中厨房で少し摘まんできたわい。そこの大飯ぐらいが大半食らっておったがな。悪いが朝食は大分遅れるぞ」

 「それはそれは。コルセアが帰ってきてようやくいつも通りになりそうですね」

 『……あのー、わたしいつもそんなんでしたっけ?』

 「大体そんなものだよ」


 まっっったく悪気もなくそう言われてしまっては何も言い返すことは出来ない。口をもにょもにょさせて言いたいことを呑み込むと、わたし、殿下、伯爵さま、じーさまの四人は執務室の隅の応接セットに腰をおろした。

 ちなみに何か飲み物は、というと伯爵さま手ずから持ち込んだ水差しとカップしか無い。もちろんブリガーナ家の調度品だから雑なものなんかではないけれど、伯爵さまは身の回りの道具には意外と無頓着だから扱いも結構テキトーなものだ。その辺の管理してる人がいつもハラハラしてるのを、わたしは知っている。


 「ともあれ、殿下が無事に戻って来られたことをお喜び申し上げます。あまり臣たちを不安にさせないで頂きたい」

 「止してくれ、伯爵。まだ俺は伯爵が戴くような存在ではない。それに父のみならず……アイナの行方も掴めていないことに慚愧を覚えるしかないのだ」


 一瞬口ごもったのは……あるいは公的にはまだ義理の父親になる予定の伯爵への謝意も込められていたからなんだろうか。殿下本人にとっては、お嬢さまはもう……とか考えていると、隣の席の殿下が軽く、冗談のように拳をわたしの頭上に落としてきた。


 『あイタ。何すんですか、殿下』

 「そうして俺を気の毒なものを見るように見ているからだ。言っておくが、お前に一つでも憐れまれるようなことが自分にあるとは思っていないからな」

 『……そですね。じちょーします』

 「まったく」


 なんか見透かしたよーなことを言われて、でもわたしが素直にごめんなさいしたら苦笑に紛らしてそれで済ませてしまった。それはそれで何だか心苦しく、わたしはせめてもの詫びとばかりに、殿下の腕にもたれかかり、『でんかぁ……ごめんなさぁい……』ってスリスリするのだ………はっ?!


 「……コルセア。そろそろ話を始めてもいいかい?」

 「まったく。アイナがおらんというのにお前さんはいつも通りだのう」

 「悪いがそんなことをしている場合ではない。伯爵、コルセアは放っておこう」


 おや?なんでか知らないけど空気を読まない子扱いされるわたしだった。




 とはいうものの、話の方はごく真面目に進んだ。

 流石にお嬢さまに陛下の安全がかかっているのだから、いくらわたしだってふざけたりはしない。


 まずは殿下がどこで何をしていたか。

 逐一行方が伝えられていたわけじゃないけれど、時折太子府であるブリガーナ家の本邸に連絡は来ていたから、殿下の無事は知れていたらしい。

 ただ実際にどこで何を調べて何が分かって、今殿下はどこにいるのか、って具体的な話を伝える手立てが無くって、殿下が戻って来てようやく全てが詳らかにされたというわけだ。


 それによると、殿下は帝権の実務官僚とのコネ作り(もともと皇太子の席を争う意図が無かったので、殿下はこっち方面に疎かったのだ)から始まり、太子府を通じて帝権を講じる手立てを確立させ、それでようやく見聞き出来るようになった情報を整理して、陛下の居場所を絞り込むことに成功した、とのことだったのだ。

 一方お嬢さまの居所については掴めず、その点について殿下はしきりと伯爵さまとじーさまに申し訳ながっていたのだけれど、二人ともそれについては「陛下をお救い申し上げ、全てが片付けば自然と娘の居場所も知れましょう」と殿下を気遣ったことを言っていたけれど、娘の親の本音としては別にあるよなあ。明らかにガッカリしてたみたいだし。


 それはともかく、陛下の居場所が分かった後はどうするのか、ということになったんだけれど、その点についてはけっこーややこしい政治的な話になった。

 というのも、今のところ太子府が直接頼みに出来る軍隊というと四裔兵団しかいない。もちろん帝権の掌握してる国軍は別にいるけれど、何度か説明した通り国軍はこーいう事態に素早く動かすのには向いていない。

 そして四裔兵団の方も、簡単に動かせるものじゃない。なんでか、っていうと、陛下を救出した場合の功績が大きすぎて、手柄に餓えてる四裔にやらせると戦後処理がすごぉぉぉぉぉぉぉく!……面倒になりかねないかららしいのだ。

 もちろんこれは、最初にわたしたちが接触したミドウのじーさんの問題じゃない。あのじーさん、あんまりそーゆーところはガツガツしていなくて、むしろやたらと介入したがる四裔兵団の本隊を押さえにまわってるくらいだし。

 今のところ四裔兵団は味方には違いないけれど、国境の防備のことも含めてそろそろ帝都から遠ざけることも考えないといけない、というのが頭痛の種らしく。うーん、オトナってややこしい。


 「他人事のような顔をしておるがの、コルセアよ」

 『え。だって実際他人事じゃないですか。わたしお嬢さまが見つかればすぐさまそちらに飛んでいきますけれど、陛下を救出して手柄立てるのになんか興味ないですよ。捜索はしてますけど』

 「といってもだな。実際の話我々にとって一番信用出来る戦力がお前なのだ」

 『殿下ぁ。それはあまりにも無体ってもんじゃないですか?わたしいくら殿下に言われたとしてもですよ?そんな危なっかしい真似ほいほいするよーなお手軽な女じゃないです。わたしこー見えてもちゃんと死ぬんですからね?あとヘタにケガを負うと帝国が滅びますし』


 帝国が滅ぶ、というところで一同ギョッとなる。あ、そういえば説明……したっけ?してなかったっけ?なんか周回時の記憶と今世の実体験がごっちゃになってるや。まあ良い機会だからもう一度説明しておこ、ということで、わたしの体から流れた血液は、溶岩と化してこの大地を焼き尽くすものだ、ということを教えてあげた。当然、全員どん引きしてた。そりゃそうか。


 『で、それでもわたしにやらせたいことって何ですか。陛下の救出ですか。さっきも言った通り危険が少なければやったっていーですけど、そもそも絞り込めたとかいっても一つに決めないとヤバないですか?当てずっぽうで乗り込むわけにもいかないでしょ』

 「それを出来るのがクロッススのマージェル嬢というわけだ」


 へ?と思うわたしを他所に、殿下は執務室の扉に向かってマージェルおねーさんに入ってくるように、促した。

 なるほど、陛下のお付きであったのなら当然陛下の居場所は知っているのか。


 「様々なことを調べているうちにな。父の元から離れて俺のところへ来た。昨日のことだ。時間もさほど経ってはおらぬから、まだ第二師団の連中も気付いておらぬか、移送の手配も済んでいない可能性が高い」


 それを急がせればその分だけ見つけやすくもなる、と不敵な顔で笑う殿下に、多少びっくりしたような様子のマージェルおねーさんが話を継ぐ。


 「はい。陛下は第二師団の囚われの身でありながら隙をうかがっておいででした。彼らの話を聞いていたところ、どうも探索の目があらぬ方に向いているようで気が抜けたのか、監視の目が緩んだことを察知した私が陛下にそのことを告げますと、陛下は私だけ逃れて助けを求めにいくように、と」


 あら。高等学校のみんなに頼んだ陽動は思ってた以上に効果があったのかも。昨日の今日でそんな油断してくれるとは、けっこー連中も焦ってるのかもね。


 「そして駆け込んできたのが、俺の元に、というわけだ。コルセア。父の救出に力を貸してくれ。ことの後を思うと迂闊に帝権も動かせない」


 頼む、ともう一度、立ち上がってまで頼まれてしまった。

 ………しゃーない。

 あまり長考もしないで、そう決断する。お嬢さまの行方が分かり次第助けにいけばいいだろうし、そもそも陛下の救出ったって、場所が分かっているんだからすぐ終わるでしょ……って、わたしの観測は、とんだ短慮だと思い知らされたのは次の瞬間だった。


 「うん?誰か慌ててこちらにやってくるようだけれど……コルセア、開けてくれないかい?」

 『あ、はいはい……ってこの足音ネアスじゃないですか。何慌ててるんだろ。あ、ネアスー?こっちだけどどうしたの?』


 すぐ近くまで来てたのは分かったから、こちらから扉を開けて、向かってきてたネアスを部屋に入れてあげた。

 きっと起きて身支度も十分にしてないだろうネアスは、少しびっくりしたように一度立ち止まって、でもそれどころじゃないと思い直してか部屋の中に駆け込むと、居並ぶ面々の中に殿下がいるのに今度は本当に驚いたようで、咳き込んでしまっていた。


 『ああ、はいこれ。お水でも飲んで落ち着いて』


 息を整えるのに手間取るネアスを落ち着かせようと、まだ口をつけていなかったわたしの分のお水を渡すと、ネアスはひと息で飲み干してしまい、それからありがとうと言ってカップをわたしに押しつけるて、ようやく落ち着いた呼吸で、こんなことを言ったのだ。


 「はあ、はあ……あ、あのっ、第二皇子の、ビデル殿下の名で書かれた文が投げ込まれいて……そ、その、アイナ様の居所をにおわせるような内容で………」


 ガチャン。


 ネアスがビクッと肩をふるわせた音は、わたしが取り落としたカップの割れた音だったり、した。

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